子竜、猫かぶりをやめる

「グハハハハ!! 進め! 蹂躙しろ!

 魔王様の名の下に、人間どもの安住の地を叩きつぶせーッ!!」


 その日、再び世界に魔王が出現した。

 魔王の副官が指揮する地獄の軍団──魔王軍。

 十二体の恐ろしき魔将軍が各軍団を率いている。


 鳥魔将軍による鳥系モンスター軍団。

 制空権を取る空の王者。


 人魔将軍による獣人系モンスター軍団。

 混合された血により、高い知能と汎用性を持っている。


 機魔将軍による機械系モンスター軍団。

 冷徹なる意思で命令遵守、残酷に任務をこなす。


 不魔将軍による不死系モンスター軍団。

 死をも超越するといわれるおぞましき者、ゾンビやゴーストなど。


 獣魔将軍による獣系モンスター軍団。

 その野生の本能に従い、鋭い爪と牙が敵対者を引き裂く。


 妖魔将軍による妖怪系モンスター軍団。

 東方の怪しげな術を使う、得体の知れぬ奇妙な化け物たち。


 蟲魔将軍による昆虫系モンスター軍団。

 意思の読み取れぬ不気味な瞳が恐怖を誘う。


 粘魔将軍による軟体系モンスター軍団。

 その液状の身体は敵対者を溶かし、吸収する。


 樹魔将軍による植物系モンスター軍団。

 地脈から無限のパワーを吸い上げ、繁殖し、絡みつく。


 神魔将軍による神系モンスター軍団。

 とてもレアなモンスターなので不在。


 海魔将軍による水系モンスター軍団。

 陸に上がれないので魔王城の水槽で待機。


 ──そして最後に最強最大の軍団。

 竜魔将軍による竜系モンスター軍団。


「グハハハ!!

 神魔将軍と海魔将軍は不在だが、そのくらいの穴は竜魔将軍がいれば問題ないわーッ!」


 魔王城から森を通って、村に向かう少数精鋭の先行部隊。

 アークデーモン種族の副官がそれを指揮していた。

 とても上機嫌である。

 なんせ、数十年ぶりの実戦で、不満を持ちつつも鍛えに鍛え上げた軍団を使えるのだから。


 そんな中、副官の下に部下がやってきた。


「副官……副官……ご報告が」


「どうした?」


「竜魔将軍と竜系モンスター軍団は『腹が痛いからパス』とのことです……」


「なん……だと……!?」


 竜族とは、魔族の中でも最強と名高い一族である。

 モンスターと呼ばれる程度のものではたかが知れているが、その上位種となれば神の領域になる。

 それが一斉に腹が痛いからパスというのは、常識では考えられない。


「そうか、腹でも冷やしたのかもしれんな」


「ははは、そうですね」


 だが、久しぶりすぎる戦場の高揚感で判断力が鈍っていた。

 なぜ、竜が村を襲わないのか。

 ──王がいるからである。


「お、村が見えてきたぞ……。

 人は殺さず、捕らえてオレたちの代わりに働かせる!

