第八章 魔法のある生活

竜装騎士、紫の魔法使いを紹介する

「お兄さん~♪ お兄さんさん♪ お兄さん~♪」


「……あのなぁ、あまり引っ付くな」


 一連の騒動が終わって、酒場に集まった面々。

 視線は、問題の紫の魔法使いに集中していた。

 椅子に座るエルムに対して、紫の魔法使いは何度も何度も嬉しそうに抱きついている。

 その度、面倒くさそうに引き剥がすエルム。

 ずっとこんな状況で話を聞きにくかったのだが、意を決して副官が質問した。


「エルムさん、その魔法使いの少女とお知り合いなんですか?」


「ああ、コイツはブレイス・バート。ちょっと古い知り合いだ。それと男だ、男」


「失敬、目深にかぶっていた帽子を脱いだら、あまりにも可愛い顔立ちだったもので……」


 紫の魔法使い――ブレイス・バート。

 装備していた法衣はエルムの“紫”モードと同一の外見だが、サイズや猫獣人用の意匠で細部が違った。

 ブレイス本人は、華奢で小柄な少女のような体型をした、赤毛の少年だ。

 ピンと頭の上から生えている耳も、ズボンのお尻から出ている尻尾も赤い。


 戦闘の時は冷酷で残忍な表情をしていたが、今は無邪気な子供のようにエルムについて回っている。

 長い髪はおさげにまとめていて、まだ声変わりしていない少年の声なので、少女のように見えなくもない。


「やぁ、ぼくはブレイス・バート。キミ達はエルムの知り合いだったんですね。色々とやっちゃってゴメンゴメン。お詫びと言っちゃなんだけど、兵達とのいざこざは軽く解決したから、水に流してくれると嬉しいですよ~」


「後始末の半分は俺だけどな」


「あはは、相変わらずお兄さんは頼りになるぅ~♪」


 あの戦闘の後、エルムから状況の説明を受けたブレイスは、高度な幻惑魔法を展開した。

 兵達が気が付かない内に、戦闘で壊れてしまった装備をエルムの“緑”モードで修復して、何事も無かったかのように状況が巻き戻った。


 その流れでエルムが『外敵かと思って、幻惑魔法でアークデーモンや魔王を見せていたんだ』と謝罪と説得。

 魔法を使えるのも、伝説のブレイス・バートの知り合いだからという事で強引に押し通した。

 ニジン伯爵だけが察したような感じだったが、村に悪意はないと知っていたためにそれで撤退してくれたのだ。


「ブレイス・バート……。わたしが知る伝説の魔法使いなら、数百年は生きている事になるぞ?」


 勇者は緊張しながら、恐るべき力を発揮していたブレイスへと疑惑の眼を向けた。

 ブレイスは、のほほんとした表情で当たり前のように答える。


「魔法で寿命を延ばしてるんですよ、ぼく。――といっても、長く冬眠みたいな時期があったので、その間の歴史には出てないですけどね」


「なるほど……魔法。まさに人類にとっては未知の領域だ」


「すごいなブレイス。そんな魔法まで使えたのか」


 初耳だったエルムが驚き、ブレイスがそれに対して少し寂しそうに言った。


「細やかな調整が必要だから、ぼくにしかできないですけどね」


 その後に他の人間には聞こえない程度の呟きで『お兄さんがいうと嫌味ですよ~』と軽く拗ねた。

 何もしなくても不老不死となっているエルムは、申し訳なさそうに頭を掻く。


「そういえば……エルムさんとは、どんなご関係なんですか?」


 誰もが聞きたかった事を、ぶっきらぼうに発言するウリコ。

 村娘の純粋さと距離感の近さが恐ろしい。

 と思いつつも、全員が耳を傾けて注目した。

 ウリコはさらに矢継ぎ早に問い掛ける。


「ただの知り合いか、いや、兄弟か、はたまた禁断の関係か……!? どうなんです、お二人!」


「頭大丈夫かウリコ……。俺達はただの知り合い、仲間だった関係だ」


「え~。じゃあ、お兄さんと呼ばれているのは何故なんですか?」


「知らん。俺には兄弟はいないし、いつの間にか勝手に呼ばれていただけだ」


「あれ、でも、ブレイスさんって確か数百年前から、最近まで冬眠していたんですよね? いつ知り合ったんですか?」


 以外と鋭いウリコの発言に、エルムはビクッと肩を浮き上がらせた。


「そ、それはだな~……えーっと……」


「お兄さんとは、ぼくが現代に起きてからからですよ。その時に良くして頂いたんです」


 ブレイスが察してくれて助かった。さすが魔法使い、嘘を吐く頭の回転も速い――。とエルムはホッとした。

 それから、好きな食べ物は? 耳触って良い? 何種類くらい魔法を使えるの? と質問攻めに遭うブレイスだったが、それらをはねのけて逆にエルムに質問をした。


「お兄さんは、この村で何をしているんですか?」


「俺か? 俺は……成り行きで村長になったり、ダンジョンの攻略法を編み出したりしてるかな……」


「あはは、普通は成り行きでそうはなりませんよ。どうせ、いつもみたいに優しいお兄さんは、情にほだされて首を突っ込んじゃったんでしょう」


「う……」


「よーし、それじゃあぼくも村に滞在して、一緒にパーティーを組んでダンジョンに行く事にしましょう!」


「なぜそうなる」


「なぜそうならないと思ったんですか? お兄さん♪」


 六百年前に旅をした仲間だ、お互いの性格を理解し合っていた。

 コイツは絶対に引かないだろうと観念したエルムは、呆れ顔でわかったと頷くしかなかった。


「あ、バハムート十三世もいるんですよね?」


「いるぞ。向こうのカウンターでノンキに寝ている最中だ」


「そうですか、ちょっと懐かしい顔を見てきます」


 尻尾を揺らしながらトタトタと、子竜の方まで走って行くブレイス。

 エルムは、その後ろ姿を懐かしそうに見送った。




「やぁ、お久しぶりです。バハムート十三世。……狸寝入りなんでしょう?」


「人聞きが悪いね、ブレイス。ボクは面倒事を避けるために動かないだけさ」


 誰にも話を聞かれないカウンター席の端。

 そこで一人と一匹は、あまり和やかではない会話をしていた。


ぼくが村の近くにきている段階で、たぶん気が付いていましたよね? 何かに視られる感覚がありましたから」


「さぁね。ボクはただの子竜さ。そして、キミはただの“ブレイス”かい?」


「……異界からの邪竜。アナタと敵対する意思はないとだけ言っておきます」


「それはそれで哀れだね。つくづく悲しい人間だよ、キミは」


 子竜は珍しく、エルム以外に対して小さく微笑み、敬意を示したのであった。

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