第六章 帝都暗殺計画

竜装騎士、若き皇帝から呼び出される

 自宅のキッチン。

 エルムはボウルから卵を一つ掴み、器用に片手でパカッと割ってフライパンに落としていく。


「バハさん、焼き具合はどうする?」


「エルム~、知ってて聞いてるでしょ~?

 ボクは堅焼きじゃないと、鼻先に黄身がベッショリ付いちゃうよ」


 テーブルで待っている子竜は不満げな声。

 エルムは少し笑いながら、二つ目の卵を割って落とす。

 ジュワジュワと小気味のいい音が聞こえる。


「いつも思うんだけど、バハさんはフォークを使えばいいのに」


「うまく握れな~い」


「竜の手でも使えるのを作ろうか?」


「……エルムはいじわるだなぁ、もう。

 わかったよ、正直にいうと竜の姿でフォークとか使うと格好悪い……!」


 子竜の犬食いが良くて、フォークを使うと格好悪いという謎の感性。

 種族の差というのは凄まじく根深いものなのかもしれない。

 ──と、のんびりとした朝の風景に、けたたましい騒音が鳴り響いた。

 何者かがドアをドンドンと叩く音。


「エルムさん、いますかエルムさん!?」


「あ、ウリコか。律儀にドアをノックするなんて珍しいな。

 鍵をかけてないから中に──」


「入ります! 失礼します! あ、朝食ですね。私も食べていいですか?」


「うん。目玉焼きだけど、焼き加減はどうする?」


「半熟で!」


 ドアを開けて、我が家のように入ってくるウリコ。

 最短コースでテーブルに着席。

 それを胡散臭そうな目で見つめる子竜。


「ねぇ、ウリコ? なにか用があったっぽいけど、どうしたの~?」


「あ、バハちゃんおはようございます。──それがですね、大変なんですよ!」


「うわ~……。

 ウリコが普通に入ってきた時点で嫌な予感がしてたけど、槍の雨でも降ってきたのかい?」


「実はですね!

 帝都の方から偉い騎士様がやってきて、エルムさんにと書簡を渡してきたんです!」


 ウリコの手には、豪華な仕様の書簡が握られていた。

 蝋で封がされた本格的なものである。


「へ~、帝都からか~。

 でも、なんでウリコに渡してきたの? 重要なものに見えるけど~?

