竜装騎士、赦しを与える

 ウリコの酒場。

 詳細に書かれた攻略法や、Sランク装備のドロップ情報もあって、ボリス村は冒険者で賑わい始めていた。

 酒場も所狭しと冒険者が座り、ウリコとジ・オーバーが嬉しい悲鳴をあげている。


 そんな中、ガイとオルガのカップルは酒場の床でへたり込んでいた。


「どういうことだよ……。どうして誰もパーティーに入ってくれねぇんだよ……」


 最初は二人のパーティーに入る者もいたのだが、合っていないSランク武器に滑稽に振り回されるカップルを見て、一時間足らずで離脱が普通だった。

 その悪評が広まり、もう誰も二人を冒険者扱いはしない。

 金が無く野宿が続き、格好も薄汚れていた。


「ね、ねぇ……。アタシぃ……オルガっていうんだけど、パーティーに入れてくれない?」


「あ、オルガてめぇ! 一人だけ抜け駆け──」


 オルガは女性の武器である胸元を強調しながら、椅子に座っていた青と金の甲冑で、顔をフルフェイスで隠した冒険者──勇者に媚びを売ろうとしていた。

 だが、勇者は首を横に振った。


「残念だが、もうパーティーを組んでいてな」


「……え?」


 勇者の背後からきたのは、エルムとマシューだった。


「お待たせしました、勇者のアネキ!」


「……マシュー、その呼び方は外ではやめろと言っただろう。

 いくら親しくなったからといって……」


 幸せそうな表情のマシューと、まんざらでも無さそうな勇者。

 そのやり取りを見て、カップルは絶望した。

 あの勇者が、落ちこぼれだと思っていたマシューとパーティーを組んでいるのだ。

 しかもエルムもいる。


 あまりのカップルの落ちぶれっぷりに、マシューは気が付いていないのか、そのままパーティーでダンジョンへと向かって行ってしまった。




* * * * * * * *




 その夜、パンを食う金もなくなったカップルは防具屋に忍び込んでいた。

 盗みを働くためである。

 戸締まりもしていない田舎で、人手不足の防具屋となれば楽勝である。


「くくく……、最初からこうしときゃよかったんだ……」


「そうね……、この防具屋の娘は本当にバカね……!」


 金になりそうなものをササッと窃盗。

 大きな袋の中に入れられるだけSランク装備を詰め込んでいく。

 すぐにパンパンになった二人の大きな袋。

 そのまま防具屋から脱出。

 無事、盗みを終えた──と思っていた。


 二人は知らなかったのだ。

 なぜ、この世界では不用心な武器屋や防具屋が多いのか。

 なぜ、そんな店が営業を続けられているのか。


 それは盗みをすると、最終的には恐ろしいことになるためである。


 それぞれの事情は違うが、ある店では店主が異常に強くて、盗んだ瞬間に殴り殺される。

 またある店では、強力な呪いで名前が書き換えられてしまうらしい。


 そしてこの村は──村人が強い。


 大きな布袋を持ったカップルを、気付いた彼らが追いかけてきていた。


 クリスタル棍棒を持った主婦。

 刀を持った老人。

 爆弾を手にする道具屋の店主。

 メイド服を着た幼女。


 ──それら数十人。


 ただの村人だと思っていた存在が、殺意ある追っ手となって目を血走らせているのだ。

 左右の民家から、戸をバンッと開けて次々と沸き出てくる。


「ヒィィィィィ」


 カップルは恐怖した。

 下手なホラーより怖い。

 捕まったらどうなるか予想は簡単である。

 村人と言う名の武装集団によるリンチ。

 ミスリルゴーレムより恐ろしい結末しか見えない。


 少しでも身を軽くというのと、囮にするため、盗んだ物を放り出して一直線で逃げた。

 暗い森の中なら大丈夫だろうと──。


 走った、逃げた、息を切らしながら、時間感覚も失うくらいに必死に。

 気が付いたらいつの間にか森深く。

 村の明かりすら見えない場所。


「ハァハァ……。

