隣領の伯爵、ラストダンジョンのある村に足を踏み入れてしまう

 村の入り口――。

 護衛の兵士を二人引き連れたニジンと、案内役の副官が対面していた。


「お初にお目に掛かる。私は隣領を収めるしがない伯爵、ニジンと申す者だ。突然の訪問を受け入れてくれた儀に感謝する」


「これはこれは、ご機嫌麗しゅう閣下。ワタクシは村で労働に従事させて頂いております、副官です。本日は閣下のエスコートを任されました」


「フクカン……? 変わった名だな。しかし、うむ、ありがとう。ついでに私は閣下とは呼ばれ慣れていない。お互いに堅苦しいのは止めて、ニジンとでも呼んでもらいたいところだな」


 一見すると礼節を保ちつつも、和やかに挨拶が進められた。

 しかし、二人の内心は違った。


 ニジン伯爵としては、虎穴……いや、魔穴に飛び込んだようなものだ。

 いつ精神操作系の魔術で思考を操作されるかわからない。

 そのために護衛を含めた三人の内、一人の様子でもおかしくなったら、外部に待機させている軍に侵攻の合図を送る手はずとなっている。


 一方、副官側としては、村が隣領の伯爵に良い印象を持たれるかどうかの一大任務である。

 エルムから直接頼まれたのもあるが、村人への贖罪というのもあって、一つもミスは許されない。


「はい、ではニジン様とお呼びしますね」


「ああ……」


 この会話だけでも、ニジン伯爵は思考を巡らせていた。

 低位の精神操作なら、柔軟な対応は難しいはず。

 それなのに、呼び名の変更リクエストに即対応した。

 このフクカンという人物は、自らの意思か、高位の精神操作で自然に受け答えしているように見えるだけか、はたまた……精神操作の術者の上位魔族自身であるとアタリを付けた。

 ニジン伯爵は護衛に目配せ。最大限の警戒をせよとの合図を送りながら、呼吸を整えてから案内に身を任せることにした。


「では、どうぞこちらへ――」


「ッ!?」


 数十秒進んだだけで、三メートル程の岩巨人たちが見えてきた。

 畑を耕したり、特殊な器具を使って収穫などをしている。

 村の外からでも恐ろしい威圧感を発していたのだが、近くで見ると常人には耐えられない。

 護衛の兵士は腰を抜かしそうになったが、勇気を振り絞って、脚をガクブルとすくませるだけで何とか耐えていた。


「ほほう、ゴーレムですかな、これは?」


「はい、農業をするゴーレムです」


 表面上の冷静さをギリギリ保つニジン伯爵。

 それに対して、副官は手持ちの情報が少なすぎたので、見たままの相づちを返すのが精一杯だった。

 困った時に見るメモは渡されているのだが、まだ見るタイミングでは無い。


「世にも珍しきゴーレムを農業に使うとは、いやはや、すごい村ですな」


「えっ、珍し――」


「んん? どうしました?」


「ごほんっ。いえ、何でもないです」


 ゴーレムは、この人間世界で希少な存在。

 古い物がそのまま残って稼働しているケースはあるのだが、新しく、このレベルのゴーレムを作るのは非常に難しい。

 作れたとしても、普通は費用対効果が割に合わない。

 農業に気軽に投入などありえないのだ。


(ワタクシとした事がしまった……!? 魔族側ならゴーレム型のモンスターとかもいるし、見慣れてしまっていた! 確かにアレをエルムさんが作ったのなら人間としておかしい!)


 何かフォローをしなければと必死に考える副官。

 目の前の人間に、これは普通だ、安心だ、平気だと思わせる何か――。

 口八丁手八丁で乗りきるしかない。


「あ、あのゴーレムは農業しか出来ない、低性能なボロゴーレムなんですよ。それで試しに引き取って使ってみているんです」


「なるほど。戦闘能力の無い、農業特化型のゴーレムというわけですな」


「はい、襲ってくる事もないし、危険は何もありません」


 頷くニジン伯爵。

 副官は乗り切ったと内心ガッツポーズ。

 特化型ゴーレムなら普通にありえる物で、村として安全を確保しているという印象を与えた。

 隣領との関係を良好に築ける可能性が高くなった。

 思わずやってやったという爽やかな笑顔が浮かぶ副官。

 ――それとほぼ同時に弾丸のように何かの塊が飛んできた。

 それは『ウギャアアア』と悲鳴を上げる冒険者だった。

 視線をそちらに向けると金属コーティングされたミスリルゴーレム。

 エルムが過去に作っていた戦闘用の隊長機である。

 足元には逃げ惑う多数の冒険者達。


「さ、酒場で騒いだ俺達が悪かった! 許してくれぇ!」


「ひぃぃぃ助け――」


『マッ』


 奇怪な声を発しつつ隊長ゴーレムは、冒険者を拳で握ってグルグルと回していた。

 それに釣られたのか、農業をしていたゴーレム軍団も残りの冒険者達に全速力で走って行く。

 巨人と人間が戦う、終末神話のように見える。

 酷い絵面に無言になるニジン伯爵と副官。


「……フクカン殿、アレはいったい?」


「ええと、あれは……」


 副官、どうしても言い訳が思いつかずに困った。

 困ったので、エルムから渡されたメモを見ることにした。

 きっと、あのエルムの事だ。人間離れしたとてつもない打開策が書かれているに違いないと確信していたのだが――。


【村の中で戦闘をすると、ゴーレムが止めに来るから注意してくれ】


「最初から言っておけよエルムさぁぁぁぁん!!」


「……エルム?」


「いえ、何でもないです。それであのゴーレムは、村での戦闘行動を止めるための平和なゴーレムです。村で戦闘を行わなければ、危険はありません……たぶん」


「……エルム……か」


 再び小さく呟くニジン伯爵。

 それと引きつった笑いの副官の背後で、ミスリルゴーレムにぶん回されている冒険者が口から虹をえがきながら白目をむいていた。


 ちなみに余談だが、冒険者が争うキッカケとなったのは、酔っ払った冒険者Aが何かに目覚めてマシューに抱きつこうとして酒場から追い出されて、その流れでジ・オーバーの方が小さくて可愛いと主張した冒険者B。

 そこからオルガ派、子竜派もぶつかり、大乱闘に発展した。

 酒場ではよくあることなのだが、ウリコ派がゼロ人だった事から、防具屋カウンターからSランク装備で固めた謎の少女が現れて、冒険者を次々と店外にスマッシュ。

 店外で待機していたミスリルゴーレムが動いたのだ。

 とても不幸な事故だった。

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