第17話体育会系

 シスも上下関係では苦労してたのね。お嬢様校でもいろいろあるのね。となると、マオウエビルはどんな学生時代を送ってきたのかしら? ガッチガチの体育会系らしいから、それはもう……


「あの、マオウエビルさん……」


「なんだい、マオウ課長。ちゃっちゃと片づけちまおうぜ」


「その、さっきの大魔王様の仕打ちなんだけど、その、マオウエビルさんの学生時代はあんなの日常茶飯事だったのかしら?」


 体育会系の先輩は後輩にどんな仕打ちをするのかしら。わたしも帝都大の野球部で、一応体育会系だけど……やっぱりセーワダ大学の野球部となると、へたな軍隊よりも軍隊だったりするのかしら。


「高校一年生の時は大変だったなあ。『鬼の二年に閻魔の三年』なんてね。もう、返事は『はい』か『イエス』だけだったからね」


 やっぱりか。しかし、一年生の時にそんな苦労をしたんだったら、自分が二年や三年になったらそれはもう……こいつ、わたしに負けじと昇進したいって言ってたけれど、部下を持った途端にパワハラしまくったりしないだろうな。


 軍内で自殺者なんて出たら、イメージダウンでわたしまで苦労する羽目になるんだから。お前がミスで左遷するのは勝手だけど、わたしまで巻き込まないようにしてちょうだいよ。


「となると、マオウエビルさんが二年や三年になった時は、後輩を、その……」


「俺の先輩たちはそうだったけどね。俺が三年になった時に三年生全員で話し合ったんだ。『一年生は入学したばかりで学校に慣れていないから、雑用を押し付けるのは辞めよう。掃除とか、洗濯とかは自分たちでやろう』って」


「え、でも、それじゃあ……」


「そんな表情をするってことは、マオウ課長も俺が三年になったら後輩をいびりまくったなんて考えてたんだな」


 その通りよ。だって、一年の時に先輩にそんな圧政をしかれていたんだったら、二年三年になったら伝統にのっとって後輩に同じことをしたくなるのが人情ってものじゃない。


「たしかに、俺も一年の時は、『二年になりさえすれば後輩をいびる側になれる』と言う言葉だけを希望に生きていたようなものだからね。そのシステムを変えていいのかとは思った。と言うよりも変えられるのかってことだね。なにせ、ことは俺一人の問題だけじゃなかったからね。同学年のみんなにこんなこと押しつけていいのかって話でね」


 たしかに。わたしが三年になって『さあ威張り散らそう』と思っていた矢先にそんなきれいごとを言うやつがいたら、ちょっと……いやかなりムカってくるかも。


 いや、わたしは帝都大時代は一年生からエースで四番でちやほやされていたから、上級生になってそれまでのうっぷん晴らしに後輩をいびるようなことはしなかったけれど。チームの主軸のわたしがそんなだったからそういう厳しい上下関係はうちの部では自然消滅したみたいだけど……


 マオウエビルって『一年生の時は先輩にこき使われてた』って言ってたし。そんなマオウエビルが三年になって伝統を壊そうとしたら、そりゃあなんだかんだ文句は出てくるだろうな。


「で、気心が知れた相手にそれとなく話してみたら、『うん、それがいいよ』ってことになってね。そうやって水面下で話してたらみんなそうしたほうがいいと思ってたみたい。それで、部員の間では上下関係にやかましく言うのは辞めにしようって話になったんだ」


 こいつ、高校生にしてネマワシなんてやってたのか。会議でいきなり提案するなんて下の下もいいところ。一流ならば、会議前にすでに出席者に話は通す物なんて組織人の鉄則を高校生にして身に着けてたなんて。これが体育会系エリートの人望ってやつか。


「ちなみにOGにやいのやいの言われなかったの? 『伝統をなんと心得とるのか』なんて言われなかったの」


「そう言われると思ってたからね、現役部員以外がいたら三年が後輩を支配しているというポーズを取ってたよ」


 こいつ、体裁をととのえることまで心得てたのか。体育会系エリートの高校生にはそんなのがごろごろいるのか。


「で、そのときの一年が三年になったらうちの高校はがぜん強くなってね、『なんで強くなったんだ』って話になって、『かくかくしかじかで……』って事実を明らかにしたんだ。なにせ実績が伴ったからね。これからもこのままでいこうと無事あいなったってわけさ」


 卒業したとたんに自分の母校が強くなったなんてことをよくそんなに爽やかに話せるな。複雑な思いになったりしないのかね。でも、そのくらいじゃないと特殊部隊なんて務まらないのかもしれないわね。


「その、マオウエビルさん。あなたと親しい人はあなたをなんて呼ぶのかしら」


「『エビル』だけど」


「わたしも『エビル』って呼んでいいのかしら」


「もちろんだよ。いつも『マオウエビルさん』なんて堅苦しい呼び方はやめてくれって言ってるだろう、マオウ課長。ああ、俺が特殊部隊隊長になった暁には、マオウ課長を『マオウ』と呼ばせてもらってもいいかな」


「……楽しみにしてるわ」

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