第2話 華胥之夢
そんなこんなで一家まるごと処分完了したわけ。今日も五体満足。いい調子。悪くない。ずっとこの調子で行きたいね。そう生きていきたい。
思った以上に早く終わってしまった。〈保健所〉の処理を見届けて、報酬を受け取って。今日はもうお仕事終わり。真っ昼間。どうしようかと仕事場の住宅街を抜けて街中に出た。色々目移りさせながら、ちょっと計算をしてみる。脳内家計簿だ。
エイリアン駆除報酬 + エイリアンの死体の売上 - 諸経費 - 生活費 = お小遣い
三匹殺した。最初の一匹は滅多打ちにしちゃったから安かったけど、他二匹は結構状態が良かったからそこそこのお金になった。抜き打ちで脳天を撃ち抜けたのは運が良かった。頭を撃てば大体のエイリアンは死ぬ。死なないエイリアンはまだ会ったこと無いから今の所、私の常識は『頭を撃て』。
エイリアン駆除は、ありふれてるけどわりと良いお金になる。庶民目線ならというのが頭に来るけど。だけど弾はお安くない。今の時代、これほど頼りになるものはないものだから当たり前か。実にエイリアン様様だ。皮肉だけど実際にそうだからしょうがない。私がこうやって生きているのもエイリアンのせいだし、だけどこうなったのはエイリアンのせい。ほんとに全く。
「……私も、いつかエイリアンになっちゃうのかな」
周りの人に、聞こえないようぼそっと呟く。自分で殺したエイリアンの事を思い出したから。取っ掛かりを掴むと一気に出てくる。
最初に穴だらけにしたお父さん。あれはもうほぼ犬っぽかった。犬耳だったし。四足歩行だったし。
次に額に穴を空けた……多分息子。推定息子。大きさ的に息子。何故曖昧かというとぶっちゃけ人の形をしてなかった。犬耳の、なんだろう。頭は有った。だから額に空けれたわけだし。ただ、半分溶けてた。ドロドロでその癖足音を立てない。だから近づかれるまで気づかなかった。最後の最後まで何で撃たれたのか分かんない顔してたのが特に後味が悪かった。
後は、女の人……この人、本当にエイリアンだったのかな。どうだろう。見た感じは女の人だった。だけど中身が変わってる場合もある。でも声も悲鳴も女の、普通の人だった。だから、どうだろう。殺したからもう分からない。
あんな風に私が、私の周りの誰かがなってしまう日が来るのかも知れない。
そうなったら死んだことになるんだろうか。分からない。エイリアンは人なのか。人っぽく喋っても結局人を襲って食べるエイリアンにしか私は会ったことがないから。分からない。時々街中でそういうデモとか集会をしている人たちはちょくちょく見かける。あんまり関わろうと思ったことはない。だって、私はエイリアンを殺して生きている。
可愛そうだなんて思うべきじゃない。思っても、在る種の感謝だ。私の仕事になる事への感謝。そうでもなきゃ、私みたいな人間は生きていけないんだ。
なんて、考え事をしてたら。
お腹が鳴った。「よし、お昼にしよう」そういう事になった。
街中。昔と変わらず昼下がりの雑踏は歩きづらい。PDWの入った肩がけカバンを小脇に抱えながら流れる人を避けて、私は繁華街に建ち並ぶ店舗を横目で見ていく。どこも人で一杯。スーツの肩を避けて、横並びの学生を大きく避けた先で、私の視界に細い路地裏が映った。細く長い。雑居ビルの合間に出来た隙間。その隙間の彼方に、昔とは違うものがあった。眩しい反射に思わず、私は目を細める。
突き刺さった銀色の円盤。今はもう、景観の一部になりつつある光景。何時になっても風化しない現実。
それから目を逸らす。今は見ていたくなかった。肩がけカバンの重みが増すような気がしたから。肩が凝っちゃう。ほんとに、もう。嫌でもさっきの事を思い出してしまうのだ。仕事を考えると血生臭くなる。折角、お昼を食べようと思っているのに台無しだ。慣れてきたとしてもあんなスプラッタを思い出したら食べれなくなってしまう。
「むっ」
視界に入るファーストフード。昔よりも割高になった薄っぺらなハンバーガーとチープだけど無性に食べたくなるフライドポテト
人は多そうだけど、今の時間ならどこに行ってもそんなもん。覚悟を決めて私は意気揚々――っと、鼻先を走り抜けていく揚げたての香ばしさ。思わずぶつかりそうになって足を止める。通り過ぎる匂いに鼻がつられて行って、目に映ったのは、女の子が二人。互いに紙袋を抱え、笑顔で傍の路地に消えていく。その様子がとても懐かしく私は感じた。
++++
「ここに? いいよ。構わない」
私は家に帰りたくなかった。帰っても一人だし、今までの生活が染み付いたあの家に居続けるときっと寂しさでどうにかなってしまう。ふとした時に家族を思い出して、泣いて、震えて、怯える毎日なんてごめんだった。
だから、差し伸べられた手にしがみついてみることにした。わざわざ助けてくれたこの人に。
「……いいんですか?」
「うん、構わないよ。見ての通り、自由気ままな一人暮らしだからね。ほら、そこの部屋なんて空っぽなんだよね。丁度良いと思わない?」
「知り合って二時間ですけど……」
「coup de foudre……」何語だろう? 私は首を傾げると「他人の時間なんかじゃ私たちの時間は測れないのさ」
そう付け足して、挟んだテーブル越しに伸びてきた指が私の顎をくいっと持ち上げた。逃げる間は無かった。突然の事に私が固まると身を乗り出してきた先輩は笑って。
「ほら、私がこんなに近くに来ても逃げない」
とても嬉しそうに笑っていた。
