竜装騎士、勇者を低級ヒーリングで完全回復させる
エルムは山で作業を終えたあと、また村まで案内をしてきていた。
だが、こんど案内してきたのは商人ではない。
「助かったぞ。紫の魔術師エルムよ」
それは勇者と呼ばれる人物だった。
青と金の甲冑に身を包み、顔もフルフェイスの兜で隠れていて見えない。
体型的には小柄で、凜々しい少年のような声をしている。
「いや、畑の土作りのために枯れ草とか拾って、その帰りだから気にしないでくれ」
「は、畑? 枯れ草拾い……?
なぜ、立派な魔術師の格好をしているエルムがそのようなことを?」
「あー……、この格好は、三角帽子が日よけになるって理由くらいだ」
エルムは本当にその程度の理由で、伝説装備の“紫”状態にチェンジして、山で枯れ草拾いをしていたのだ。
他の村人と同じように、なんとなく畑を
そこで枯れ草を
……トマトが採れるまでの道は長く険しい。
「そ、そうか。あまりに立派な装備に見えたので勘違いをしてしまった」
「たぶん鑑定眼で見ればゴミと思われる
エルムはまだ初日にコスプレと言われたことを気にしていた。
だが、逆に言えば鑑定眼を持っていない人間からしたら、雰囲気でなんらかの神聖なものと感じるのかもしれない。
まぎれもなく神が造った物なのだから。
「ああ、ところでエルム。ついでに村にあるらしいダンジョンまでの案内も頼んでいいだろうか?」
「いいぞ。だけど、俺からも一つ頼みがある」
「ん? 謝礼か?」
「違う、ダンジョンで戦っているところを後ろから見学させてくれ」
「ふむ? 危険かもしれないぞ?」
「大丈夫だ。危なくなったらすぐ
「わかった、なるべくは敵を寄せ付けないようにしよう」
勇者は『一般市民の好奇心には勝てないな』と思いながら、エルムにダンジョンまで案内させるのであった。
──ダンジョン内部、一層目。
エルムがSランクモンスターの吹きだまりを掃除したために、敵構成は低ランクのザコと、Sランクボスだけになっていた。
勇者はセオリー通りにザコを掃除したあと、最奥の扉前のボスと対峙する。
「あの商人の言うとおり、本当にボスはSランクモンスターか……。
普段なら対処できるが……、コイツは見たことの無いタイプだな……」
棍棒を持つ、身長三メートルほどの大男。
だが、よく見ると眼は一つで、額に角が生えているのでモンスターとわかる。
名をキュクロプス。
ダンジョンの記憶によって生み出された、神話の影のような存在である。
「わたしは勇者だ! やってやるさ!」
勇者は素早い動きで翻弄して、キュクロプスが振るう棍棒を華麗に回避する。
手、足と勇者の剣で地道にダメージを与えていく。
エルムは後ろでそれを見学していた。
「どうだ! 所詮はモンスター! この勇者が引けを取るはずもない!」
勇者は慢心していた。
普段は仲間とパーティーを組んでいるのだが、今日はたまたま一人。
たしなめる相手もいない。
それをあざ笑うかのように、キュクロプスは大きな叫び声をとどろかせた。
「なっ!? いや、なにもしてこない……? なんだ、驚かせ──」
いったん動きを止めたキュクロプスだったが、ゼンマイを撒ききったオモチャのように、一気に力を解放した。
凄まじい速度で棍棒が振るわれる。
「ぐあッ!?」
勇者は盾で防ぐも、大きく吹き飛ばされた。
壁に打ち付けられ、寄りかかるように痛みに喘ぐ。
兜が取れて、苦痛に歪む素顔がさらけ出されていた。
「に、逃げろ……エルム……。
わたしは腕が折れてもう戦えない……。
なんとかして時間を稼ぐから、早く逃げ──」
「
「……え? 腕が治って……」
エルムが使った回復魔術により、勇者のケガは一瞬にして回復していた。
それどころか普通は受ける側も疲労がたまるはずなのに、スタミナも万全である。
「これならいける! うりゃーッ!!」
勇者は力を取り戻し、キュクロプスの単眼に剣を突き立てるのであった。
勇者は報酬の宝箱1個を目の前に安堵し、長く艶やかな髪を指で触った。
そこで兜が飛んでしまっていたことにハッと気が付く。
「エルム、見てしまったか……」
「なにをだ?」
「その……わたしが女だというところを……」
この世界では普通、女性は後衛職が多い。
ある程度の筋力は、魔力による強化によって補えるのだが、やはりそれでも男女差が重要視されているのだ。
そのために最上級の職の一つとされる勇者が女というのは、国としても格好が付かない。
そこで兜で顔を隠して活動していたのだ。
「女が勇者だとなにか変なのか? 強ければ性別など関係ないだろう」
「エルム……。そう言ってくれたのはお前が初めてだ」
勇者は少しだけ頬を赤らめ、初めて異性に心を許した。
それは初恋と呼ぶものかもしれない。
「勇者、このボスの攻略法の一つは、たぶん叫び声をあげたあとの大ぶりを避けることだ」
「ふむ……? たしかに、叫び声のあとに強烈な一撃がきたな……」
「ぜひ、このボスの精度の高い攻略法を編み出して欲しい。そして、それを教えてくれ」
そのエルムの言葉に、勇者は少しだけ落胆した。
きっとエルムは、自分を利用して攻略法を見つけ、その情報で一儲けしようとしてついてきたのだろうと思ったのだ。
「はぁ……。
まぁ、恩はある。攻略法を見つけたらエルムだけに教えよう。
きっとこれからの冒険者相手に高く売れるだろうさ……」
「いや、売らない。攻略法は無料で広める」
「なんだと? Sランクボスの攻略法なんて、情報屋で一財産稼げるぞ?
それを無料で……?」
「ああ、そうだ」
エルムの考えはこうだ。
強すぎるエルムでは、簡単にSランクボスを倒せても、常人がどう攻略して倒せばいいかという手順は見つけ出せないのだ。
そのために、ある程度の強さを持つ勇者に最初の攻略をがんばってもらう必要がある。
攻略法さえ広まれば、もっと低ランクの冒険者もダンジョンを探索できるようになり、結果的には村に人が集まることになるのだ。
「さっきのヒーリングといい、面白い奴だな、エルムは」
勇者は再び、いや、もっともっと強い好意の眼差しでエルムを見つめた。
そして、ふと魔力計測用の石を持っているのを思い出し、取りだしてみたのだがなぜか砕けていた。
勇者はダメージの衝撃で壊れてしまったと勘違いしたが、それはエルムの凄まじすぎる魔力を計測しきれずに粉々になってしまっただけだった。
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