第2話 初めてのお誘い

 咲良は目の前で書類に目を通しているカメラマン長谷川はせがわの顔を『じ――』と見ていた。


(マジ、好みだわ)


 視線を感じたのか長谷川が顔をあげ咲良をみる。


「俺の顔に何かついてるのか?」

「ついてないわよ」


 見惚れていたのが気づかれたか、と内心焦りつつ澄ました顔で答える。すると長谷川に内心を見透かされたのか、さも楽しそうにニヤリと笑われた。その顔に男の色気を感じて見惚れそうになるが長谷川の声に現実に引き戻された。


「ああ、見とれてたのか」

「ええ、顔だけは良いものね」


 咲良も笑顔で長谷川に軽口で返す。


「顔だけ‥‥‥体もいいだろ」


 呆れたように冗談っぽく言う長谷川と暫く見つめ合い二人で吹き出す。ひとしきり笑ってから咲良は長谷川の足下から全身を見ていくと感情のこもった声で褒めていた。


「確かに良い体してますよね」

「鍛えてるからな」


 照れ隠しなのか素っ気なく言ってから、すぐに笑みを浮かべる。


「もう終わりか? 飯食いに行こうぜ」

「う~ん、あと一時間くらいで終わるかな」

「なら、前の喫茶店で時間潰してるわ」


 じゃあなっと手を振る後ろ姿を見送り『ほんと、長谷川さんとお喋りするのは楽しいわ』と緩んだ顔を引き締めて仕事に戻った。





 きっかり一時間で仕事を終えて喫茶店へ行くと、長谷川がパソコンを鞄に仕舞いながら話しかけてくる。


「ぴったり一時間だったな」

「ええ、〆切は待ってくれないものね」


 その通りだと笑い合い、店をでて近くの居酒屋へ入る。

 金曜日というだけあって店内は混雑していて、ひとつだけ空いていた2名用の個室に案内される。座席はソファーで格子戸を閉めれば完全な個室にもなる、デートの雰囲気を盛り上げてくれる作りだ。

 長谷川はビール、咲良はレモンサワーを頼む。料理はお互い欲しいものを適当に頼んだ。

 ビールを飲みながら長谷川が聞いてくる。


「なあ、上條は彼氏いるのか」

「いないわよ」


 レモンサワーを飲みながら答え、同じ問いをそっくり返す。


「長谷川さんはどうなのよ、彼女いるの?」

「今はいないよ」


 ふぅんと呟く咲良の様子に、長谷川は片眉を上げて微笑み、ビールに口をつける。そんな仕草でさえ、さまになると咲良は感心する。


 咲良は長谷川とは仕事で月に何度か顔を合わせる。その度に軽口をきいて気安く接してくるが、こうして誘われたのは初めてだ。腕の良いカメラマンで、同僚の誰かから、確か今年30歳になったと聞いた。女慣れれした様子からセックスも上手そうだと想像する。


 この後二人はお酒と料理、他愛ないお喋りを満喫して店を出た。






 居酒屋を出て並んで歩いていると、自然な動作で長谷川に手を繋がれ、咲良も自然とその手を握り返していた。

 二人は駅に行く道を外れて、ラブホテルが何軒もある通りへと来ていた。

 長谷川が二つのホテルを指差す。


「どっちがいい」

「‥‥‥こっち」


 咲良は少し躊躇いはしたが綺麗な外観のホテルを指差した。

 すると笑みを浮かべた長谷川に、繋いでいた手をほどかれた。と思ったらすぐに腰を抱き寄せられ、咲良は長谷川に連れられてホテルに入ていった。

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