竜装騎士、赤の伝説装備で魔王を倒す
「皆の者よ! 拙者から離れるでないぞ!
この老いぼれ──ショーグンと呼ばれたからには全身全霊を持って守護する所存だ!」
「は、はい! ショーグンさん、頼りにしています!
エルムさんと、勇者さんがダンジョンに潜っている今、戦えるのは……あなたしか……!」
村の守護を任されているショーグンは、ウリコたち村人を連れて、魔王軍が襲撃してきた反対の方向へと逃げていた。
だが──村の外側に近いダンジョン付近。
タイミング悪く、その歩いてくる小さな存在に出会った。
「小さな女の子……?
こ、こんなところにいたら危ないですよ! 一緒に逃げましょう!」
ウリコは持ち前の親切心から、それに話しかけていた。
しかし、それは人間ではない。
シルバーグレーの髪に長い角、恐ろしいほどの魔力。
「……ウリコ、そやつに近づくな。
拙者が命を賭けて数秒は時間を稼ぐ。その間に逃げるのだ……」
──魔王ジ・オーバー。
その存在に微かでも気が付いたショーグンは、腰の刀をスラリと抜いた。
「我に対して冗談か? 数秒も時間を稼げるなどと、笑えないのである。
だが、そのちっぽけな命でも他者生存のために使うとは
魔王も敬意を表して、何もない空間から一本の剣を召喚した。
それは神が鍛え上げた、神剣と呼ばれる天上の極み。
SSSランクの上をゆく、伝説装備である。
「まさか……これ程までとは……」
ショーグンはすでに死期を悟っていた。
魔王個人の戦力は、魔王軍すべて集めたよりも強大である。
一秒すら稼げないだろう。
一触即発、紙一重の死。
しかし、それでも──“彼”にバトンを繋げられると信じていた。
「ん? ダンジョンから誰か出てきて……」
──そして時はきた。
──彼が帰還した。
「いや~、今日も勇者がすごい活躍だったよ。俺は後ろから見てるだけでさー」
ダンジョンからひょっこり顔を出してきた彼──エルム。
「ま、間に合ってくれた……。
なんとか命を繋いだ、か……」
「おぉ? なんでみんな集まってるんだ? 何かゴーレムの反応も消えてるし……」
状況がわからないエルム。
その後ろから勇者もダンジョンから出てきていた。
「な、なんてことだ……、エルム……まずいぞ。
アレは──あの魔力は魔王だ」
魔王ジ・オーバーを見た勇者は、身体を震え上がらせた。
勇者は本能的に感じ取ったのだ。
宿敵である魔王という存在を。
だが、若い勇者はまだ未熟だった。
その圧倒的な魔力に対して、手に握られる伝説装備に対して、人間を虫けらのように見下す深淵の瞳に対して、何もかもがまだ、魔王を討つはずの
勝てるビジョンが一寸たりとも見えない。
「フゥーハハハ!! 身体を震わせるお主、それでも勇者か!
せっかく、我が挟撃のために孤立しているのだぞ?
最大のチャンスだ、さぁ、我と思う存分戦い。
そして、ハラワタをえぐり出されるがいいのである!」
魔王ジ・オーバーは神剣の切っ先をギラリと向けた。
震え上がるしかできない勇者。
もはやこの場に戦える者はいないと思われたが──。
「あー、勇者はダンジョンの攻略法を探ってくれて疲れてるんだ。
俺が代わりに戦うから許してくれ、な?」
面倒くさそうに一歩前に出てきたエルム。
内心、早く攻略法をまとめて書き出したいと思っていた。
「ほう、最初に死にたいのは貴様か? エルムというたか。
フゥーハハハ──……は? あれ、その白銀の鎧、どこかで見たことがあるような?」
「き、気のせいじゃないか? 俺、ただの手作り防具のコスプレ野郎だし……」
「いやいやいや、ちょっと待つのである。
そのエーテル、煌めき、異界の主神の鎧ではないか……?」
「よーし! 気のせいだ! それは気のせいだ! 別の話をしよう!
えーっと、なぜ、こんな村を襲おうと思ったんだ? 仮にも魔王だろう?」
完全にバレていると悟ったエルムは、あまり村人の前では大っぴらにしたくないので話を逸らした。
ちなみに村人たちは、ゴーレムとか目の前で作られていたので察していた。
エルムを気遣って、普通の人扱いしていた配慮ある優しい村人たちだったのだ。
「フゥーハハハ! よくぞ聞いてくれた、エルムとやら!
そう、我は唯一残った魔王として、苦節数十年、耐えて耐えて堪え忍び、粗食、節制、なんかもう毎日切り詰めつつ、働きまくって装備を調え、魔王軍を再興したのだ!」
「あー、そういえば逃した魔王が一人だけ行方不明になってたんだっけ……」
「なんか言ったのであるか?」
「いえ、なにも」
別の魔王六人を封印した張本人だとは言い出しにくかった。
「そして最初の階層からSランク装備ザックザクというダンジョンの話を聞いて、魔王軍の資金源にしようと計画を立て、実行したのだ!