 いけぇーッ!!」


 30名ほどの先行部隊が村の敷地に足を踏み入れた。

 すると、どこからかゴーレムたちが現れたのだ。


「ご、ゴーレムだと……!? だ、だが、オレたちはSSSランクモンスターだ!」


 その副官の言葉通り、先行部隊は強かった。

 ゴーレムを切り裂き、砕き、元の土塊に戻していく。


「チッ、防衛に徹してやがるのかコイツら」


 先行部隊はゴーレムを処理したあと、苛立ちながら村の中を見て回った。

 みすぼらしい木造民家の中には誰もいない。

 歯ぎしりをしながら、人を捕らえられなかった悔しさで木造民家を壊していく。

 先行部隊が必死に探すも、なぜか誰もいないボリス村。


 ──それもそのはず、ゴーレムが時間稼ぎをしている間に、魔王軍の動きを察知したショーグンが村人を反対側へと逃がしていたのだ。

 エルムと勇者がダンジョンに潜っていて不在のために、こうするしかなかったのだ。

 だが、二人がダンジョンから戻ってくるまで堪え忍ぶだけだと思っていたのだが、それは間に合いそうになかった。

 人命は間に合っても──。


「おっ、人っ子一人いないが、防具屋はさすがに残したままになってるな……。

 これを強奪すりゃ、かなりのもんになるぜ……」


 ──ウリコとエルムが作り上げた防具屋はその場に残っているのだ。

 こればかりは動かせない。

 もはや、このままだと強奪され、破壊されるしかない。


「へへ……おじゃまするぜ。……んん?」


 副官が防具屋の中に入ろうとしたところ、中から小さい何かがトコトコと出てきた。


「ふぁ~あ……。

 ウリコの枕にされて一緒に寝てたはずなのに、誰もいなくなってると思ったら……」


 子竜のバハムート十三世だった。

 アクビをしながら、副官の股下を歩いて行く。


「エルムはダンジョンかな?

 あー、家とゴーレムが壊されちゃってる、ひどいな~」


「な、何者だ貴様!!

 ……いや、子竜……ということは、竜魔将軍の傘下に入りたくてやってきたのか?」


 副官の問い掛けに、きょとんとするバハムート十三世。


「え? なんでボクが竜魔将軍なんかの傘下に?」


「な、なんか!? なんかだと!? お、お前、竜魔将軍をバカにしたな!!

 竜魔将軍の恐ろしさを知らぬと見える……!

 あの炎竜レッドドラゴンが吐き出す炎はな、焼死吐息ファイアブレスはな、だいたい、ここから我が魔王城までの間を焼き尽くすくらいにやばいんだぞ!」


「へ~、そうなんだ~。でも、ほんと~?」


「本当に決まっているだろう!」


「じゃ、本人に聞いてみよう」


 バハムート十三世の瞳が赤く光った。

 ──背後の空間が開いた。


「……は?」


 それからの光景は、副官は理解できない。

 なぜなら、神の領域なのだから。


「焼死吐息って、たしかキミだよね? えーっと、名前忘れたけど炎竜の」


「……はい、ワタシです」


 召喚されたのは一匹の巨大な炎竜。

 子竜にひざまづき、うやうやしく頭を下げている。


 ──それは空間を超えてやってきたのだ。


「な、なんだこれは……!?」


 副官からしたら理解できないことだらけだった。

 なぜ、魔将軍の中で最強の存在である、竜魔将軍がちっぽけな子竜に頭を下げているのか?

 なぜ、この場に突然現れたのか?

 そして、なぜ──。


「ボク、ちょっとどんな感じなのか見てみたいな~。焼死吐息っていったっけ?」


「かしこまりました──“怪物の王”よ」


 なぜ──炎竜が、魔王城に向けて範囲焼却のための焼死吐息を放っているのか。


「な、なぜだぁーっ!?」


 赤、視界を支配する暴力的なまでの焦熱の赤。

 炎竜の口から放たれた小型の太陽はすべてを焼き尽くす。

 村に向かっていた進軍していた本隊──魔将軍たちが指揮する魔王軍1000は、はるか遠くの魔王城ごと消し炭になった。


「──なぜって? それは竜が、ボクの傘下だからだよ?」


「りゅ、竜魔将軍を従えているだと……!?」


「うーん、ちょっと違うかな? 一匹だけじゃなくて──」


 小さな子竜は、可愛く笑った。


「竜五千匹を従えているんだ」


 副官は気が付いた。

 炎竜が召喚された次元の穴が広がり、何かが出てきていることを。

 風刃龍、土石龍、蒼霊銀装甲竜、機械水龍、破壊神龍──。

 どれも超強力な竜種。

 それが五千匹、空を埋め尽くさんばかりに飛び交い、太陽からの光を遮っているのだ。


「一番弱いっぽい炎竜クンを使ってみたけど、やっぱり物足りないなぁ」


「な、何者だ……貴様……」


 視線だけで心臓を潰されそうになっていた副官だったが、その疑問の言葉だけは最後に吐き出すことができた。


「ボク?

 竜装騎士エルムに仕えていて、今はバハムート十三世を名乗る──ただの子竜かな?」


 可愛く首をかしげた“それ”は、視線だけを動かし、副官の身体を黒いドロで蝕み、塵へと還した。


「おっと、愛するご主人様エルムがもうダンジョンから出てきちゃうから、また猫をかぶらないと。

 子竜なのに猫っておかしいよね、アハハ!」


 恐ろしげに、可愛く、ケタケタ笑う子竜。

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