第5話 強引なお誘い

 咲良は今日、久々に仕事で長谷川と顔を会わせた。帰り際に長谷川が咲良に耳打ちする「7時に与一で待ってるから」と。

 咲良はこの二週間くらい長谷川を避けてきた。彼からの誘いをのらりくらりと断ってきたが、とうとう強引に誘われたというわけだ。


 仕事を終えた咲良は、待ち合わせ場所の居酒屋与一にやって来た。入り口から店内を見渡すと奥のテーブルに長谷川の姿が見える。早めに来ていたのかテーブルの上にはビールの他に唐揚げと枝豆がのっている。

 咲良は「お待たせ」と長谷川の前に座るとチューハイと料理を注文する。そして長谷川に顔を向けることなく店内を眺め「早くから来てたの?」と聞いた。

 すると長谷川から低く感情を押し殺したような声で「なあ、咲良」と名前を呼ばれ、肩がビクっと揺れる。


「おまえ、俺のこと避けてるだろ」


 平静を装い長谷川の顔を見て「そんなこと‥‥‥ないわ」と呟くと目をすがめられた。


「それなら、明日俺に付き合え、明日は休みだろう」


 長谷川の思いの外きつい眼差しに、思わず頷いていた。





 翌日の朝、待ち合わせ場所である駅の前で立っていると車が目の前に止まる。中を覗くと長谷川が運転していた。


(車持ってたんだ)


 助手席に乗り込みシートベルトを締めると車はゆっくりと動きだす。走り出してからも長谷川は無言だった。


 咲良は窓の外を流れていく景色を眺めていたが、ときどき運転する長谷川の顔を横目で見ては『一緒にいた女の人は誰?』『どこに行くの?』と心中で聞いていた。


 走り出してから一時間ほど経ってから、車は観光地の駐車場で止まった。「行くぞ」と言われ、車から降りて後ろをついていく。受付で入場料を払った長谷川に手を繋がれて入り口へ向かう。


 中へ入ると空気がひんやりと冷たく、人がひとり歩ける程度の幅の、自然の洞窟が続いている。天井辺りに電灯が備え付けられていて、中は明るく、鍾乳石に照明が当てられている。

 初めて見る鍾乳石は乳白色のヌルヌルとした見た目をしていた。鍾乳石がある度にじっくり見ていたので、自然と歩みはゆっくりとなっていた。


 長谷川に手を引かれ、更に奥にいくと目の前に空間が開けた。鍾乳石が辺り一面に広がり、上からは滝の水が勢いよく落ちてくるのが見える。下を見ると滝から流れ落ちた水が勢いよく水飛沫をあげていた。


「昔は嫌なことや不安なこととか、何かあるとよくここに来てたんだ‥‥‥最近は来ることも無くなってたんだけどな」


 そういって前を見つめる長谷川の声は寂しそうで、咲良は胸が締め付けられているような気持ちがした。


 しかし、暫くしてから「行くぞ」と言った時には、自信家で強引な男に戻っていて、咲良は長谷川に手を引かれ歩き始めた。

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