第3話 揺れる心

 男友達とレストランで食事をしていた咲良は、ハンバーグを食べながら、先日の長谷川とのことを思い出していた。


『やばいわ~、あの人、‥‥‥上手すぎだよ』


 ホテルでのことを思い出すと頬が熱くなり、そして自分が今何処にいるのかを思いだして居心地の悪さに体を揺らす。


「どうしたの?」


 男友達が急に身動いだ咲良に訝しげな顔をむける。


「ううん、何でもないよ」


笑顔で答えて食事は楽しんだが、部屋へのお誘いには乗り気になれず断って家に帰った。





 長谷川との情事から10日ほど過ぎた土曜日、咲良は美月のマンションにお泊まりに来ていた。

 男友達とレストランで食事をした日、帰宅してから電話をしたら、半同棲状態の恋人は出張で日曜日の夕方まで帰ってこないと聞いたのだ。


 テーブルの上に置いたポテトチップスの袋を開けながら美月が聞いてきた。


「それで、どうしたの」

「何が?」

「泊まりに来たいなんて、何かあったんでしょう」


 何かと言われて長谷川のことが頭に浮かぶ。特に相談したい訳ではないが無意識に聞いてほしいと思ったのかもしれない。そう思ったが口から出た言葉は違っていた。


「ん~、特には、ない‥‥‥かな」

「‥‥‥気になることがあるなら喋っちゃいな」


 しかし美月は真剣な顔で聞いてくる。めったに見せない様子に咲良も躊躇いがちに「‥‥‥気になる男がいる」と呟いた。

「それで」と先を施され、仕事終わりに食べに行き、ホテルに行ったこと、付き合わないかと言われたが断ったことを白状した。

 話を聞いた美月は、暫く黙って考えている様子だった。

 一息に話した咲良は、喉の渇きを覚えて持ってきたビールを飲んだ。


「ねえ、咲良はさ、本当はその男と付き合っても良いと思ってる?」


 いきなり美月から聞かれて特定の彼氏はいらない、作らないと決めているのに違うときっぱり言えないことに動揺する。そして何か言わなければと言葉を絞り出す。


「特定の彼氏はいらない、でも‥‥‥」


 そこまで言って言葉が出てこなくて黙ってしまった。



 ◇ ◆ ◇



 美月は黙りこんだ咲良を黙って見ていた。男のことで動揺した姿を見るのは一年ぶりだ。


 親友の咲良は一年前に彼氏と別れてから頑なに特定の彼氏はいらないと言い張っていた。遊びの関係を続ける咲良に何度注意したことか。

 咲良にはちゃんとした恋人をつくってほしい。だから気持ちの変化は喜ぶべきだろう。

 でも、話を聞いた限りでは、長谷川という男には落ち着いた男女の関係は望めないのではないか、とも思ってしまう。


「聞いた感じだと、その男ってさ、彼氏には向かないんじゃないかな?」


 つい思ったことを言ってしまった。


「別に、付き合いたいわけじゃないし‥‥‥」


速攻で否定する咲良に『‥‥‥やっちゃった‥‥‥意地になんなきゃ良いけど』と内心で呟いた。


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