第26話技術革新
「ねえ、マッドドクターさん。この、素因数分解を使って二人だけで秘密の通信をしあう方法って、マッドドクターさんが考えたの?」
「ええ、僕が考えましたよ。もっとも、僕が知らないだけで誰か他の人が既に考え出している可能性が絶対にないとは言えませんが」
あいかわらず理屈っぽいな、こいつは。『そうですよ』の一言でどうして済ませられないのかねえ。それにしても……
「だれか他の人には話したの?」
「そんなことしてませんよ、マオウ課長さん。この方法は僕がマオウ課長さんと秘密で連絡し合うためだけに考え出したんですから。他の人に話す必要なんてないじゃないですか」
マッドドクターの言葉は、『このことは他の誰も知らない二人だけの秘密の暗号だよ』とロマンチックにとらえようとすればとらえられなくもないんだろうけれど……こいつの持って回った言い方だとロマンスのかけらも感じられないな。
「ち、ちなみになんだけど、たとえばわたしが部下のスライム 八人全員に、89という数をあらかじめ伝えておいたとするよ。そして、部下のスライム 八人をそれぞれ別の場所にいかせて、その八人のスライム それぞれに13973と手紙で伝えたとする。となると、スライムは八人とも157というメッセージを理解できるわよね。89で割ればいいんだから。そして、途中で誰かが13973を覗き見たとしても、89を知らなかったら157とは理解しにくいということになるのかしら」
「あ、そうですね。いっぺんに大勢に秘密の暗号を伝えることができますね。マオウ課長さん、よくそんなこと考えつきましたね。すごいですよ」
いやいや、わたしはちっともすごくないって。二人で秘密の通信をしあう方法があるんだから、それを大人数でやるなんて簡単に連想できるじゃない。
「マッドドクターさん。もう一度聞くわよ。この素因数分解を使った連絡方は、わたしと秘密で連絡し合うためだけに考えたのね」
「そうですよ。さっきもそう言いませんでしたか?」
「で、マッドドクターさんはこの方法をわたしとの秘密の通信以外に使うつもりはなかったのかしら?」
「はい、もともとそのためだけに考えたものですから」
あんた、仮にもジュエルウエポン軍の技術者じゃないのよ。この技術をジュエルウエポン軍のために使おうとは思わなかったの? これって、すごい発明なんじゃないの? 戦闘中に、相手に知られないように秘密で通信するのがどれだけ大変かわかってるの?
伝令兵が命がけで秘密の手紙を敵に見つからないように送り届けたりしてるのよ。複雑な鍵や錠前を、職人が昼夜を問わず開発したりしてるのよ。そんな問題が、この素因数分解で解決するかもしれないって言うのに、この理系オタクはそれをわたしとの連絡にしか使うつもりがないですって。
「どうかしましたか、マオウ課長さん? あ、ひょっとして、問題があったりしましたか? なにせ、まだ実際に試していませんからねえ。問題があったら教えてくださいね。トライアンドエラーは開発の基本ですから」
問題があるとすれば、こんなすごい発明を大魔王軍のわたしにペラペラ説明しちゃうあんたのうかつさかな。こいつ、大丈夫かな。物欲とか金銭欲とかもあまりなさそうだし、上役に散々利用され尽くされたりしないだろうな。『研究して、世の中の謎が解明できればそれで十分です』なんて真顔で言いそうだし……
それで食べるに困らない程度の給料が支給されるならともかく……いや、それでもひどい話なんだろうけれど。研究結果を横取りされてポイ捨てされたら、いくらなんでも可哀想すぎると言うか……
「マッドドクターさん、この方法は二人だけの秘密よ。誰にも言っちゃダメよ」
「もとからそのつもりですよ。マオウ課長さんも誰かに言わないでくださいね」
誰にも言うもんですか。こうなったら、このわたしがこいつを利用しつくしてやるわ。こいつの発明した技術を、わたしが出世の道具にしてやるわ。それには、わたしがもうちょっと出世しないとね。課長程度の地位じゃあ、手柄をどこかの上役に横取りされかねないし……
わたしが自前の部隊を指揮できるくらいの地位まで上り詰めたら、マッドドクターの技術を使って、とんでもない成果を上げてやるんだから。まあ、そうなったら、マッドドクターは開発部長くらいにはしてやってもいいかな。それなりのポストは用意してあげないと可哀想だしね。
「ええと、じゃあマオウ課長さん。実際に使う素数を決めましょうか。説明には89を使いましたけれど、この程度の小さな数では安全性が疑わしいですからね」
まだ続くのか。この素数談義が。89じゃダメなのか。そんな、たかがわたしとお前の間のちょっとした秘密の手紙にそこまで安全性を考える必要があるのか。いつのまにか、秘密を守る手段の研究が目的そのものになってるんじゃないのか、マッドドクターさん。
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