第43話時間

「マオウ課長さん、8進数の31を10進数にするといくつでしょう?」


 ええと、10進数が一桁繰り上がるごとに10、10の二乗の100って桁の数が増えていくんだから、8進数も考え方は同じよね。だから……


「3掛ける8足す1で25……ああ、そういうことですか」


「そういうことです。簡単な話ですよ。10進数の25と8進数の31は同じ数量になるんですね。ということで、われわれ研究者にとって、クリスマスとハロウィンは同じことになるんです」


 何が『われわれ研究者』よ。研究ってのはね、あんたがやってるような光とかの物理方面や、二進数とかの数学方面ばかりじゃないのよ。法律とか、文学とかの研究だってあるんだから。あんたの言う研究が全てじゃないのよ。でも……


「どうしたんですか、マオウ課長さん。難しい顔して。このジョーク、面白くなかったですか?」


「面白いわよ……と言うよりよくできてると感心しちゃったわ」


「でしょう。不思議な偶然があるものですよねえ。ハロウィンはもとはケルトのお祭りで、クリスマスはキリスト教のお祭り。それがこんなふうに、数え方を変えれば一致しちゃうんですからねえ。こう言う偶然があると、つい神様の存在を信じたくなってしまいますね」


 こら、なにが『つい』よ。自分のことを『研究者』だなんて言うあんたがそんな『つい』だなんて言っていいの?


「そもそも、マオウ課長さん。1年が12ヶ月ってどう言うことだと思いますか?」


「どうって、1年は12ヶ月なのは当たり前じゃない」


「そこなんですよねえ。誰に聞いても、1年は当然12ヶ月と言います。しかしですねえ、1日が24時間で、1時間が60分で、1分が60秒ってのは分かりますよ。太陽が真南になる正午からまた次の正午になるまでを1日と定義するのは自然なことです。僕たち人間は太陽を生活の基本としていますからね。その太陽の動きを時間の測り方の目安とするのはごく自然なことです」


 あのですね、『僕たち人間』と言われましても、この場に人間はマッドドクターさん一人しかおられないんですが……それに、わたしたちモンスターは魔界出身でして、太陽を生活の基本とするどころか、太陽は基本忌み嫌うものなんですが……


「で、24時間と1日を分割するのもわかります。1日を昼と夜の2つに分けて、さらに12個に分割する。12は、2でも3でも4でも6でも割り切れますからね。12時間を基本とするのは便利なんです。そこから、60秒や60分を使う理由もわかります。僕たち人間の指は10本ですからね。つまり2掛ける5本です。だから、僕たち人間は5という数で数え上げる癖がついてしまって、12掛ける5の60を時間の基本の数として使っちゃうんです」


 だから、『僕たち人間』と言われましてもね。それに、指が10本なのはあなただけじゃないのよ。わたしもなのよ。おかげで、スライムは二進数で数える種族なのに、10進数を押し付けられて苦労してきたみたいなんだから。


「ですが、1年が12ヶ月。これはいただけません。そもそも、僕たちの世界は昼と夜を繰り返すだけじゃないですか。それなのに、なんで1ヶ月とか、1年なんて数え方が出てくるんですか。一月たちました、1年たちました。それで何か区切りがつくって言うんですか?太陽が同じ空の位置に戻る1日みたいに」


 むむう、言われてみれば。1年12ヶ月が今まで当たり前と思って不思議にも思わなかったけれど。考えてみれば不思議だな。常識を疑うってのも面白いわね……常識を疑わなかった今までのわたし。これじゃあ、小学生の頃の、『校則だから守れ。理由は校則だからだ』なんていつも言ってた無能教師と同じじゃない。


「僕が不思議でならないのはですね、あのスライムさんの射的の際にちらりと存在をお伺いした大魔王さん。あの雰囲気だけでワンマン独裁者であることがわかる大魔王さんがですね、『1日だと。そんな地上の人間の時間の測り方をわしに押し付けるでない。今からここ魔界では、わしの心臓の鼓動を時間の基準とせい』なんて言いださないことですよ。聞くところによれば、魔界ってのは1日中ずっと夜だそうじゃないですか。それなのに、なんで魔界でも1日、1分、1秒とかって時間の数え方をするんでしょうか」


 なるほどお。あのパワハラわがまま上司を絵に描いたような大魔王のやつが、時間の測り方を自分基準にしないのは不思議だな。長さや重さは、自分の腕や足の長さ、体重を基準とさせてるくせに。なんで太陽がささない魔界で、地上の太陽を基準とした時間を使っているんだ?


「それも、マッドドクターさんの言うところの神様がこの世界をお造りになったと考えれば説明がつくわけですか。神様が1年12ヶ月なんて概念をお持ちになっているから、わたしたちもその考え方になっちゃってると」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る