幕間7 魔王、城の極貧生活を回想する
「フゥーハハハ! 副官! お主と話していると、魔王城の懐かしい想い出が蘇ってくるのであるな!」
「いや~、ジ・オーバー様。あの頃は貧しくも楽しかったですね~」
エルムは酒場の厨房を借りて、料理の焼き上がりを待っていたのだが、休憩室から楽しそうな声が聞こえてきた。
ジ・オーバーと副官の上司部下コンビである。
手持ち無沙汰だったので声をかける事にした。
「お疲れ様、休憩中か?」
「あ、エルム。労働の合間に一時の
「へぇ、魔王城がどうとかって言ってたな。確か、ジ・オーバーが村にきた当初、極貧生活の生活からのギャップで色々と……あったな……」
エルムは思い出していた。
ジ・オーバーが普通の肉の切れ端を豪華すぎると驚いていたり、真水がいっぱいで凄いとか言っていた事に……。
いったい、どんなザンネン魔王城ライフを送っていたのだろうか。
直接的に聞きすぎても、何か幼女のトラウマを掘り起こしてしまうかもしれない。
しかし、一応は楽しげに話していたのだ。
ここは恐る恐るでも把握をしておきたい。
「な、なぁ……。魔王城ではどんな生活をしていたんだ?」
「聞きたいか? 聞きたいのであるか? 我が栄光の過去を! ならば、聞かせてやるのである!」
ジ・オーバーは満面の笑みで昔話を始めた――。
* * * * * * * *
その幼女は別の世界で生まれた。
魔王と呼ばれた父と、天使の母を持つ珍しい存在。
何か魔王とか格好良さそう、というテキトーな理由で召喚に応じて、この世界にやってきたのだ。
「フゥーハハハ! 我が軍門に降るのである! アークデーモンよ!」
「き、貴様! 何者だ!」
「我はラフィ――……いや、もっと魔王っぽい名前の方がいいのであるな……。パパには働き者だと褒められた事もあるし、えーっと……」
「何をブツブツと言っているんだ」
「そう、我が名は魔王ジ・オーバー・ワ――」
「ふっ、ジ・オーバーか。……つまり限界を超える者。そう名乗るのだな」
「そ、そうである! 限界超越の魔王ジ・オーバーなのである!」
ジ・オーバー・ワーカー・ホリックとか即興で言おうとしていたのだが、遮られて良い感じに勘違いされたために、何かそれっぽい名前になったのだ。
これが副官との運命の出会いだった。
三秒で副官をねじ伏せて、魔王軍の最初のメンバーとした。
そこから世界の情報を収集しながら、魔王軍を作り上げるためにスカウトをしていった。
スピード勝負で勝ったら部下になった鳥魔将軍。
マタタビで酔わせて契約書を書かせた人魔将軍。
古代の遺跡から盗掘した機魔将軍。
人体実験に協力して引き入れた不魔将軍。
撫でたらペットになった獣魔将軍。
お姉ちゃんと呼ばせるロリコンの妖魔将軍。
勝手についてきて、どこを見ているのかわからない怖いやばい虫とか苦手だ蟲魔将軍。
溶かして吸収しようと狙ってくる粘魔将軍。
養分……とかボソッと呟く樹魔将軍。
シンパシーを感じるとかで、暇つぶしに付いてきたり付いてこなかったり神魔将軍。
ルアーで釣り上げた海魔将軍。
そして――これらに同情して部下になってくれた竜魔将軍。
ついに完成したのだ。
限界超越の魔王ジ・オーバー!
副官のアークデーモンが統括する地獄の軍団!
十二の恐るべき魔将軍!
