隣領の伯爵、ボリス村の査察に訪れる
隣領のニジン伯爵。
ニジンの両親が貴族の地位を良いことに領地を食い潰して、今にも没落しそうになっていたところを、青年時代の彼が建て直した事もある。
ニジン伯爵は有能な人物と評価できる。
年齢は四十を超えるが、まだまだ現役。
子供は二人、部下からも信頼が厚く、領地の根菜栽培に力を入れている。
そんなニジン伯爵は、かねてより隣領のジャガイ辺境伯を煙たがっていた。
ジャガイ辺境伯は、イモ類によって功を成した貴族。
しかし、領地の運営は
ニジンの子供と同じくらいの年齢の娘を十数人も、汚い手で嫁にしていたのだ。
皇帝が爵位剥奪を命じるのも時間の問題と思っていた頃、事態は進展した。
突然、ジャガイ辺境伯が領地と地位を自発的に手放し、代理でエルムという無名だった存在に全てを託したのだ。
ジャガイ辺境伯の性格を知るニジン伯爵は、そんな事は信じられなかった。
隣領の異変が伝播しても困るので、早急に情報を集める。
最初にジャガイ辺境伯に会いに行ったのだが、まるで人が変わったかのように性格が豹変していた。
早朝から額に汗して、小さな農家でジャガイモを我が子のように育てて、年老いた母と暮らしていたのだ。
あり得ない、あのジャガイ辺境伯があり得ない。
直接話しても、普通の農家の中年としか思えない温厚さ。
どうしてこうなったのかと聞いても、そこだけは絶対に話してくれなかった。
勘の良いニジン伯爵は察した。
――あのボリス村で何かあったのだと。
直後、とあるスジからSランク装備がドロップするダンジョンが発見されたとの情報が寄せられた。
それも偶然なのか――ボリス村。
いや、偶然とは思えない。
この二つを組み合わせると、かなり危険な事態に発展すると考えられた。
ジャガイ辺境伯の人間性があそこまで変わってしまったのは、魔術のせいだろう。
それも普通の魔術では無い。
通常では考えられない、精神操作系の魔術。
人間では高度な精神操作系魔術は不可能とされているので、行使したのは上級魔族の類かもしれない。
もしかしたら、魔術では無く、伝説にある魔法の可能性も――。
それを駆使する者がSランク装備ドロップのダンジョンを手に入れたか、偽の情報を流して何か恐ろしい計画を立てているに違いない。
隣領でそんな事が起きているのだ、全てが一つに繋がったニジン伯爵に戦慄が走るのは当然である。
早急に対処しなければ、ニジン領もお終いかも知れない。
帝都の皇帝に使いを出すと同時に、ニジン伯爵自らも兵を率いてボリス村へと向かったのであった。
そして、それを目撃した――。
「な、なんだアレは……」
遠目からでも見える、村の頑丈な建物と、闊歩するゴーレム。
まるで古の魔王軍の砦のようでもある。
しかも、そこに平然と村人や冒険者が足を踏み入れているのだ。
ニジン伯爵は好物の人参スティックをパキリと囓ってから、冷静沈着な立ち振る舞いを見せた。
「これはもう、魔術で精神支配を受けているとしか考えられぬな……。しかし、ゴーレムを有する恐ろしき存在に……真っ正面から立ち向かうわけにもいかぬ……」
ニジン伯爵が早急に動かせた兵は五百名。
普通に考えれば村一つなど造作も無く占領できるのだが、ニジン伯爵は用心深かった。
精神操作系がどのような仕組みかもわからないし、多くの兵を勝率の見えない戦いで投入、損耗したくはなかった。
同時に、戦力を冷酷に数字として見ることもできるが、兵にも家族がいる事を忘れない。一つも無駄に失ってはならない。
それと下手に精神支配をする者を刺激しても、村人を危険に晒してしまう。
「やむを得ん。ここは覚悟をして、私と少数の者が村に出向き、査察という事で内情を調べよう。緊急時には信号弾で進撃の合図をする。……魔術師殿、魔術師殿は居られるか!?」
「ニジン伯爵、あの金で雇った魔術師は、どこかではぐれてしまったらしく姿が見えず……」
「くそっ。腕は確かだと思ったが、怖じ気づいて逃げてしまったか。大層立派な“紫”の法衣を着ていたというのに……」
ニジン伯爵は、側近の者を二人だけ付けて、ボリス村へと向かうのであった。
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