第50話空間

「そんな『セーブ』なんて言葉の語源はどうでもいいんです。いまはシスさんの時間魔法とエビルさんの空間魔法を解析するほうが重要なんですから。ほら、エビルさん。今度はちっとも空間が歪められてませんよ。力をセーブしすぎです」


 それもそうか。なんで『セーブ』という言葉が実験データーの記録という意味合いで使われるようになったかなんて、語学とか民俗学の領域だもんね。わたしみたいな文系には興味がある話だけれど、それがマッドドクターが知りたいこの世界の成り立ちに関係があるとも思えないし。ここはマッドドクターに合わせて『セーブ』の語源のことはひとまず考えないとするか。


「あの、マッドドクターさん。レーザー銃とスライムさんのディスプレイとの距離はこの距離でなければいけないんですか? レーザー銃をスライムさんのディスプレイに近づければ、エビルが空間魔法を繊細に制御しなくても光点をうまく動かせると思うんですが」


「そのアイデアいただきました、シスさん。それもそうですね。レーザー銃がこれだけ離れているから、エビルさんが空間の歪みを精密にコントロールしなくちゃならないんです。もっと近づければ、多少狙いが大雑把になっても構いませんからね。なんでレーザー銃を離していたんでしょう。今すぐググッと近づけちゃいましょう」


 お待ちなさい、マッドドクター。レーザー銃をそれ以上わたしの部下のスライムディスプレイに近づけるんじゃありません。


「エビル。あなたの空間魔法のディストーションがわたしの部下のスライムに炸裂したらどうなるのかしら?」


「それは……空間そのものが歪むわけだから、スライムの歪んでひしゃげたりペッチャンコになっちゃったりするんじゃねえかな……マオウ課長。そんな怖い顔でにらまないでください。空間魔法のディストーションがスライムに作用することは大変危険であると恐れながら具申します。このような言葉使いになりますのはセーワダ大学の鬼監督と話すときぐらいのものですから勘弁願います」


「そういうことよ、マッドドクター。スライムの上司としてそんな危険な実験は許可できません。その距離からレーザー銃を動かしてはいけません」


「わ、わかりました、マオウ課長さん」


 まったく、人間のくせに人間として大事なものが欠けている様子のマッドドクターと、レーザー銃の取り合いで究極空間魔法なんてものを発動させるような子供の精神レベルと魔王クラスの破壊力を併せ持ったエビルがコンビを組んだらとんでもないことになりかねないじゃない。ここはこのマオウちゃんがきちんと目を光らせていないと。


「シス。あんたは時間魔法で時の流れをゆっくりにできるんでしょう。だったら、その時間魔法でエビルが空間魔法をうまいこと制御できるようにやれないの? 空間をゆっくり歪められれば、ディスプレイの範囲に収まるようにレーザーを曲げられるんじゃないの」


「マオウ課長がそう言うのならやってみますけれどね。うまくいきますかねえ。マッドドクターさん、エビル。わたしも混ぜてもらいますよ」


 ふう。時間魔法と空間魔法なんて、この世界の上位魔法なのに、その使い手のシスとエビルが協力してやることが思い通りのディスプレイの1点を光らせることなんて。なんだか泣けてくるわね。なんだか疲れちゃった。ちょっと休憩しようっと……マッドドクターが持ってきた仕掛けがいっぱいあるな。これでも眺めて時間を潰すか。どれどれ


「マッドドクターさん。レーザー銃よりも大きいバズーカーみたいなのは何ですか?」


「それはですね、マオウ課長さん。エレクトロビームガンです。レーザーじゃなくビームを発射するんですよ。ビームガンだとレーザーガンよりサイズが大きくなってしまうんですね。そのサイズだと肩に担ぐレベルですので鉄砲ごっこのおもちゃとしては変かなと思いまして、まずレーザー銃を試したんです。そもそもビームというのはですね……」


「説明はいいわ。それよりもレーザーの制御の実験を続けてちょうだい」


「そうですか。シスさん、時間をゆっくりにさせられるってどんな魔法なんですか。一つ僕にかけてください」


 マッドドクターのやつ、自分の体でシスの時間魔法を体感するのか。動きがスローモーションになるくらいだから平気だろうけれど。ビームねえ。トリガーを引いて発射と……なにも射出されてはいないようだけれど。銃口に手をかざしても何も感じないし。スライムのディスプレイに向けると……あ、光った。このエレクトロビームガンとやらでもスライムが光るみたいだ。おや、これは……なんだか銅線みたいなのがぐるぐる巻かれているな。


「マッドドクターさん、このぐるぐる巻かれているものはなんですか?」


「ああ、それはスライムさんに接続しようと思っていたセンサーの銅線ですよ。その銅線でスライムさんと音声スピーカーを有線接続しようと思っていたんです。かさばるからぐるぐる束ねてあるんです。もういいですか、マオウ課長さん。僕は時間と空間の実験に忙しいんです」


「それはすいませんでした。マッドドクターさん、実験を続けてくださいな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る