ちなみにこのためにみんな休み無し、我も三日は寝ていない!」
「大変だったな~。俺がいうのもなんだけど、働き過ぎは身体に良くないぞ?
とくに睡眠時間を削るのは身体に悪い」
「う、うむ……たしかに眠い。身体もだるい」
「働くのはいいことだけど、ほどほどにするのが長期的な効率良い方法だと思う」
「エルム、なんか
「毎日毎日毎日、自分勝手なSSS級クエストを押しつけられ、中抜きされて、貴族たちに感謝されるどころか“下請けの竜装騎士”と蔑まれ……。
働き過ぎていいことなんて一つもなかったんだ……精神が蝕まれていった」
「……エルム、大変だったのだな。
なんか我もちょびっとだけ、ワガママについてきてくれた部下たちをいたわりたくなったぞ……」
エルムとジ・オーバー。
二人の間で何かが芽生えた。
だが──ここは戦場である。
「フゥーハハハ! エルムとやら! 気に入ったぞ!
我が奴隷となれば世界の半分を──」
「断る」
「であるか! フゥーハハハ!!
──……いくぞ」
魔王ジ・オーバーは冷徹な表情に切り替え、神剣を構えた。
エルムも零式神槍グングニルを出現させて、同じように構える。
二人の視線がぶつかり合い、周囲から音が消えた。
「部下に楽をさせてやるためにも、このダンジョンを手に入れなければならぬのでな……」
魔王ジ・オーバーは跳んだ。
それは残像を残すほどのスピードで、エルムに迫る。
横薙ぎされる神剣。
……一閃。
「え?」
斬った方のジ・オーバーが驚いていた。
なぜなら……エルムは一歩も動かないでいたからだ。
「え、エルムさん!? エルムさんの首が──」
勝負を見ていたウリコが悲鳴をあげた。
ボトリと落とされたエルムの切断された首。
胴体は立ったままで、血が噴き出している。
「ちょ、ちょっと待つのである……。
なぜ避けない? なぜ防がない? あのくらい、小手調べの一撃だったというのに……」
ジ・オーバーは身震いして、ショックで崩れ落ちていた。
それは魔王というより、ただの幼女。
初めて人を殺してしまったという後悔である。
それまで、人を殺す殺すといっても、結局は弱者である人を殺す事のできない甘い魔王だったのだ。
それを今……共感してしまった相手を、人間を殺してしまった。
「う、うわあああああエルム、すまないエルムうううぅぅぅうう!?」
「──あ、悪い。油断してた。
泣いちゃったか~、驚かせてごめんな」
「……え?」
魔王、ウリコ、村人たちの全員がその声に驚いた。
死んだはずのエルムの声が聞こえたのだ。
視線は自然と落ちている首に。
「え、エルム……?」
首は霧のように蒸発して、元の胴体の位置に復元された。
何事も無かったかのように、平然とした表情で頭をポリポリとかくエルム。
「まさかノーマルモードとはいえ、この防御を突破してくるなんてなー。
驚いたよ。すごいな、ジ・オーバー」
「え? なに? エルムってアンデッド?」
「いや、人間だぞ。ちょっと装備効果で不死身なだけだ」
「そ、そんな装備……伝説装備の効果でもおかしいのである……。
加護か? なにか強力な存在の加護でも受けているのか……?」
「いや? バハさんは伝説防具がすごいからって言ってたけど……。
まぁ、いっか。
魔王ジ・オーバー、お前をSSSランク以上──上級第一位の神と同等として認識する」
「ほ、ほう。我の血の本質を捉えたか……! 我が宿敵に相応しいのである!」
ジ・オーバーは涙でグシュグシュになった顔をぬぐいながら、少しだけ嬉しそうに再び立ち上がった。
「そうだな、“黒”は……やりすぎなので、“赤”を使わせてもらう!」
エルムは久しぶりに戦いというものができると歓喜した。
強すぎて相手がいなかったためである。
白銀のウィルムメイルに魔力を通して、その形状を変化させる。
モードチェンジ。
硬質な鎧から、身体にフィットする革と布で作られた装備に。
全体の色は赤、頭には羽根付き帽子、手袋にロングブーツにマント。
まるで三銃士のようなシルエット。
エルムは“赤の決闘装束デュエルモード”にチェンジしたのだ。
これは神々などの、上級第一位と呼ばれる最強カテゴリーを相手にするときの状態である。
一対一に特化されており、身体能力を爆発的に上昇させる。
問題としては、これに見合う存在がいないために、あまり使われないことだろうか。
「フゥーハハハ! 姿が変わったところで、魔王である我に敵うはずが──」
ジ・オーバーの目の前から、エルムが消えていた。
気が付いたときには、背後に立ち、神槍の切っ先を首筋に当てられていた。
「──へ?」
「光速をはるかに超えて移動したために、疑似転移が起きただけだ。
ジ・オーバー。お前の負けだ」
勝負は一瞬で終わった。
ジ・オーバーは手から神剣を落とし降参。
エルムはやれやれと強さゆえの落胆をしながら、槍を納めた。
それからしばらく経って、村の反対側からバハムート十三世がやってきた。
「お~い、エルム~。
よかった、無事だったんだね。
ボク一人で心細かったし、エルムのことも、すっごく心配したんだよ~!」
子竜は甘えるようにエルムに飛びついた。
エルムもそれをしょうがないな~、と抱き締める。
「そ、そういえば我忘れておったぞ!