……というところで、ジ・オーバーの耳に情報が入ってきた。
どうやらこの世界の魔王は六人もいたのだが、それらは名も無き救世主と呼ばれる存在にやられていたと。
「……よし、明日から頑張るのである!」
雌伏の時として、隠れて戦力を整える事にした。
辺境に魔王城を建てて、結界を張って周囲から見えなくする。
その間に魔王軍の訓練や、密かに人間の商人と取引して装備を調えたりだ。
当たり前だが、軍の維持というのはお金が掛かる。
必死に内職と節制で耐え忍んだ。
城の中は様々な魔物がいるために瘴気が籠もり、作物は育たなかった。
「ジ・オーバー様! 見つけましたよ! この環境でも育って、食べられるものを!」
「でかしたのである副官!」
副官が手に入れたのは魔界ゴケと呼ばれる、緑色の苔である。
瘴気を吸って増殖して、それなりの栄養価がある。
味は――。
「モニュモニュして、それでいて泥水っぽく、かび臭いのであるな……」
魔王城の主食となった。
「うぅ……魔界ゴケをお腹いっぱい食べたら絶妙な不快感が。水……誰か水魔法を使える者はいないのであるか……?」
「えーっと、リストによると……いませんね」
「そうか、魔法は使える者が少ないのであったな。では、妥協して水魔術! 魔術でもいいから――」
「えーっと、そちらもリストによると……いませんね」
ジ・オーバーは絶望の表情となった。
毎回、商人から水を買っていては節制にならない。
内職の量を増やさなければいけなくなる。
「あ、海魔軍団の魔物なら、口から水を吐き出すスキルを持っています」
「それなのである!」
魔王城の水は生臭くて、やや粘性のあるものとなった。
ここから数十年にも及ぶ魔王城の貧乏暮らしが始まったのである。
魔王軍に所属する者は寿命が長いのでそこは問題ないのだが、貧乏環境によるストレスはどうしようもなかった。
毎日毎日毎日毎日、まずい魔界ゴケをモギュモギュ。どこから汲んでいるのか極秘にされている生臭い水をゴクゴク。
貧乏によって、強靱なはずのSSSランク魔族たちもメンタルを病み始めていた。魔王軍危うし。
そこでジ・オーバーは苦渋の決断をした。
「さすがに我も鬼ではない。部下達の労をねぎらうために、正月だけは贅沢を許そう」
「うぉー! さすが魔王様!!」
凶悪な魔物も、巨大な魔物も、筋肉ムキムキの魔物もテンションが上がっていた。
「フゥーハハハ! そうか嬉しいか! よし、砂糖を持ってまいれ!」
運ばれてきたのはフォーク印の砂糖一袋、家庭用お得サイズ。
「……え? 砂糖?」
「さ、砂糖って聞こえたぞ……」
ざわつく魔物達。
イメージ的には血が滴る肉とか、極上の酒とかだったのだ。
それなのに砂糖。
しかも五百名で分けるには少ない。
「今宵は存分に甘さを楽しむが良いわ! フゥーハハハ!」
自室に去って行くジ・オーバー。
魔物達は仕方がなく、少量の砂糖を分け合って舐めた。
「くぅ~……!! 悔しいけど甘さが染みるぅ~!!」
意外と好評だった。
そして副官だけが気付いていた。
ジ・オーバーが何も口にせず、部屋に戻ったことを。
やれやれとジ・オーバーの元に向かうのであった。
「ジ・オーバー様。少しよろしいでしょうか?」
「ん? 副官か。どうしたのであるか」
「失礼ながら、悪魔は甘いのが苦手でして……」
その副官の手にはハンカチに包まれた砂糖があった。
ジ・オーバーの目線がジーッと固定されてしまう。
「そ、そうなのであるか。我も甘いのは苦手でな」
「苦手同士、二人で半分ずつ処分してしまいましょうか」
スッと差し出される砂糖。
ジ・オーバーは顔を背けるも、視線だけは釘付け。
「しょ、しょうがないのであるな! 副官が困っているのなら、魔王が助けなければいけないのである!」
ジ・オーバーと副官で分け合った砂糖は、白く、甘く、優しい想い出として残ったのであった。
そして苦節数十年――。
ストレスで瓦解寸前の魔王軍だったのだが、付近にSランク装備がドロップするというダンジョンがある村の情報を得たのだ。
上手くすれば資金難を解決して、一気に魔王軍を強化できる!
「魔王軍! 初出撃なのである!!」
ついに魔王ジ・オーバーによる世界征服の第一歩が始まった!
* * * * * * * *
「え……。もしかして、それをいきなり倒しちゃったの……俺?」
「うわぁーんっ!!」
今までドヤ顔で語っていたジ・オーバーは、エルムの一言で泣き出してしまった。
村に踏み入ったために全滅した魔王軍のトラウマが蘇りまくっていた。
「エルムさん……、いくら何でも発言が酷すぎますよ……。相手は幼女ですよ、幼女……」
「……ご、ごめんごめん。あ、もう焼き上がったかな」
ドン引きの副官に対して、エルムは申し訳なさそうな顔をしながら厨房に戻っていった。
「うぅ……ひっく、ひっく……。魔王軍が頑張ってきた苦節数十年はなんだったのであるか……」
「あぁ、ジ・オーバー様。泣き止んでください……」
「ううう……。エルムめぇ~、魔王を軽んじて許さんのである~! いつかギャフンと言わせてやるのである~!」
大粒の涙を目からポロポロこぼす幼女と、オロオロしながら慰める副官。
そこへ、エルムが厨房から何かを持ってきた。
「試作品、焼き上がったけど食べてみるか?」
「ふんっ! 何かは知らぬが、この気高き限界超越の魔王ジ・オーバーの口に合わぬのだろう、合わぬのだ! あ~、絶対に合わないのである~!! 我はそんな安い魔王じゃないのである~!」
「砂糖とバターをたっぷり使ったアップルパイなんだけど」
「もぐ~!!」
一瞬で機嫌が直った、安いジ・オーバーであった。
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