竜装騎士、相棒にまたがり蒼穹を駆ける
帝都への出発は決まった。
だが、移動手段はどうするのか? ──ということになった。
まず考えられるのが徒歩。
何も用意せず、すぐ移動する事ができる。
次に最もポピュラーな移動手段。馬を使って、街道から向かうコースだ。
ただ辺境の村なので、きちんとした道に出るまでが遠い。
馬の用意も必要だ。
しかし、エルムは悩むことはなかった。
なぜなら、彼は竜と契約している者なのだから──。
「うわわ!? そ、空を飛んでいるぞエルム殿!?」
「そりゃ竜装騎士なら、竜に乗って空も飛ぶさ」
天高く舞う、巨大な白銀のドラゴン。
陽光を浴びて、プラチナのように美しい鱗がキラキラと輝いている。
もし地上から見ることができたのなら、万人は神々しさを感じてしまうだろう。
その背中に乗って笑っているエルムと、あまりの速度と高さに泣きそうな声の勇者。
二人のリアクションを楽しむのは、子竜から本来の姿に戻ったバハムート十三世だった。
「どう? ボクの乗り心地は?
本当はエルム以外は乗せたくないんだけど、今日は特別サービスさ」
「さ、さすがは伝説の竜の名を冠するバハムート十三世殿……。
こんなにも立派な正体をお持ちとは、お見それしました……」
「あれ? 勇者、キミには言ってなかったっけ? ボクの名前は偽名だよ」
「なんと、神話に名高きバハムートの血族ではなかったのですか!?」
「わかりやすいから、その程度の偽名にしてるのさ。
真名は面倒くさいからヒミツ」
「なるほど……。わたしと同じなのですね……」
勇者は、風を感じるために兜を取り去っていた。
金色の美しいロングヘアーが、空に溶けるようになびく。
それを密着する形で眺めているエルム。
「そういえば、勇者も名前を名乗っていなかったな」
「わたしにとっては、とても重い名で、まだ名乗る気にはなれないのだ」
「そうか。人や竜にも事情があるだろう。
それより、今の帝都のことを聞かせてくれないか?
俺のイメージだと昔過ぎて、小さなキャンプ地のままなんだ」
それを聞いた勇者は思わず噴き出した。
「ぷふっ、エルム殿、どれくらい昔のイメージなのだ。
キャンプ地とか、例えにしても面白すぎるぞ……」
「う、うむぅ……」
不老不死のエルムとしては数百年が昔という感覚だったので、ジェネレーションギャップを感じてしまった。
以前、帝都と呼ばれる場所に立ち寄ったときは、本当にそのくらいの小さな規模だったのだ。
「そうだな……ここ十数年の出来事だと……。
前皇帝が崩御してから、今の皇帝になった。
今の皇帝には出来損ないの妹が一人。家族はそれだけだ」
「出来損ないの妹?」
「……何でもない。
皇帝は
帝国は代々、トップの武力を重んじる。まさに現皇帝は、理想の皇帝だ」
「なるほどな、カリスマと強さは王としての資質だ」
「そのため、帝都も栄えていった。
下水が整備され、劇場が建てられ、ほとんどの建物が頑強な石造り。
領土も、生まれに関係なく実績を積んだ者を重用したため、盤石なものとなった。
まぁ、ジャガイの件は残念だったが、奴は奴で作物関係の功績があったからな」
「大体のことはわかった、ありがとう。
それで、勇者は──」
エルムは振り返るように身体をひねり、視線を背後の勇者へと向けた。
勇者としては、エルムが自分のことを囁きながら、その綺麗に整った顔で流し目をしているような状態だ。
竜の背に乗るという都合上、エルムとピッタリと密着しているような形にもなっている。
勇者は両手を、エルムのお腹に回してしがみついていると、やはり男性の背中は一回り大きくて、自分とは違う生き物なんだなとドキドキしてしまう。
その状態で呼びかけられたのだ。
鎧越しのはずだが、変に意識してしまって、顔の火照りが止まらない。
「なゃッ、にゃんだエルム殿!?」
「ん? 急にどうした?」
「い、いやいやいやいやいや、なんでもないぞ!」
勇者は男性に対しての免疫がなかった。
異性と接したのは家族くらいで、あとはずっとフルフェイスの全身鎧を着て、勇者として性別を隠してきたためである。
そこに何のイタズラか、突風が襲ってきた。
飛行している竜の身体自体はビクともしなかったが、上の二人は少しだけ風に煽られた。
勇者は慣れない空の恐怖に、思わずギュッと抱き締める力を強めてしまう。
それに気が付き、エルムが声をかける。
「勇者でも空の旅は不慣れか。さすがに振り落とされないとは思うけど、しっかりと掴まっていろよ」
「あ、ああ……。そうさせてもらう……」
もういつぶりくらいだろうか、という男性の体躯の安心感。
父の背中のように広く、偉大で、だけど不思議と心臓の鼓動が高鳴るようで。
勇者は、エルムのたくましい首筋に、接吻をするように顔を近づけ──。
「……おぉっとぉ!!
ボク、急にアクロバティックな飛行をしたくなってきたぞぉ!」
青空に響くバハムート十三世のわざとらしい大声。
「……え? えぇぇぇぇええええ──!?」
上に乗っている二人の視点が大回転し始めた。
エルムに迫るラブコメオーラを感じて、バハムート十三世が絶対阻止のために曲芸飛行を開始したのだ。
8の字の軌道を飛行機雲で描きながら、重力加速度の限界に挑戦する──“バーティカルキューバンエイト”と呼ばれる超高難度曲芸飛行。
「ははは、バハさん。楽しいなこれ」
余裕のエルム。
さすがの身体能力である。
「うわああああ! 空が落ちて! 回って! 横に地面が見えてえええええええ!!」
絶叫をあげながら、涙を上方向に流す勇者。
もう恋愛感情どころではない。
相棒としてエルムを死守したバハムート十三世であったが、勇者のゲロを浴びるという予想外の出来事で痛み分けとなった。
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