その子竜がきた方角から、魔王軍を進軍させていたのである!」
思い出して焦るジ・オーバー。
魔王として命令したのは自分なのだが、エルムが強すぎて、自分一人に劣る魔王軍では勝てないと悟ったからである。
……すでに魔王軍は消滅しているとも知らず。
「おー、魔王軍がくるのか。
個別に倒すのは面倒だし、たまには五千匹の竜軍団を召喚しちゃうか~」
エルムは零式神槍グングニルの召喚効果で、五千匹の竜軍団を呼び出そうとしたが、それを大慌てで子竜が止めに入る。
「ちょ、ちょっと待つんだエルム!
えーっと、実はなんか、もう魔王軍は平気みたい!」
今呼び出されたら、竜軍団のリアクションからバレてしまうと必死だった。
珍しく焦っている相棒の姿に、エルムは疑問を覚えた。
「バハさん、平気ってどう平気なんだ?
そもそも、村の反対側からは何も感じ取れないけど……」
いえない、因果律をちょこっと操作して認識阻害魔法のようにしていたとは。
そこで子竜は思いつく。
「な、仲間割れを起こして自滅しちゃったみたいなんだ~!」
「なんだと!? 我が魔王軍が仲間割れだと!?
……いや、だが思い当たる節があるな……過労をさせすぎてギスギスしていた」
「そう! たぶんそれだ!
炎竜ってやつがいきなり『
「あのマジメな竜魔将軍の炎竜が……。
我はそこまで追いつめてしまっていたのか……」
「全部、炎竜ってやつが悪いんだ! ほんと、炎竜ってサイテーだよね!
仲間同士で戦うとか野蛮すぎて、そんなのをする奴の気が知れないよ!」
バハムート十三世の鬼畜の所業は、すべて炎竜に擦り付けられて解決した。
子竜はとても良い笑顔だった。
……だが、反対に魔王ジ・オーバーの表情は暗い。
「そうか……我の軽率な行動で皆を死なせてしまったか……」
普段は厳しい魔王といえども、心の中では魔王軍の者たちが好きだったのだ。
みんなで頑張れば、みんな幸せになると信じて、みんなのために厳しく……と。
しかし、死んでしまっては意味がない。
ジ・オーバーがそれに気が付いたとき、すでに手遅れだったと絶望した。
「なんたることだ……なんと皆に詫びれば……。
そうである……我も自決して冥界にゆき、詫び続けるであるか……」
それを見ていた子竜は相変わらずのニッコニコの表情。
魔王の肩に前足をポンと置き、言葉をかける。
「ドンマイ! あ、でも、エルムなら蘇生ができるかもしれないな~?」
「なに!? それは本当かエルム!?」
「あ~……。
まだ時間がそんなに経ってなく、魂を消滅させるような攻撃じゃなければ……」
子竜はわざとらしくフォローの言葉を入れた。
「うん、大丈夫! まだ一時間も経ってないしね!
それに炎竜ってば、焼死吐息とか大仰な名前なのに、ちょー弱かったし~!」
「それなら蘇生できるかもしれないな……」
少し面倒くさそうなエルム。
蘇生には触媒の用意が必要だったりして、それなりの手間がかかるのだ。
だが、目の前で涙目の幼女魔王を見ては、面倒くさいという理由で止めることもできない。
「な、なんでもする! 我はなんでもするから、蘇生を頼む!!
あやつらは大切な部下なんだ! もう二度と人間を襲わせたりはしないから!」
「ほほう……今、なんでもって言ったよ、エルムぅ……?
あ~、村人さんの家も壊されちゃったな~、みんな怒ってるよね~?
いっちょ、この幼女にオトナの怖さっていうのを見せちゃう? 見せちゃう~?」
ちょっとだけゲスい声の子竜。
家を破壊された村人とかの怒りと合わせれば、きっと面白いことになるのではと内心楽しんでいた。
まさに本質は邪悪。
「そうだなバハさん。村の役にたってもらうという条件で、蘇生をするか」
「……わ、わかった。魔王に二言はない……どんな仕打ちでも受けよう。
さ、さぁ! なんでも言え!」
「これを着ろ」
「くっ、辱めを与えるための衣装か! 我は耐える、耐えるのである!」
エルムはどこかから、白と黒のフリルがついた衣装を取りだしていた。
それに見覚えがあったウリコは首をかしげた。
「あれ?
エルムさん、それってうちの増設された宿屋で使おうと思っていたメイド服じゃ……?」
「丁度、人手が足りなかったんだ。
……魔王ジ・オーバー、メイドになってくれ!」
──その日、世界初の魔王メイドが誕生したのであった。
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