第25話素因数分解
「いやあ、マオウ課長さんとこんな刺激的な議論ができるとは思ってもいませんでしたよ」
あれは議論だったのか。あたしにはあんたが一方的にしゃべり散らしているとしか思えなかったんですが。
「ぜひ、また僕の研究室にいらして欲しいですね。マオウ課長さんにお暇があればの話ですけども……そういえば、マオウ課長さんは連絡するなら直接して欲しいとおっしゃってましたよねえ」
そんなことも言いましたっけね。まさかモールス信号なんてものを持ちだされるとは思っていなかったけれど。
「で、モールス信号で『???!!!???』なんて連絡したわけなんですけれど、これじゃあモールス信号を知っている人が覗き見なんてしたら、内容が丸わかりじゃないですか。それで、内容がばれない方法を僕なりに考えてみたんですよ。ほら、僕としても、マオウ課長さんは神様の存在に肯定的だからいいんですけれど、そうじゃない人に、『神様なんて非科学的なもの考察してるのかよ』なんて言われたくはありませんからね」
いつのまにわたしが神様肯定派になったのかしら。わたし、『神を信じまーす』なんて言った覚えはないんですけれど。あんたも、『神様はいるかもしれませんし、いないかもしれません』なんて言ってませんでしたか
「それで、僕とマオウ課長さんだけに通じる秘密のサインを考えたんです。いいですか、僕とマオウ課長さんが89と言う数をサインとして持っていると考えてください。これ素数なんですが……」
二人だけの秘密のサインねえ……それだけだとロマンチックに聞こえなくもないですけれど、素数ときましたか。素数くらいはわたしも知ってますけどね、1と自身の数以外に約数を持たないってあれでしょう。秘密のサインと言えば、『プレゼントのリストバンドつけて試合に出るからね。バッターボックスに立つ時にリストバンド触るから。それが愛してるのサインだよ』とかじゃないの?
「で、例えば157……これも素数なんですが。を話がしたいというサインにしたとしてですね、マオウ課長さんが89掛ける157という数を暗号として僕に送るんです。89掛ける157は、ええと……」
そのくらいの計算は紙と鉛筆でわたしにもできるわよ。サラサラっと……
「13973よ」
「わ、すごいですね。マオウ課長さん、そんなに早く掛け算できるんですか」
こいつはわたしをバカにしてるのか。こんなの小学生の掛け算じゃないか。
「いえそんな、マッドドクターさんならこのくらい暗算でできちゃうんじゃないんですか」
「いやあ、僕、計算が苦手でして……」
「またまたご冗談を。マッドドクターさんって技術者なんでしょう。でしたら、小学校では算数ドリルなんかチョチョイと解いてたりしてたんじゃあないんですか」
「それがさっぱりでして……僕、抽象的な数学論なら得意ですし大好きなんですが、具体的な数の計算になるとどうも……」
「で、でも、2進数や16進数がどうのこうのって」
「あんなのは初歩の初歩ですからね。あれくらいならなんとかなるんですが、そこから具体的な計算を進めようとすると、ちっともうまくいかないんです。小学生の頃はよく先生に怒られたものですよ」
嘘は言ってないみたいね。こいつにしれっとわたしを騙すことなんてできそうにないし。それにしても、エリート技術者のこいつが小学生レベルの掛け算が苦手だなんて……同じ数学でも違いがあるのかしら。現代文の問題でも小説は得意だけど、評論は苦手、みたいな。
「おっと、話がそれてしまいましたね。それで、89掛ける157が13973という計算ができたとしまして、じゃあ、もとの二つの数を知らなかったとしたら、『13973を素因数分解せよ』なんて言われたらマオウ課長さんはどうしますか?」
「それは……」
「2で割って、3で割って、5で割って……と、小さい素数から順に割り切れるかどうか確かめるしかないんですよ。で、89で割り切れた。やったとなるわけなんですが。それで、これがもっと大きな二つの素数を掛けた数だとしたら、素因数分解が時間がかかるってことはわかりますよね」
もっと大きな数と言われなくても、13973という数で、すでに素因数分解が大変そうだとわかる。
「つまりそういうことです。僕とマオウ課長さんは89という二人だけのサインを知ってますから13973を89で割れば、157というメッセージが送られたとわかりますが、89というサインを知らない第三者が13973という数を見ても暗号を解読するには時間がかかるんです。で、いくつかの素数のそれぞれ僕とマオウ課長さんだけに通じる意味合いを持たせておけば……」
「わたしたち二人だけで秘密の通信ができるというわけね」
「大正解です、マオウ課長さん」
こいつは本当にこういう話は楽しそうにするなあ。それにしても……
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