 ど、どうやら逃げ切ったようだな……。さすがオレたちだぜ……」


「ねぇ……。ガイ……?」


「どうしたんだよオルガ、急に真剣な声で」


「もうそろそろ、マジメに生きない……?」


「な、なんだよ、オルガ。今が不満だってのかよ!」


 ガイはドサッと地面に腰を下ろした。

 オルガもゆっくりと座る。


「だってもう、アタシたち結構良い歳じゃない……」


「ま、まだ若いだろ!」


「子供ができたらとか、結婚したらとか……たまに考えちゃって……」


「……オルガ」


 ガイもオルガも、普段はこんなことをしているが、昔は夢や将来を語り合っていた仲だったのだ。


「どこで道を踏み外しちゃったんだろうね……アタシたち……」


「さぁな……」


「村に謝りにいかない? マシューにもさ……」


「……バカ、そんな格好悪いこと……できるかよ……」


「でも、あの子さ、幸せそうだったよ。真っ直ぐで、羨ましくて……」


「お、オレたちゃクズなんだぞ! ダメな人間だって、それくらいはわかってる!」


「きっと、良い子だから許してくれるよ……」


「……確かにオレたちの弱さを知った今だと、よく着いてきてくれてたって思うよな、マシューの奴……。許して……くれるかな……」


 二人、夜の月を背にして寄りかかろうとした──そのとき。

 ガサリと近くの草むらが揺れた。

 一瞬、村人たちかと思ったが、それは違った。

 獣臭く、汚れた毛皮装備の夜盗たちが十数人。

 手にはギラリと光る円月刀シミター


「おぉっとぉ? お楽しみのところだったかなぁ?」


「な、なんだお前らは!?」


「グッヘッヘ……。そう構えんなよ、金目の物を出せば命だけは助けてやるぜ?」


 ガイとオルガは囲まれていた。

 夜盗たちは、全員が殺し慣れた者独特の目をしていて、エルムや村人のように優しい扱いをしてくれそうにはなかった。


「か、金は……全部なくなっちまったから、村から逃げてきたところだ……」


「ちっ、しけてんなぁ。でも……女の方は良い身体してんじゃねぇか。

 売れば金になりそうだ、ヘッヘッヘ……」


 青ざめた顔になるガイ。

 もう自分はクズで何も残っていないと思っていたが、最後に残っているものがあったのだ。

 隣にいるオルガ。

 それだけが、ガイに残された最後の──。


「に、逃げろ! オルガ!」


 ガイはSランク武器のロングソードを手に……取ろうとしたが、それはすでに飯代として消えてしまっていた。

 襲いかかってくる盗賊。

 唯一残っていた武器を抜き、対抗した。


「ウギャアア!?」


「マシューの奴……オレにピッタリの武器を当ててんじゃねーかよ」


 その手には嫌っていたはずの安物ショートソード。

 ロングソードと握り比べると、まるで我が身の一部のように操れることに気が付いた。

 次々と夜盗を切り伏せていく。

 だが、すでに遅かったのだ。


「痛ッ!?」


 ガイの肩に矢が刺さっていた。

 普通の傷より明らかに熱を持つような痛み。

 毒矢である。


「ガイッ!?」


「へっ、クソ野郎には相応しい最後だ……。

 だからよ、逃げろ! オルガ! オレのフィナーレを格好悪くすんな!」


 オルガは振り向かずに走った。

 その背後では、ガイが敵中特攻をして、ハリネズミのような姿になりながらも、目の見えなくなった身体でショートソードを振り回していた。


「おっとぉ、女ぁ……逃がさないぜぇ……?」


 先回りしていた夜盗の一人が、オルガの手を掴んだ。

 杖をどこかに落としてしまって、詠唱の隙もないオルガは何もできなかった。

 死にゆくガイの最後すら、無駄に終わろうとしていた。


 オルガは決心した。

 隠し持っていた短剣を掴み、自らの心臓へと突き立てた。

 噴き出す赤い液体。

 月に照らされて、キラキラと生命の奔流となって輝いていた。


「こ、こいつ、自殺しやがった!

 おいおい、マジかよ──いや、待て、なんだこれは!?

