幕間5 ゴーレム少女は王国とお茶会がしたい
どんなに魔術や錬金術が発展しても唯一、創れないモノがある。
──いのち。
世界のルールが許しているのは分裂、混合、転生の自然に起こりうる類だけだ。
無から生命を創ることは絶対に許されない。
だが、
とある栗色の髪の少女の脳を取りだし、人形へと移植。
人形は喋り、嘆き、絶望の表情を見せた。
伯爵は願いを叶えたのだ。
その人形の姿を見ながら紅茶を飲むのが最高のひととき。
人形は発狂した。自らのゴツゴツとした身体の醜さに耐えきれず暴走。
ゴーレム製造用の研究資材をすべて破壊した。
その後──SSSクエストとしてエルムが、
「あのときからゴーレム開発が続けられなくなってしまった。
しかも吾輩の最高傑作である、愛すべき人形のガラテアも、忌々しきエルムによって消滅させられてしまった……」
伯爵は溜め息を吐く。
のちに彼は罪人とされたが、それでも非常に優秀な統治者だった。
外敵から民を守り、税も適切、兵士たちの規律も正しい。
百人に聞けば、百人が素晴らしいと彼を褒め称えるだろう。
「吾輩は民を愛していた」
それ故に人形偏愛が度を超えすぎてしまったのだ。
千人、万人に褒め称えられようと、決して埋められない狂った愛。
「そして同じようにガラテアを愛していた……!
ガラテアも吾輩を愛していたはずだ!
それを引き裂いたエルム、許すことはできん!」
常人には理解できない狂人──それが伯爵だ。
伯爵は今、港町にきていた。
遷都と言う名の敗走、王都崩壊からの終着点である。
しかし、港町一つに、王都から逃げてきた者全員を受け入れられるはずもない。
王の手前、港町の町長はひれ伏し、従っている態度なのだが、住人達は不安な顔で窓から外を覗き込んでいた。
「もう王国は終わりだな」
ゴーレム趣味以外は知恵がまわる伯爵は悟っていた。
もうこの国は立て直せる段階に無いと。
元から滅びる運命だったのかも知れない。
肥大しすぎた国など、歴史的にどこも遅かれ早かれ破綻する。
それを数百年間、不死の竜装騎士エルムによって支えていただけなのだ。
伯爵はどこか自虐的な笑みを浮かべていた。
もうゴーレムを作るための機材も無いし、最愛のガラテアもいない。
「ここが死地となるか……。
くくく……エルムの奴は憎らしいが、この世の未練が少なすぎるな……」
「え~、それじゃあボクがつまらないなぁ~。もっと楽しくいこうよ~」
伯爵の耳に、聞き慣れない声が聞こえてきた。
そちらに眼を向けると、白いツインテールで、褐色の肌をした少女がいた。
だが、その少女の関節をよく見ると──。
「なっ!? お前は人間じゃなく、人形なのか!?」
短いドレスから球体関節が露出していた。
「さぁ? どうだろう? アハハ、そんなに知りたきゃ追いかけてきなよ~」
「ま、待て! そんなサイズの人形、しかもなめらかな肌なんて、どんな技術で──」
謎の少女はスキップで路地裏へ。
伯爵はそれを必死に追いかける。
それはまるで白ウサギを追いかけるアリス。
ただの港町のはずだが、不思議なことに絶対に距離が縮まらない。
「はぁはぁ……。
ま、待ってくれ……、吾輩の理想の人形になるかもしれない者よ……」
謎の少女を見失い、走り疲れた伯爵。
いつの間にか一軒の店の前に立っていた。
謎の少女がいるのなら、ここだろうという謎の核心があった。
扉をギィっと開けて中に入る。
「いらっしゃいませ」
中にいたのは、長袖、ロングスカートの格好をした店員の少女一人だった。
髪はよくある栗色。人間味のある微笑みで出迎えてくれていた。
「こ、ここに白い髪の者がこなかったか!?」
「白い髪……ですか?
