竜装騎士、魔法の修行を開始する

「良いですか、お兄さん? ぼくと同じようにやってくださいね。――火よ!」


 ブレイスがたった一言で指先から小さな火を出した。

 ここは村の近くにある修練場――といっても、ただの山々が見えるだけで何もない原っぱ。

 村の中で魔法を失敗すると一発で吹き飛んでしまうので、少し離れた場所で修行を開始したのだ。


「ブレイス、他の補助するための詠唱は必要ないのか……? しかも見たところ、魔法じゃなくて、ただの魔術だろう?」


「必要ないです。それに魔法じゃなくて、魔術なのは理由があります。ガラテアの状態は、あの方法で維持できそうですし。なのでお兄さんは基礎の基礎からやった方がいいと判断しました。急がば回れです」


 人形の身体は直したのだが、魂と身体の接触不良を起こしていたガラテア。

 そこでどうにか修行を終えるまでの魂の保持を考えたのだが、それには“ある場所”が最適だと思いついたのだ。

 既に何度も行ったことがあり、蘇生のために魂の霧散を防ぐ強力な結界が常時安定して張られている場所――村のダンジョン。


「ダンジョンの見つからない場所に身体を隠しておいたから、急ぐ必要はないっちゃないが……」


「アレは良いアイディアでしたね、お兄さん。ということで、何の心配もないのです。修行に集中して下さい」


「う……わかってる……。に、逃げたり引き延ばそうだなんて思ってないぞ……ほんとだぞ……」


 エルムは観念した表情で人差し指を上に向ける。

 そして一言ポツリと――。


「火よ」


 周囲が真っ赤に染まった。

 紅蓮の炎が天の雲まで届き、まるで上空に向けた巨大な火炎放射器のようだ。

 明らかにブレイスの魔術とは規模が違う。


「ストーップ! お兄さん、ストーップ! やり過ぎです! ぼくくらいの火に調節してください!」


「よ、弱くするというのも難しいな……」


「詠唱を必要としない魔術でさえ、そんなに魔力を使ったら普通の人間は一瞬で魔力切れを起こして干からびますよ。お兄さんなら可能ですが、繊細なコントロールのために控えて下さい」


「や、やってみる……」


 エルムは全神経を集中して、パワーを抑えようとしていた。

 徐々にだが、火柱が収まっていく。

 まるで勢いをなくしていく噴水のように指先に戻る。


「これは詠唱の役割など、基礎から教えた方がいいかもしれませんね。お兄さんの場合は、加護によって詠唱はすべて強制発動させているようなものですから――」


「いやはや、面目ない。しかし、こうしていると昔を思い出すな」


「昔……ですか?」


「まだブレイスが魔法学校の生徒だった、六百年前の出会いの頃を」


「あの頃……ですか。懐かしいですね……。これだけ長く生きても、まだ何者でもなかった“ぼく”を助けてくれたお兄さんの事だけは忘れません。絶対に」


 眼を細め、嬉しそうに笑うブレイス。

 ただエルムとしては、割と火魔術のコントロールでそれどころではなかった。

 ブレイスは見透かしたように一言。


「では、二人で想い出を語りながら、魔術のコントロールの修行を続けましょうか」


「いや、待て。待ってくれ。ただこうやっているだけでも火が大きくなってしまいそうで、昔を思い出して喋りながらなんて――」


「修行ってそういうものですよ。いや~、最強無敵のお兄さんを困らせる事ができるなんて、非常に珍しいことです。千載一遇のチャンスですね。そのきつそうなレアな表情を見られて嬉しいですよ」


「鬼か、お前は……!」


「にしし」


 意地悪げに、楽しそうに、朗らかに――ブレイスは六百年前を語り出した。

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