第二章 村の日帰りダンジョンに潜ってみる

竜装騎士、美味すぎる料理をご馳走する

 エルムが村に到着してから、一夜が明けた。

 早朝、久しぶりにぐっすりと寝ているエルム。

 まだベッドを作っていないので、床に枕代わりのバハムート十三世を置いて快眠だ。


 ──と、そこへ一人の闖入者ちんにゅうしゃが現れた。

 何かを抱えながら、家のドアを開けて、躊躇せずに入ってくる。

 そこに敵意はなく、エルムもバハムート十三世も気が付かなかった。


「エルムさん、おはようございまーす!」


「うおっ!? うおぉお!?」


 その声にエルムは飛び起きた。

 眼前にいたのは防具屋の娘──ウリコだった。

 エルムは寝ぼけ頭をブンブンと振って意識を覚醒させようとする。


「う、ウリコ……!? あれ……? 俺は外で寝てしまったのか……?」


「なにを言っているんですか、ここはエルムさんのお家ですよ?」


「いや……じゃあ、なんで俺はウリコにいきなり起こされ……。

 常識的に考えて、家にいきなり無断で入ってくる奴なんていないだろうし……」


「え? 普通、家にお邪魔するときはこんな感じじゃないですか?」


 エルムはわかっていなかった。

 王都という都会生活が長かったので、他人の家に勝手に入るのは泥棒くらいだという認識だったのだ。

 それが、田舎では違う。

 住人に声もかけず、いきなり家に入り込み、勝手に茶を飲み出すとかが普通なのだ。


「……田舎の大らかさスゲェ」


 地上最強の竜装騎士を驚かせた人間は、ウリコが数百年ぶりかもしれない。

 それにあれから防犯装置で、侵入者を塵にするトラップを提案されたのだが、断っておいて正解だとホッとした。


「それで何の用だ?」


「えーっと、昨日のお礼にご飯を持って……あ、なんですかこのぬいぐるみ、かわいい!」


 ウリコは枕代わりにされていた子竜を見つけると、女の子特有のキラキラした眼でロックオンしていた。


「だ、抱き締めて良いですか、これ! エルムさん、ねぇエルムさん!」


「それは俺じゃなくて、本人に聞いてくれ」


「え? 本人……?」


 すでに起きていた子竜は、片眼を開けて面倒くさそうにしていた。


「ボクはエルム以外には抱かれたくないなぁ……」


「え、うそ……本物の竜……」


 ウリコは驚愕に支配された顔に豹変した。

 エルムと子竜は“またか”と思った。

 人間よりはるかに優秀で、底知れぬ恐ろしさを秘めた種族──ドラゴン。

 ひとたび牙をむけば、人間が街単位で滅びることも珍しくない。

 大体は弱者である人間の不敬が原因。

 恐れおののき、妄執に囚われて無駄に敵対し、愚かにも悪いのはドラゴンと決めつけて悪の伝承とする。

 それこの世界における竜と人との関係。


「すっごい! すっごいですよ!

 ドラゴンと言えば防具で最高クラスの素材じゃないですか!!」


「……ねぇ、キミ、それ褒めてる?」


「はい! ドラゴンさん! それはもう、とてつもなくリスペクトです!

 ああ、憧れの竜鱗……カッコイイなぁ、カワイイなぁ……」


「うえぇ……ボク、変な人間に目を付けられちゃったよ……。助けてエルム……」


 ハァハァと呼吸の荒いウリコに、ゲンナリとしているバハムート十三世。

 それを眺めるエルムは一言。


「バハさんの鱗は良い防具になるぞ?」


「エルム、ねぇエルム!?

 ちょっと、ボクの鱗を取ったこともないのに適当なことを言わないでくれる!?

 あー、もうこのウリコって人間、ますます変な目で見てるし!

 これだからエルム以外の人間は嫌いなんだー!」


 少年のような声で苦情をまくしたてる子竜。

 それを見て、ウリコは笑った。


「子竜さんは、エルムさんと仲がいいんですね。

 二人、とてもお似合いだと思います」


「あ? そう? うん、この人間は見る目があるね。

 えへへっ!!

 エルム、ボクたちお似合いだって!! ねぇ、エルム!」


 相棒との関係を褒められた。

 それだけでエルム大好きなバハムート十三世は、一発でウリコへの態度を変えたのであった。

 人間の言葉では、これを“チョロい”という。




 エルムはテーブルに料理を並べ、朝飯を食べ始めた。

 ウリコとバハムート十三世も席に座っている。


「あ、それで今日は朝食のお裾分けと、最近できた村のダンジョンのことを説明しようかなーと思ってきたんですよ」


「ダンジョン?」


「はい、なにやらすっごい強いモンスターがいるらしくて、帝国からの兵隊さんもお手上げで帰っちゃうくらいでした」


「そうか、それはいいな」


「え?」


「いや、なんでもない。それより朝飯、食っていくか?」


 そう聞かれたウリコは一瞬、躊躇した。

 お裾分けで食べ物を持ってきていたのに、逆にご飯を勧められてしまったからだ。

 だが……ウリコが持ってきたのは、硬い黒パンに、変色した干し肉と水だけである。

 安い冒険者用のものだが、この小さな村基準としては良い方だ。


 一方、テーブルに並べられているエルムの朝飯は──。


「今日の材料は、山を削ったときに採れた山菜、鹿肉、果物だ」


 焼き立ての分厚くジューシーなロースト鹿肉ヴェニスン、山菜の新鮮なサラダ、たっぷりのコンソメスープ、濃厚な果物ジュース。

 こんな料理、誕生日ですら見たことが無い。

 ウリコはよだれを抑えきれず、食欲に従うしかなかった。


「い、いただきます……」


「召し上がれ」


「んん……んまぁーいッ!!」


 ウリコは行儀のことなど忘れて、一心不乱に食べ始めた。

 肉を噛めば肉汁が口の中に溢れだし、さっぱりとしたサラダは酸味や苦みと様々な食感。

 コンソメスープは澄み切って透明なのに、驚くほど旨味が凝縮されている。

 それらをフルーツ百パーセントの爽やかジュースで洗い流してリセット、再び幸せの食事をバクバクと繰り返す。

 幸福感でウリコの表情は蕩けていた。


 エルムはそれを満足げに眺めたあと、ウリコが持ってきたバスケットに手を伸ばす。


「あ、エルムさん……もう、そんなものは食べなくても……」


 そのバスケットに入っていたのは、ウリコが持ってきたエルムのための朝ご飯──だった、粗雑な冒険者食だ。

 誰がどう見ても、テーブルの上の料理とは格が違うし、不味そうにしか見えない。

 昨日、助けてくれたお礼らしい。


「俺のために持ってきてくれたんだろう? それは何よりの調味料だ。

 うん、うまい。ちょっと硬いがな」


「エルムさん……」


 鉄のように硬い黒パンをモリモリ食べるエルム。

 そのエルムの優しい横顔に、ウリコはときめいてしまっていた。

 それをジト眼で眺めるバハムート十三世。


「エルム、ボクというモノがありながら、天然ジゴロで女の子を落とすとか……」


 エルムだけは、その二者の視線の意味を理解できなかった。

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