魔法学校首席、過去を思い出す

 ――約六百年前。

 教室の中、全員の視線が一人の生徒に集中していた。

 赤毛、猫耳と尻尾の学生服を着た少年だ。


「ブレイス・バート君。詠唱についての定義を三つ全て答えなさい」


「はい、先生。一つ目の詠唱、それは自己暗示に近く、自らの内なる魔術構築を一瞬に行うため。いわゆるキーのようなものです。戦士が発音によってスキルを発動させる構造に近いとも言えます」


「うむ」


「二つ目の詠唱は、精霊や概念などに呼びかけて、力を貸してもらうため。崇め奉り、一人では発揮し得ない奇跡が行使可能となります」


「最後は?」


「三つ目の詠唱は、この世界の外なる存在に呼びかける高度なものです。精霊に呼びかけるのとは違い、理解を深めないと発動すら難しいものとなっています」


「三つ全て答えられましたね。正しく学習している答えだ。良く出来まし――」


「そして四つ目です。独学で辿り着きましたが、精霊や外なる存在を強制的に従わせる詠唱。現段階では下位精霊程度にしか使えませんが、もっと莫大な力を持つ術者が現れれば……」


「す、ストップ。ストップだ。ブレイス・バート君。その話題は教師である私でも難しすぎる。賢人会の研究発表でお願いするよ……」


 ブレイスは舌打ちをして、返事もせずに席に座った。

 それは周りが低レベルすぎて、苛立ちを隠せないためだ。


「さ、さすがブレイス……あの歳で主席間違いなし、将来の賢人会入りも期待されている天才だ……」


 教室からいつもの驚きや賛辞が聞こえるのだが、それはブレイスにとって日常すぎて耳障りにしかならない。

 ブレイスが一番なのは当たり前なのだ。

 望むことも何もかも出来て当たり前。

 この魔法使いが数えるほどしかいなくなってしまった世界で、彼はその魔法使いなのだから。




* * * * * * * *




 魔王達が復活してから、世界から神々の加護が急激に失われた。

 それまで戦士は上級スキルで隼のような俊足で駆け、大地を割り、魔法使いが空を飛んでマグマを吹き上がらせていた。

 しかし、加護を失ってからは上級スキルも、魔法も失われた。

 残ったのは力なき雑兵と、辛うじて精霊の支援を受けて、脆弱な魔術を放てる魔術師。

 “魔法”学校と呼ばれているのも、過去の名残からでしかない。


 そんな中、魔法学校からほど近い、小さな村で一人の赤子が生まれ落ちた。

 名をブレイス・バート。

 彼の両親は何の才能もなく、貧困層の猫獣人。

 ようやくの第一子に喜んだ。

 それから数年――物心ついたブレイスは異常な才能を発揮していた。


 目に見えない精霊の声を聞き、それを詠唱として魔術を放ったのだ。

 誰からも教わった事のない状態での魔術というのは、まずありえない事だった。

 村では神童として称えられ、才能を発揮できる魔法学校へと入学させてやろうということになった。

 みんな貧乏だったが、協力して金をかき集めて、旅費と入学資金を捻出した。

 人付き合いが苦手だったブレイスは、なぜそんなにぼくのために? と聞いたことがある。

 村人達は誇らしげに答えた。

『いつかお前が、魔王を倒すパーティーに入って、結果的に村のみんなを救ってくれるからだよ』

 ――そう優しく言われて、期待をかけられるというのも悪いものではないと思った。


 魔法学校に入学したブレイスは、凄まじい速度で才能を開花させていった。

 魔術師ばかりの学生達の中で、一人だけ“魔法”を修得したのだ。

 神々の加護を受けなくても、自力でエーテルを操れるようになり、誰からも一目置かれる存在となった。


 そこでブレイスは知った。

 本当に自分は特別な存在だったんだ――と。

 元々人付き合いが苦手だったブレイスは、周りの魔術師たちと自分を区別するようになっていく。

 魔法を使える者、使えない者。

 魔王を倒せる可能性がある者、ない者。

 自らと他者を明確に分けた。

 他人から見たら冷たく無機質な性格。


 しかし、根底にあるのは自分を信じて送り出してくれた村のみんな、両親への想いであった。

 魔法学校を主席で卒業して、魔王を倒して、村のみんなに喜んでもらう。

 そのための退屈な学園生活。

 そんなブレイスの元に、凶報が届く。


「お、おい。聞いたか……近くの村に魔王信奉者達が攻めてきてるって……」


「ああ、いつ魔法学校の方にも来るか……」

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