第29話仮説
「ところで、うちのスライムが発光できるようになったとお話ししましたが……それなら、うちのスライムがそのレーザーとやらで撃たれたら、電流を流すかどうか実験してみませんか、マッドドクターさん」
「いいんですか、マオウ課長さん!」
「もちろん、そのレーザーがうちのスライムに無害であるならな話ですが……」
「無害も無害。全然無害ですよ。そもそもレーザーと言うのはですね、ビームの一種なんですが、要は位相が揃っていて、指向性を持った減衰しにくい光なんです。レーザーなんて言うと大ダメージを与えそうに聞こえますかもしれませんが、別に高出力じゃなければレーザーじゃないなんてことはないんですね。ですから、ちょっとした合図程度の出力でも十分レーザーになるんです」
こいつの言っていることはちっともわからないけれど……スライムの前にわたしが実際にそのレーザーとやらを撃たれればいいか。これでももと野球部だから体力には自信があるし。少なくとも懐中電灯が壊れない程度の威力みたいだし。
「なら問題ないですよ。こちらの大魔王軍と、そちらのジュエルウエポン軍は今のところ同盟関係にあって、技術提携もしていますから、そのくらいの共同研究は問題ないと思いますが」
「ぜひお願いします。マオウ課長さん。願ったりかなったりですよ。いやあ。今からワクワクしてきちゃうなあ。青色の光を発光するスライムかあ。冷静に考えてみれば、こんなに面白い研究材料は他にありませんよ。そのスライムに、光電効果が発生するか。つまり、マオウ課長さんの部下のスライムさんが光電管と同じ体の構造をしてるかを確かめられるかと思うと、ゾクゾクしてきちゃいますね」
こら。人の部下を実験動物みたいに言うんじゃありません。これは、この理系オタクが暴走しなようにわたしが目を光らせていないとな。このマオウちゃんの千里眼で。
「さあさあ、何をグズグズしているんですか、マオウ課長さん。はやく実験しにいきましょうよ。モンスターのマオウ課長さんの寿命がどのくらいかは知りませんが、人間の僕の寿命は高々百年なんですからね。これは、この世界の真理を解き明かすにはあまりにも短すぎます。一秒だって無駄にはできないんですからね」
ほう。『一秒だって無駄にはできません』ときましたか。その理念は立派ですがね、マッドドクター。『How many dead people?』なんて書かれた紙を仕込んだりするのは無駄な時間の浪費じゃないんですか。
まあ、わたしは人間のあんたと違って、寿命は百年なんて短くはありませんからね。あんたと違いまして、無駄に時間を浪費する心の余裕があるんですよ。『文化とは時間の浪費である』なんてね。心に余裕がなければ、文化的な人間とは言えませんよ、マッドドクター。
で、余裕があるからあんたみたいな世の中を数式でしか見てないような人間とこうして話を合わせられるわけよ。そこのところわかってる? 感謝しなさいよ。
ところで、マッドドクター。あんた人間なんでしょう。モンスターを野蛮だなんてののしっちゃたりするのかしら。そして、『人間には長年営んできた文化がある』なんて言っちゃたりするのかしら。文化ねえ。16進数や光の三原色は、文化と言えるのかしらねえ。
文化とは、文学とかそう言うものをいうのじゃないのかしら。わたしは文学部なんて就職活動に不利な学部なんて選ばなかったけれど。それでも、大学受験で小説はたしなみましたからね。それなりの文化的素養はあるつもりよ。理系のマッドドクターさん。あなたの小説のたしなみはマークシートの選択問題程度かしら? わたしは記述問題もくぐり抜けてきたんですのよ。
わたしの部下のスライムの発光のメカニズムとか、そんな発光するスライムに逆に光を当てたらどうなるかと言うことに興奮するのも結構ですけれどね、マッドドクターさん。あなたは今このマオウちゃんとこの色気もへったくれもない研究室で二人きりなんですよ。その事実こそ興奮すべき事実なんじゃあないですかねえ。
そんなおもちゃの銃を振り回したりしないで、もっとこう、人間とモンスターの心の通じ合いに注目するべきなんじゃあないですかねえ。世間では、わたしたちモンスターとマッドドクターさんたち人間はそれはもう憎しみ合っていると言うのに……わたしとあんたはこうして銃のおもちゃでキャッキャうふふしてるんですよ。
そこのところをですね、人間とモンスターの異種族コミュニケーションに注目するべきなんじゃあないですかねえ。別に人間とモンスターの間の恋愛感情をどうのこうの言う気はありませんけれど。こうして人間とモンスターが同じ部屋で鉄砲遊びに興じているシーンなんて、その筋の専門家にしてみればよだれを垂らしそうな研究対象なんじゃないの。
それなのにマッドドクターさんときたら、この世の成り立ちがどうの造物主がどうのなんてスケールの大きな話ばかり。もう少し身近な現象に目を向けてもいいんじゃあないかしら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます