第24話恐怖
「で、ある箇所を境に、親しみやすさがガクンと落ちる現象をですね、そこでオーバーフローが発生して親しみやすさが0に戻っちゃったと仮定できなくもないんですが……」
グラフを見ながら横軸の値がどうの縦軸のパラメータがこうのと本当に嬉しそうに話すなあ、こいつは。わたしはお偉いさんの前で仕事の成果をグラフで説明するなんて、考えただけでストレスで胃に穴が空きそうになるけれど……こいつに悩みなんてあるのかね。この世界の成り立ちを考えてればそれで満足です、なんて顔しちゃって。
「ところがですね、そう仮定すると、不気味の谷を越えたところで親しみやすさが急激に上昇することの説明がつかないんですよ。だってそうでしょう。オーバーフローが発生したら、そのあとはまたその前と同じように数がひとつずつ増えていくはずなのに。おかしいと思いませんか、マオウ課長さん」
だから説明が足りないのよ。0000、0001、0010、0011、0100、0101、0110、0111、1000、1001、1010、1011、1100、1101、1110、1111と来たら、その次は何か処置をしておかないと0000に戻っちゃう。それがオーバーフローなんでしょう。そこが不気味の谷の相当するんだと。
で、あんたの仮定だとまた親しみやすさが0001、0010、0011……とひとつずつ増えていくはずなのに、グラフではそうなっていなくて急激に上昇していることが理屈に合わないと。そのくらいしっかり説明しないと、わたしのようなエリート以外には理解してもらえないわよ。
「それに、不気味の谷直前の親しみやすさより、人間の顔そのものに感じる親しみやすさが値として大きくなっているんですよねえ。先ほどの仮定が正しいとすれば、前回オーバーフローした値になれば、またオーバーフローが発生するはずなんですが……どう考えてもこれは仮定が間違っていることになりますね。いやあ、残念です」
ちっとも残念そうに見えないんですが、マッドドクターさん。なんですか、その『失敗をひとつしたと言うことは、成功に一歩近づいたと言うことだ』とでも言いたげな顔は。『理論が間違っていることが確かめられたぞ。よし、これで正しいか正しくないかがわからない理論が正しくないと証明された。これは偉大な前進だ』とでも内心では誇らしく思っているんですか?
「ちなみに、マオウ課長さんの大魔王軍のモンスターは、かわいらしいと言うか、ディフォルメがきいたと言うか、不気味の谷に到達する前の親しみやすさを感じやすいデザインのキャラクターが多いですよねえ。それにひきかえ、僕のジュエルモンスター軍は、不気味の谷付近の、おどろおどろしいと言うか、グロテスクと言うか、人間が気味悪がるデザインのキャラクターが多いんです。これってなんでだと思いますか?」
知らないわよ、そんなの。だいたい、『大魔王軍のモンスターがかわいらしい』なんて言うからには、そのあとに『マオウ課長さんもかわいらしいですもんね』なんてお世辞のひとつも言ってしかるべきなのよ。これだから理系オタクってのは。社交辞令の一つも言えないのかしら。
「さあ、デザイナーの違いなんじゃないの?」
「『デザイナー』ですか……」
おや、ずいぶん『デザイナー』という言葉に食いついたな。こいつみたいな理系オタクにはデザイナーなんて無縁だと思ってたのに。『デザイナーズマンション? なんですかそれ? 家なんて住めて機能的ならそれでいいじゃないですか。アート性? 悪いけれど興味ありませんね』なんて、いかにもこいつが言いそうなことじゃない。
「つまり、この世界のモンスターを造形したデザイナーがいると、そうおっしゃりたいんですか、マオウ課長さんは」
わたしが何気なく言った一言のよくもまあそこまで食いつくことができるわね。これじゃあ、その場しのぎの茶飲み話もろくにできないじゃない。
「モンスターを造形したデザイナー……それって神様じゃありませんか、マオウ課長さん! ほうほう、デザイナーの違い。つまり神様が複数いると考えれば、大魔王軍とジュエルモンスター軍のモンスターの造形の方向性が違うことの説明がつきますね。いやあ、マオウ課長さんのおかげで、いい発想ができましたよ」
こいつが何を言っているのかはよくわからないけれど、わたしに感謝していることは確かみたいだな。これはこれでいいだろう。ジュエルモンスター軍にコネクションがあると言うことは悪くない。
「なるほどお、神様が複数ですか。となると、その神様同士はお互いを認識しているんですかね。神様も神様どうしひとつの同じ世界にいるのか、それぞれ別の世界の神様が別個にこの世界を作り上げているのか……いやあ、これは難問ですよ、マオウ課長さん」
子供みたいにキャッキャと笑顔になっちゃって。難しい問題ができたことがそんなに嬉しいのかね。わたしは、大魔王のやつに難しい仕事を強要されたら絶望しか感じませんけどね。
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