第23話不気味の谷

 なんだ、一般論としての話か。それもそうか。こいつ、生身の女に興味がありそうにないものね。漫画のキャラクターに悶々としてそう。ここにこんなにパーフェクトな三次元がいるってのに。


 それにしても、マッチョ過ぎると気持ち悪いか……たしかに、ボディービルの連中は筋肉は出かければ正義みたいな感覚でやたらめったら筋肉をでかくしてたわね。あそこまでいくと、実用性とかは問題じゃないんだろうけれど……ああいうのが一般に可愛いかと言われればうーんってなるし……


「なにごともほどほどがいいんじゃあないの」


「やっぱりマオウ課長さんもそう思いますか! これはですね、あるところまでは筋肉は付けば付くほど美しいなんて仮定が成り立ちますけどね、あるしきい値を超えると、途端に『ここまでいくと気持ち悪いんじゃない?』なんて感覚になっちゃうことの理論的裏付けになるんですよ」


 出たわね。理論的裏付け。なんで理系オタクってのはいちいち証明しなきゃ気が済まないんでしょうね。気持ち悪いことに理論的裏付けもなにもないわよ。ただ気持ち悪いから気持ち悪いのよ。それじゃあダメなの? ダメなんでしょうね。あんたらみたいな人種は


「でもねえ、マッチョ過ぎると気味が悪いってのはいいとしても、マッドドクターさんの話からすると、あるところを境に、『最高! セクシー! 抱いて!』って評価から、一気に『気持ち悪い』って評価になるんでしょう。わたしとしては、筋肉美ってのは、横軸を筋肉量で、縦軸を美しさとすると、山鳴りになってるイメージなのよね。マッドドクターさんの言う


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こんな感じのグラフにはならないと思うんですけれど。ある一点を超えてもそんな急に落ちはしないと言うか」


「そうですか……」


 おっと、つい横軸や縦軸なんて理系ワードを使ってしまったわ。ま、わたしはエリートですものね。ちょっと本気を出せば下手な理系よりもよっぽど理系ができるんだから。


「では、こう言うのはどうですか。マオウ課長さん、『∵』この記号を見てどう思われますか?」


「どうって……これ記号なの? 子供の落書きにしか見えないんですけど」


「ほう、子供の落書きですか。では、その落書きは何を落書きしたものですか、マオウ課長さん」


「何って……人の顔でしょう。目と口の」


「そうですよねえ。たった三つの点でも、逆三角形になっていると、それを人は顔だと認識してしまう。不思議なものです。これは、人間が肉食動物に食べられないように、動物の顔をいち早く認識するように進化した名残りだと言われているんですが……」


「その進化の話はステータスの上限となにか関係があるのかしら、マッドドクターさん」


「おっと、これは失礼しました。つい話が脇道に」


 ついじゃないわよ。すぐ話が脱線するんだから。そんなことじゃあ、このどんな話題にも対応できるインテリジェンスを持ったわたししか話に付き合えませんよ。マッドドクターさんはそれでいいのかしら?


「それでは、これはどうですか、マオウ課長さん」


   へ へ

   の の

    も

    へ


「どうって……これも人の顔じゃないの? 上の『へ』が眉毛で、『の』が目で、『も』が鼻で、下の『へ』が口で……」


「ですよねえ。ではマオウ課長さん。前者と後者、どちらが親しみを感じますか? あるいはこう言い換えましょう。どちらが人間らしいと感じますか」


「そ、それは後者のほうかな。『∵』も可愛いといえば可愛いけれど、それはディフォルメ的な可愛さであって……後者の方が人間らしいんじゃないかな」


「そうなりますよね。基本的に、人間は人間の顔をリアルになればなるほど好ましく思うものなんです。ところがですね、例えば、サーカスのピエロを怖がる子供がいることをご存知でしょうか?」


 わたしを甘く見ないでもらいたい。いかに人間に恐怖を与えるかは大魔王軍で叩き込まれてきた。人間は人知の及ばぬ天変地異にも恐怖を感じるが、身近な殺人鬼なんてものにも恐怖を感じるのだ。サーカスのピエロを怖がるのもそれと同じ心理だ。『人間に似てる、でもちょっと違う』そこに人間は言い知れぬ恐怖を感じるのだ。  


「その表情からするとご存知みたいですね、マオウ課長さん。でも、これって不思議じゃありませんか。先ほどの『∵』や『へのへのもへ』にはマオウ課長さんは親しみを感じました。ちなみに、僕には親しみを感じますか?」


「感じてなければこうして話しちゃいないわよ」


 と言っておこう。こいつは新進気鋭の技術者。機嫌をとっておいて損はないからな。


「ありがとうございます。つまりこういうことです。人間はディフォルメされた人間の顔には親しみを感じる。その親しみはリアルになればなるほど増す。そして、人間の顔そのものにも親しみを感じます。ところが、人間の顔そっくりになるかならないかといったものを、人間は不気味と感じてしまうんですねえ。これを不気味の谷と言いまして、横軸にリアルさ、縦軸に好ましさでグラフにするとこうなるんです」


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