第37話目的
「で、マッドドクターさん、当初の目的は果たせたんですか?」
「当初の目的? なんのことですか、マオウ課長さん」
こいつ、なんでわたしが人間のあんたをここ大魔王軍の本部に連れてきたと思ってるんだ。あんたが、わたしの部下のスライムの発光についてやレーザーを当てたらどうなるかを調べたいって言うからわたしが特別にあんたを招待してやったのに。
「スライムの発光原理とか、逆にスライムにレーザーを撃ったらどうなるかを調べるんじゃあなかったんですか? 『一分一秒でも無駄にできない』なんて言ってませんでしたか?」
「そういえばそうでした。いやあ、いろんなことがあったせいで、すっかり当初の目的を忘れててしまいましたよ。なにせ、大魔王様がすぐ近くにいたんですからね。この世界の二大モンスター勢力のうちの片方の大魔王軍のトップの大魔王様。いやあ、好奇心がビンビンに刺激されちゃいますよ」
その刺激された好奇心で、下手にわたしのボスを刺激しないでよ。八つ当たりの矛先はたいていわたしに向かうんだから。そういえば……
「マッドドクターさんのところのボスはどんな人なのよ。ジュエルウエポン軍って言うくらいなんだから、ジュエルウエポンってのがマッドドクターさんのボスなんでしょう? 会ったことくらいあるんじゃないの」
「会ったと言えば会ってはいるんですが……」
いやに歯切れが悪いわね。いちいち人の言う言葉尻を捉えて、『その質問の意図がわかりかねますね。もう少し明確に言ってくださいませんか?」とか、『あなたの言いたいことはこう言うことですか? ならば、こう言ったほうがより正確に伝わりますよ』なんて言ってそうなくせに。自分はどうなのよ、はっきりしなさい。
「なにせ、そのジュエルウエポンさんが、冬眠と言いますか、活動を停止していると言いますか、そもそも生きているか死んでいるかもよくわからない状態でありまして……」
「なにそれ? 自分たちのところのボスが休眠状態? じゃあ、誰がジュエルウエポン軍を指揮してるんですか? 実質的なトップよ。いるんでしょう?」
「それは……教祖ですかね。そもそもジュエルウエポンの言い伝えというものがありまして、その言い伝えを熱心に信仰している教団がある日スリープしてるみたいな状態のジュエルウエポンを掘り起こしたんですね。で、そのジュエルウエポンの解析に学生だった僕がバイトで参加しまして」
バイトねえ。人間を裏切る事の発端がバイトとかなんだか泣けてきちゃいますよ。わたしモンスター、あんた人間。両者は相容れぬ存在、故に戦うのだ。とかそんなのはないの?
「なにせ、ああいう教団って言うのは金周りはやたら良くてですね。ついつい僕もその高額報酬に目が眩んで。読みたい本も沢山ありましたしね。そしたら、ジュエルウエポンが発見されたってことで信者がどんと増えましてね。人が増えれば問題も起きる。ジュエルウエポンが発掘された場所にもともと住んでいた住民はたまったものじゃありませんからね。刀傷沙汰も起こっちゃいまして」
元の住人とのトラブルか。わたしたち大魔王軍は、先祖代々ここに住んでるからな。そんな問題が起こるなんて考えもしなかったな。
「で、教団が自衛の手段としてモンスターを雇うわけです。モンスターさんもなぜかお金が大好きなようでして、教団と利害が一致したわけです。それがジュエルモンスター軍の起こりですね。一応言っておきますが、大抵の元の住人にはきっちり立ち退き料を払って引っ越ししてもらったんですよ。相場よりもずっと高い額を提示したんです」
「でも、強制的に引っ越しさせた場合もあったんでしょう?」
「それは、まあ。先祖代々の土地だからなんて理由ならまだしも、金額を釣り上げたいだけの連中とか、しまいにはその土地とはなんの関わり合いもない連中まで加わってきましてね。『宗教の横暴を許すな』なんてプラカード掲げてるような連中ですよ。そう言う手合いには、まあ、手っ取り早い方法を使わざるを得ないと言いますか……」
モンスターと人間よりも、人間同士のいざこざの方が厄介そうね。あたしはモンスターでよかったわ。こいつも、生まれてくる種族を間違えたんじゃないの? 言動の節々に、人間性の欠如が感じられるんですけど。そもそも、マッドドクターがモンスターなら、わたしが棒読みで『ハラワタヲクライツクシテヤル』なんて言って恥をかくこともなかったのに!
「ところがですね、マオウ課長さん。これはここだけの話にして欲しいんですが」
「なによ、暗号通信でも始めようって言うの?」
「二人で話しているんだから、そんなもの必要ありませんよ。なんのために暗号が進歩したんだと思ってるんですか?」
あんたみたいな理系オタクがニヤニヤしながら楽しむためじゃないんですかねえ。素因数分解について嬉々として話すあんたはそりゃあ楽しそうでしたよ。おもちゃの銃でキャッキャしてる大魔王みたいでしたわよ。
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