 血が巻き戻って……!?」


「えっ!? なんでアタシ生きて──」


 闇夜に飛び散ろうとしていた血液は、影も形もなくなっていた。

 それどころか、ナイフで刺したはずの傷すらない。

 驚く夜盗とオルガ、その耳にのんきな話し声が聞こえてきた。


「ね~、エルムぅ~。ボク、別にコイツらは助けなくてもいいと思うんだけどな~?」


「バハさん。こんな奴らでも、俺の近くでは死んで欲しくないからな」


「昔っからそうだよね~。まぁ、ボクがフォローしてあげるんだけどさ」


「フォロー?」


「なんでもな~い」


 それは“紫の魔導法衣マジックモード”にチェンジしたエルムと、パープルカラーになっているバハムート十三世だった。

 初級回復魔術のヒーリングで、オルガの心臓を修復したのだ。


「な、何者だテメェ!? コイツらの仲間か!?」


「元パーティーメンバーの、使えないFランク冒険者のエルムだ」


 エルムは20ワードの詠唱破棄。

 夜盗全員にターゲットをして、極大魔法を放った。

 日中が如く明るさになり、闇夜が吹き飛ばされた。


 一瞬で勝負は決した。




* * * * * * * *




 あの夜盗たちは完全拘束された状態で、近くの町まで送り届けられた。

 法によって裁かれるだろう。

 ダンジョンができて、冒険者の出入りが多くなると、それを狙った夜盗の類も現れるのだ。

 それも今回の一件によって、良い見せしめとなって大陸中の犯罪ギルドを震え上がらせた。


「ほら~、そこ。ガイさん、ちゃんと隅までテーブルを拭いてくださーい」


「へーい、ったく。人使いが荒い看板娘だぜ……!」


 ──酒場の中、賑やかな声が響く。


 毒矢が数十本刺さったガイは、エルムによって助けられた。

 そのあとに村まで戻ってきたのだが、人手が足りないということでウリコの元で働くことになったのだ。

 もちろん泥棒をしたので必要最低限の賃金からスタート。


「ほらぁ、まかないを用意してあるからガイ、がんばんなぁ~」


「まかない!? まかないであるか!

 オルガの料理はしょっぱいのが多いけど、うまいから楽しみなのである!」


 オルガも厨房で働く姿が様になってきた。

 味付けは酒場っぽく濃いものが多いのだが、酒飲みとジ・オーバーには好評である。


「ふぃ~、テーブル拭き終わり……。

 ああ、オルガごめん。ちょっと武器屋の方に顔を出してくるわ」


「……うん、いってらっしゃい、ガイ」


 ガイはすぐ近くの武器屋にスタスタと移動した。

 そこは防具屋カウンターの横で、もう武器防具屋といってもいいくらいだ。

 座っているのは、まだあどけない13歳の金髪少年。

 先日からアルバイトを始めている。


「よぉ……調子はどうだ。マシュー」


「あ、ガイ。今日もお客さんは多いね」


 金髪少年──マシューに対して、バツの悪そうな表情のガイ。

 あれから毎日、こんな感じである。

 本心としては謝罪したいのだが、うまく言葉が出てこない。

 今までどんなに酷い事をしてきたか自覚しているためである。

 いや、それと同時に、まったく気にしていないような善人のマシューを見ると、何も言えなくなるというのもあるのだ。


 だけど、それでも言わなければならない。


「マシュー。お前の武器選びは正しかった」


「……え?」


「オレが悪かったよ、ウェポンマスター。許してくれとはいわない。

 ……じゃーな」


 ガイは口をへの字に曲げながら、自らを恥じて背を向けた。

 そして去って行こうとしたのだが──。


「ガイさん! 今度は──!

 きちんと冒険者の腕を上げたら、もっと良い武器をチョイスしてあげますよ!」


「……バーカ、一瞬で追いついてやるよ。お前が選ぶ武器に……な」


 まだ自分に対して憎まれ口というものを使ってくれたマシュー。

 ガイは涙腺が緩んでしまった。

 それを見せずに、背中を向けて歩み出した。

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