竜装騎士、極大魔法を放つ

 木製の杖に恐ろしい程のエーテルが凝縮されていく。


は地獄を越え、第一天へ駆け昇る、永久誘とこしえいざなう処女の囁きを謳歌する神曲。

 至るべきは天動宇宙、白神御座おわす天国胡蝶。

 七つの刻印刻み、金と銀の鍵を以て、大罪清めんペテロ門へと突き進め――」


 エーテルとは、魔力に魂を混合させたモノ。

 普通の人間にはまず操れないし、出来たとしても混合率を見誤れば寿命の大半を失う。

 今、恐るべき呪文によって発動されるのは魔法。

 魔術の限界を超えた極限の事象。

 エーテルによって真価を発揮する、“魔”による“法”で世界を支配する奇跡。


傲慢ルシファー嫉妬レヴィアタン憤怒サタン怠惰ベルフェゴール強欲マモン暴食ベルゼバブ色欲アスモデウス

 の罪人に代祷だいとうを、言霊による清めを、神による浄化の炎を!

 今ここに極大の魔法紡ぎ織りなす――“煉獄プルガトリウム”!!」


 国の魔術師全てを動員しても扱えない威力、それを軽々と放つのが――魔法使い。

 限界まで凝縮された炎の奔流が渦巻き、舞い踊る。

 地面を赤熱化させながら、的確にジ・オーバーの小さな身体を捉えた。


「うぐぐ……」


「ジ・オーバー様!?」


「あ、案ずるな副官……離れておくのである」


「おやぁ~? これで死にませんか。どうやら口だけではなく、本当に魔王の素質があるようですね」


 魔法を放った少年は丁寧だが、明らかに見下した口調で言った。

 その姿は紫色の法衣、短めの柔らかそうなマント、尖った三角帽子。

 エルムが装備していた物と同一に見える。

 ただ一つ違うのは――。


「お主……何者であるか……。村のゴーレムも感知していないということは、何か細工を……」


ぼくは普通の人間ですよ、普通の――ね」


 三角帽子には獣人用の耳のスペースが見えていた。

 腰の後ろからは尻尾が出ている。


「さて、魔王の素質を持つ者と真っ向勝負はゴメンです。仕掛けておいた氷竜の鱗によって、詠唱破棄にて発動させて頂きましょう――極大氷魔法“氷獄コキュートス”!」


 耳障りな音が響き渡った。

 ガラス板に爪を立てるような甲高い音。

 それと共に巨大な四本の氷柱が大地から生えてきた。

 先が尖っていて、まるで巨人の爪のようだ。


「なっ!? 人間が極大魔法を連続で!?」


「この四本は、それぞれ意味を付与した氷なんですよ。

 第一氷柱カイーナは肉親――副官のアークデーモンを狙う。

 第二氷柱アンテノーラは祖国――村を狙う。

 第三氷柱トロメーアは客人――ニジン伯爵を狙う。

 第四氷柱ジュデッカは主人――魔王キミを狙う」


「な、なぜ我以外も狙うのであるか!?」


「最初のフル詠唱の“煉獄”でキミの事を情報探査サーチしたんですよ。本質、特性、性格、思考。そして最も効率の良い手段を選んだまで――」


 魔法使いは無邪気に微笑んだ。


「一本だけ選ばせてあげるよ」


「く……ッ」


「どの氷柱で、何を貫くか選ぶだけ。ね、簡単ですよね?」


「選ばなかったら……どうなるのであるか?」


「全部が発動します。まぁ、キミが全力で逃げれば、ぼくは倒しきれないかもしれないですけどね」


 単純な話である。

 副官、ニジン伯爵、村が人質に取られたのだ。

 甘んじて氷の極大魔法を受け入れなければ、ジ・オーバー以外が凍らされる事になる。


「……我が抵抗しなければ、他の者を助けるという保証はあるのか?」


「ジ・オーバー様!?」


「幼きメイドよ!?」


「我ができる数少ない、部下と村の住人へ償いなのである……」


 その小さく悲痛な決意の声に、副官とニジン伯爵が止めに入ろうとした。

 しかし、魔法使いが拘束魔法を唱えて影で縛った。


「“影縄シャドウバインド”――。他の者と、魔王になるかもしれないキミの価値は比べものになりませんよ。世界の破滅を防げるのなら、数百でも、数千でも犠牲は少ないですから」


「……その考え方、まるで六百年前の――」


「さようなら、魔王を名乗る天使。ルシファーがいたとされる“氷獄コキュートス”で眠るのは、おあつらえ向きでしょう」


 魔法使いは杖で指し示し――放った。

 氷柱が生き物のように伸びて、ただ立ちすくむジ・オーバーを押し潰そうとしていた。

 ――しかし、そこに一人の力強い声が響く。


「お前も俺の守るべき住人だ、やらせるかよ――“煉獄プルガトリウム”!」


「エルム!? 来てくれたのであるか!!」


“紫”モードのエルムが神槍の切っ先から炎極大魔法を発動させて、魔法使いの氷極大魔法を相殺した。

 雑だがエーテル量の高いエルムと、緻密だがエーテル量の低い魔法使いの一撃だった。

 余韻のように蒸気が視界を奪い、風によってお互いのシルエットを徐々に映し出されていく。


「エルム……? 今、エルムと言ったんですか……?」


「この声、この魔法……もしかしてお前――ブレイスか!?」


「お兄さんっ! やっと会えたっ!」


 霧の中から目深にかぶった三角帽子を取り払って、猫獣人の少年がエルムに抱きついてきた。

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