そうですね、珍しいのでご近所に聞いてみればわかると思いますよ」
「そ、そうか……そうだな。
吾輩としたことが、冷静に考えれば足取りは掴みやすいのだな」
球体関節の部分は長袖などで隠すことができても、髪の色はそのままだ。
人型サイズのゴーレム──人形というのも、世界で類を見ない部類だ。
すぐ伯爵は見ることができるだろう。
「それより、お疲れのようですね。
丁度、お茶にしようとしていたのですが、一杯いかがでしょうか?」
「あ、ああ。喉が渇いていたので助かる」
栗色の髪の少女は、すでに用意してあったティーポットを傾けて、カップに琥珀色の紅茶を注いだ。
それをテーブルに置く。
「そういえば、ここは何の店なのだ?」
伯爵は椅子に座り、カップから紅茶を一口飲んだ。
「はい、アクセサリーを扱っております。それを眺めながら紅茶を飲むと、話が弾みますよ」
店の中には手作りの小物が並んでいた。
彫金された指輪から、骨で作られたお守り、革製のタペストリーなど。
「ほう、吾輩と似ているな。
吾輩も昔は、最愛の人形を眺めながら、紅茶を飲んだものだ……」
「ふふ、今もそうしてるじゃありませんか?」
「……む?」
「伯爵様が作ったワタシ──ガラテアを前に紅茶を飲む。
元の人間の外見に近いのですが、お忘れになってしまったのでしょうか?」
伯爵は震えた。
思い出したのだ。
ガラテアに使った少女の姿を。
「お前は……本当にガラテアなのか!?」
「はい、生まれ変わったガラテアですよ」
栗色の髪の少女──ガラテアは、長袖をまくった。
そこにあった関節は、球体によって稼働するという技巧。
人間ではありえない球体関節だった。
「おぉぉぉおお!? ガラテア、ガラテアが生きていて──うっ!?」
伯爵は震えた。
それは興奮や驚きによるものだけではなかった。
「紅茶に入れたしびれ薬が効いてきましたね」
「な……に……」
テーブルに突っ伏した伯爵。
ガラテアはそれを担いで、地下室へと運んでいった。
──薄暗い地下室。
手術台に載せられた伯爵。
「ガラテア、お前はエルムによって消滅させられたのではなかったのか……?」
「伯爵様、ワタシはエルム様に助けられていたのです」
数ヶ月前、エルムは暴走したガラテアを転移させて死んだように見せかけた。
そのあとにゴーレムの身体に人間の脳という、哀れな状態のガラテアをなんとかしようとしたのだ。
だが、魂の変質が起こってしまっていたために、完全な人間には戻せなかった。
外見は人間に近いが、球体関節の人形。
それでもガラテアは喜んだ。
ゴツゴツとした石の身体から、人間らしい身体に戻れたのだと。
長袖、ロングスカートなどで隠せば普通の少女と変わらない。
そして、そのときに恩人のエルムから言われた。
伯爵に復讐するのは止めないが、一度でも私怨で命を奪ってしまうと後戻りできなくなる──と。
ガラテアもわかっていた。
長く続けている統治者というのは表向きは優秀な者が多く、その中でも伯爵は飛びきり内政が上手かった。
それを殺めてしまうと家族が住む領地も無事で済むかわからない。
「エルム様には止められたけど、それも国が崩れたらもう必要ないですよね」
ガラテアはナイフを取りだした。
普通ならここで危険を感じるのだが、伯爵は違った。
歓喜に打ち震えていた。
「おぉ、ガラテア! ゴーレムにしてやった吾輩に感謝しているのだろう!」
「いいえ、伯爵様。ワタシが感謝しているのはただ一人、エルム様だけです」
ナイフでの解体が始まった。
「おぉ、ガラテア! 吾輩を愛しているのだろう!」
「いいえ、伯爵様。ワタシが愛しているのはただ一人、エルム様だけです」
伯爵は生きながらアクセサリーにされていった。
指で作られた指輪、骨で作られた呪具、革のタペストリー。
そして防腐加工された頭部はテーブルに置かれていた。
「あぁ、殺してしまいました。なんて清々しい気持ち……でも──
ガラテアはわかってしまった。
エルムがなぜ復讐で殺してはいけないと言ったのか。
一人殺せば枷が外れる。
「伯爵様の首一つだとティーパーティーが寂しいです。
もっと、もっと並べて差し上げましょう」
決して燃え尽きない昏い灯火。
復讐の対象は広がり、王国に関わる者全てに殺意の方向が向けられた。
その日から夜な夜な、港町で兵士が行方不明になる事件が起こった。
それを遠くから眺めている褐色の少女。
「さよなら
どうやらここにいる神はアフロディーテじゃなかったようだ──アハハ!」
恐ろしげに、可愛く、ケタケタ笑う。
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