第38話宗教
「僕ね、教祖が苦手なんです」
上司の愚痴ときたか。まあ、わたしも大魔王の愚痴をこいつにこぼしてたし、これも宮仕えの宿命だ。いいでしょう。いやな上司の愚痴を中間管理職として語り合おうじゃありませんか。
「だって、教祖ったら聖書を一言一句信じ切っちゃっているんですよ。その理由が、『聖書に書いてあるから事実なんだ』の一点張りで……もうくだらないったらありませんよ。こっちが、『でしたら聖書の正しさを科学的に証明しようじゃありませんか』なんて言っても聞く耳持たないんです」
これは中間管理職としての悩みじゃないな。宗教家と科学者の対立だな。ちょっとわたしのは共感できない悩みですね、マッドドクターさん。
「ジュエルウエポンが街を一瞬で蒸発させたなんて聖書の記述があるんですね。僕としては、そんな街を一瞬で蒸発させる方法があるなら、それはどんな方法なのかを調べるアプローチもしたいんですね。薪を燃やす程度の火力じゃ街を一瞬で蒸発させるなんて無理だからもっとすごい燃焼効率のメカニズムがあるかどうか調べたいんです。それなのに、教祖ときたら、『そんな必要はない。とっととジュエルウエポンを目覚めさせろ。そうすれば街を一瞬で蒸発させられる』と、こうなんですよ」
街を一瞬で蒸発ねえ。魔法じゃあちょっと無理かな。そんなものを戦闘で使ったら、敵どころか味方まで巻き込んじゃうんじゃないの? オーバーキルが過ぎるんじゃない? 言い伝えなんてそんなものかもしれませんけれど。
「そうじゃないんですよ。僕は街を一瞬で蒸発させたいんじゃありません。街を本当に蒸発させられるなら、それがどんな方法なのか知りたいんです。それがわかれば、ジュエルウエポンの目覚めに役立つかもしれないじゃないですか、マオウ課長さん」
「ちなみに、もしジュエルウエポンを目覚めさせたら、マッドドクターさんはどう思うのかしら?」
「『どう思うのか』って? そりゃあ嬉しいですよ。そうなれば、研究も捗るでしょうし」
やっぱりか。こいつは、もし『街を一瞬で蒸発させる』ことが可能になったら、どんなことになるかまったく考慮してないな。いいこと、マッドドクターさん。そんな過ぎた力が実用化されちゃったらね、人間とモンスターの争いとかそんなレベルの話じゃなくなっちゃうのよ。この世界が壊れちゃうかもしれないのよ。
え、なんですか? 『この世界が壊れるですか。面白いことを言いますね、マオウ課長さん。この世界を作り出す神様みたいな存在がいるんだとしたら、この世界を壊すことが可能な存在がいてもおかしくありませんものね』なんて言っちゃうのかしら?
なに悠長なこと言ってるのよ。わたしが人間征伐に勤しんでいるのはね、この世界を支配するのが目的だからなのよ。この世界を滅ぼしたいからじゃないの。マッドドクターさん、あなたそれじゃあダメよ。武器を作ったら、その責任も感じなさいよ。人が人を殺すんじゃないのよ。武器が人を殺すのよ。
マッドドクターさん。あなたにはきちんと手綱を取るご主人様が必要なようね。どうも教祖とやらは話を聞く限りそういうことに向いてなさそうだし、目覚めてもいないジュエルウエポンは論外だし。となると、わたししかいないわね。こいつをしっかりコントロールしてやれるのは。
というわけで、これからはマッドドクターからジュエルウエポンについて聞き出すこともしなきゃならないわね。なにせ、へたにそんなものを復活させてこの世界が滅ぼされたら大変だし……あーあ、部下のスライムの育成や大魔王のご機嫌取りだけじゃなく、別組織のマッドドクターの面倒まで見ないといけないなんて……この世界の造物主がいるんだとしたら、それこそこのマオウちゃんに注文が多過ぎるんじゃない?
でも、エリートのわたしならこなせちゃうんだろうなあ。そういうことだから、マッドドクターに逐一ジェエルウエポンについて報告させないとね。ま、この手の理系オタクは、『すごいですね』とか、『マジなの?』なんて適当に相槌打っときゃあ自分から専門分野について早口で話しそうだからそのへんは問題ないわね。
問題があるとすれば、わたしがこいつの話を理解できるかどうかだけど……こいつ人への説明が得意なタイプとはとても思えないしなあ……シスだって、仮にもケーオーガールだったわけだし。エビルはこいつの説明と言うよりはクリスタルの実物を見て理解してたっぽいし……
ああ、やだやだ。取引相手のご機嫌取りのために、その取引相手の趣味に精通するサラリーマンみたいなことを、このマオウちゃんがしなきゃいけないわけね。しかも、その趣味がこの世界の真理の探究ときた。そんなこと、このマオウちゃんにしか出来っこないじゃない。
なんで大魔王軍のわたしが、世界の破壊を防ぐために奔走しなきゃならないのよ。そういうのは人間の仕事なんじゃないの?
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