「え、っと……」
良く分からないクエッションマークが私の頭を飛び交う。
「どういうことでしょうか……?」
つつっと指腹が私の顎先を撫でる。なんだかやらしい。後、ちょっとこそばがゆい。
「っん」
「そういうところかなぁ……うん」
目を細めて先輩は言う。言って。一瞬、柔らかい感触。ほんとに一瞬だった。一気に近づいてきた先輩の瞼は気づけば、テーブルの向こう側にあった。
「…………初めてだよ?」
「私も、初めてです」
ものすごい速度でテーブルの向こう側に戻った先輩は、顔を真っ赤にしている。ただでさえ真っ白な肌を一気に赤くさせるもんだからとても分かりやすい。細い指に長い、長い髪を絡ませてながら、ちらちらと伺ってくる。ああ、なんて意地らしいんだろう。
ぼうっと、ふわっと。現実感の無さを私は感じながら徐々に何が起こったのかを認識して、同じ様に熱くなっていくのを感じた。唇に指をやってみる。まだ感触は残っていた。レモンの味を感じる暇は無かった。
「……可愛い顔するんですね、先輩」
可愛い。ふっと浮かんだ感想は私の中で何かを目覚めさせた。もっと見たい。この人のことをもっと見てみたい。私はそう思ったんだ。言われて眉根を寄せる表情。とても可愛い。なんて可愛い人なのだろう。
「なんだか失礼な言い草――」
だから、
「んっ」
「………………君、会って、二時間だよ?」
もう一度、唇を合わせると先輩の顔はまっかっかに燃え上がった。
「時間なんかじゃ、私達は測れないんですよ」
なんて言い返したら、どちらともなく吹き出して、互いに腹を抱え込んだ。楽しくて、面白くて仕方がなかったから顔を突き合わせ、笑って、気づいたらまた先輩と顔を近づけていて。
++++
――オレンジジュースの味がした。
「こんなところでどうしたの?」
ストローがあったから、吸ってみる。甘さと爽やかさの塩梅は悪くなかった。乾いた喉をいい感じに潤してくれる。
先生が居た。私より少し背が小さい先生。眼鏡を掛けた先生。外でも変わらず白衣を羽織っていた。日差しが反射して少し眩しい。枝毛一つも見当たらない黒髪は耳朶で綺麗に切り揃えられていて、端の方からそよ風に揺れていた。
「……フライドポテト食べたい」
「はい」
艷やかに塗られた唇にフライドポテトが生えていた。否が応でもさっきの白昼夢を思い出す。あれは、どんな味だったっけ。ぼうっとまた妄想の海に沈みそうになる。
だけど、首を傾げて、無言でせっつかれたのでさっさと受け取っておく。美味しい。まだ熱いので買ったばかりかな。こんな真昼の道端で私は何をやってるんだろう……。ああ、なにはともあれポテト美味しい。塩加減が丁度いい。
「先生こそ、何してるのさ」
「ん、お昼」ずいっと持ち上げるビニール袋。中に紙袋が二つ。「君のぶんもあるわよ。お腹、空いてるでしょ?」
「お見通しだった」
「まあね」
ドヤ顔。大人で美人なのにこういう顔も似合うから先生はずるい。カーキの縦セーターを押し上げるおっぱいが目に毒。ちょっと昨日の夜を思い出してしまう。これもまたずるい。ツーアウト。いや、レッドカード。デッドボールだよこれ。他のものがむくむくしてきた。ムクリと頭を持ち上げて、かちりかちりと効果音を鳴らす。なんともまあ拙僧のないこと。私は私自身に呆れてしまった。
「ねえ、先生」だから「何?」いつまで突っ立ってるのもアホらしいので並んで歩き出すと、紙袋を指して。
「クァトロチーズバーガーある?」
「勿論」
「さっすが」
「近くの公園で食べましょ。この時間でも空いてるの」
「へえ、よく知ってるね」
正直、先生は出不精だとばかり思っていたから、意外だった。
「何よ……私だってたまには外で食べるくらいするわよ」
あ、ちょっと拗ねてる……そういうところも可愛い。唇を尖らせてるところとか可愛い。ほわほわしてしまう。ニコニコしちゃう。表情にもろに出てしまう。
「仕事の気分転換には、外で食べるのが一番なの。アイディアとか散歩したら出てくるときもあるし――ほら、青になった」
「あ、ちょっと待ってよー!」
一足先に踏み出した先生とはぐれたくない私は、急いで追いかけようとするけど人混みを掻き分けるほどでもないから、とりあえず見失わないようにと心がけた。視線を外さないようにする。
「――え?」
思わず立ち止まっていた。いや、待って。今の人って。今さっき見た顔は、こんなところを歩いているはずがないんだ。私は振り返った。まだ遠くない。追いつける。いや、人違いかもしれないのにどうして追いかけなきゃいけないの? 先生とお昼を食べるんじゃなかったの? でも――。
「ごめん……!」
私は頭の中の整理をする前に走り出していた。今度こそ人混みを掻き分けて、後でめちゃくちゃ謝ろうと頭の片隅で思った。大部分は、目先のことでいっぱいだったけど。
「おい!」
「ごめんなさい!」
「きゃっ!!」
「すみません!!」
隙間を縫ってっていうのはこういうことかな? どうだろう。急げ私。見失ったら終わりだからもっと頑張って私!
「すみ、ません……っ!」
伸ばした指がどうにか肩を叩いた。ちょっとびくりとして振り返った顔は。
「やっぱり……!!」
「え、え……?」
この女の人のことを私は知っている。だって、そう。この人は。
「なんで、なんで……生きてるの……?!」
私の目の前で死んだ人だ。
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