 普通は本人に渡すよね~?」


「はい! それは私が『エルムさんの奥さんです!』とノリで言ったら渡してくれまし──アイタァッ!?」


 バハムート十三世の尻尾アタックが、ウリコの顔面にクリーンヒット。

 ベチンと良い音が、朝の澄み切った空気に響き渡る。


「エルムのパートナーはボクでしょー!?」


「いや、待つんだバハさん。

 何か竜装騎士のパートナーの意味が誤解されそうだからね、それ」


 エルムはキッチンから出てきて半笑いの表情。

 ウリコはグイッと顔を近づけて鼻息荒く宣言した。


「では私──不肖ウリコは、第二婦人で!」


「ウリコの方も、15歳という年齢で言うと冗談じゃ済まなくなるからね……」


 エルムはツッコミが追いつかない状況に陥ったのであった。

 ──結果、目玉焼きはコゲた。




 ウリコの酒場。

 エルムは、村に関しての書簡だと思ったので、人数が集まれるここで読むことにした。


「……これは」


 勇者や、店の従業員たちが見守る中、エルムは中身を確認していく。


「ど、どんな内容なんですか?」


「端的に言うと、皇帝から直接の呼び出しだ」


「皇帝陛下からの!?」


 その場にいるほとんどの者が驚いた。

 このボリス村は、帝国領土の隅っこにある辺境の小さな村だ。

 そんなド田舎に、帝国トップである皇帝本人からのリクエスト。

 常識的に考えてありえない。


「俺が思い当たる節といえば……ジャガイ辺境伯のことか……?」


「ああ、あの酷い事をしていた人……」


 村の領地を治めてたジャガイ辺境伯。

 彼は私利私欲によって、村に様々な不利益をもたらしていて、それをエルムが少し強引な手段で解決したのだ。


「うーん……やっぱり“灰”を衝動的に使ったのが不味かったか」


「で、でも! エルムさんが助けてくれなかったら、私は……!」


 辛そうなエルムに対して、珍しく真剣な表情で詰め寄るウリコ。

 エルムとしても、助けた者を目の前に自虐は言いにくい。


「そうだな。今回の呼び出しもまだ悪い方向だと決まったわけじゃない」


「──その通りだ、エルム殿」


 勇者がコクリと頷いた。


「あれ? 勇者さん、普段からエルムさんを『殿』とか呼んでましたっけ?」


「そ、それは今はいいだろうウリコ! こほんっ!

 であるからしてエルム殿、話の続きだ」


 風呂場でのやり取りの後、男性として意識し始めてしまったためである。

 気が付いたのはバハムート十三世だけだったが、話の流れを遮ると面倒なので黙っていた。


「皇帝というのは統治と戦闘にかけては優秀だ。ジャガイのこともわかってくれる」


「勇者……。まるで皇帝本人と知り合いのように詳しいんだな?」


「ま、まぁそれは……別にいいだろう。

 ただ、逆に言えば統治と戦闘以外は何ともいえない奴だ」


「なるほどな。とりあえず、呼び出しに応じる価値はあるということか。

 よし、勇者。一緒に帝都に来てくれないか?」


「わ、わたしか!?」


 エルムの頼みに、勇者はフルフェイスの上からでもわかるくらいに動揺をしていた。


「俺は、帝都にはずっと昔に行ったっきりだからな。

 詳しい人間がいれば助かる。……ダメか?」


「だ、ダメでは無いが……。わ、わたし以外にも候補がいるのではないか!?」


 エルムは周囲を見渡した。


「ウリコは──」


「はーい! 帝都行ってみたいでーす!」


「……村にやってくる冒険者が増えてきたから、さすがに手が離せないだろう」


「がーん」


 同じ理由で、従業員たちは連れて行けない。


「すみません、僕も帝都に住んでいたので案内できるとは思うのですが、武器屋のアルバイトで忙しくて……」


「マシュー、気にするな。暇があればご実家の方に挨拶でもさせてもらうよ」


 マシューの残念そうな姿、エルムは頭を撫でてやった。


「お、オレとか──」


「はいはい、ガイさんは絶対に逃がしませんよ。

 盗みを働こうとした分、きっちりと労働してくださいね! 道連れデス!!」


「ウリコ! お前オニか!」


「いってらっしゃ~い、エルム~」


 ガイとオルガのカップルは相変わらずである。

 エルムの周りにはどやどやと人が集まって、賑やかなことになってきていた。

 そこへ、小さなジ・オーバーがやってきて一喝。


「こらー! サボってないで働くのであるー!」


『すみませーん!』


 幼女メイドに叱られて散っていく、ダメな大人達の図である。

 エルムは、普段贅沢を言わないジ・オーバーのことが少し気になっていた。


「ジ・オーバーは帝都に興味はないのか?」


「なくはない……けど、我には贅沢なのである……。

 散り散りになった副官や魔将軍たちも、がんばっているんだろうなと考えると……」


 いつもの通り、抱え込みすぎて、働き過ぎな魔王。

 エルムは優しく笑った。


「他の奴らには内緒で、ジ・オーバーにだけ土産を買ってきてやるよ」


「お、お土産であるか!? みんなにはナイショで!?」


「ああ、期待していてくれ」


「やったー!」


 やっぱり、まだ子供なんだな~と微笑ましくなるのであった。

 出発メンバーはエルム、バハムート十三世、勇者の三名に決まった。

 帝都で待つ皇帝からの直接の呼び出し。

 本当ならとても大それたことなのだが、エルムは気軽に向かう事にした。

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