第16話財閥令嬢

「そ、その、マオウシスターさん。ずいぶん立ち直りが早いのね。大魔王様にあんなしうちを受けたのに」


 けっこう打たれ強いじゃない、マオウシスターさん。なんで? お金持ちのお嬢様って挫折に弱いってのが鉄板じゃないの? 財閥のご令嬢として産まれ、蝶よ花よともてはやされたあげくにわがまま放題に成長して、たった一回の困難に直面したら、ポッキリプライドがへし折れるってのがお決まりのコースじゃない


「なに、わたしはああいう理不尽な行動には慣れてるからね、このくらいいつものことだよ」


 どういうこと? 『理不尽な行動には慣れてる』? 財閥のご令嬢と言ったら甘やかされ放題で、周囲には取り巻き太鼓持ちのイエスマンしかいないんじゃないの?


「そ、そうなんだ。意外ね。財閥令嬢のマオウシスターさんともなれば、むしろ理不尽なしうちをする側だと思っていたのに」


「おいおい、マオウ課長。きみはわたしをいったいなんだと思っているんだい。そもそも、財閥令嬢と言ったって、そんなのたいしたことないよ」


 財閥令嬢がたいしたことありませんか。さすが生まれついての上級国民は言うことが違いますね。


「わたしのケーオー大学には、何十代も続いた公爵家の跡取り娘とか、何百年も将軍を輩出しているお家柄の娘さんとかがごろごろいたからね。そんな中じゃあ、財閥令嬢なんて新参者もいいところだよ。よくそういう手合いには無茶ぶりをされたものさ」


「例えばどんな?」


「そうだね……わたしみたいな成り上がりものが社交界で嫌われないためには、道化を演じるのが一番手っ取り早いんだけど……早い話がいじられキャラを演じるってことなんだけど……」


 マオウシスターがいじられキャラ! そんな、財閥令嬢がスクールカーストでは最下層だったなんて!


「へえ、野球部の四番打者がいじられキャラですか……」


「野球部の四番打者と言ってもね、学校内じゃあたいした肩書にはならないんだ。せいぜいイヤミったらしく『わが校の名誉をお守りになるのですよ』なんてお貴族様に上から目線で言われるくらいでね」


 野球部の四番でもそんな扱いを受けるのが名門お嬢様校だと言うの? 考えただけで胃がキリキリしてくるんですけど……


「で、お笑いを研究してクラスで太鼓持ちを演じてたんだけど……」


 周りに太鼓持ちを侍らすどころか、逆に自分が太鼓持ち。このピッカピカの財閥令嬢がそんなことをしていたなんて。


「授業の後に、わたしが内容の復習をしたくてもね、休み時間になったとたんに『因数分解でなにか面白いこと言えよ、マオウシスター』なんて振ってくる手合いがいてね……」


 いたなあ、そんなやつ。バラエティ番組の司会者気取りで妙な振りをしてくるやつ。そのくせ、じぶんでは絶対にボケようとしないの。『いや、あたしポジションで言うところのMCだから。周りをもてあそんで面白くしてあげてるんだから』なんて、何様のつもりだってのよ。あんたみたいなつまらないくせに自分を面白いと勘違いしてるやつが一番タチ悪いのよ。


「そんなこといきなり言われてもねえって話なんだよ。こっちだってプロじゃないんだから、そんな無茶ぶりされても困るんだよ。そもそもわたしはまじめに勉強したいタイミングなのに、向こうときたらそんなのお構いなしで自分がおちゃらけたい時は、ほかのみんなもおちゃらけたいと決めつけてるんだから始末が悪いよ」


 そうなのよね。そういうやつに限って、スクールカーストの上位層でこっちが滑ると『せっかくあたしが振ってあげたんだからなにか面白い返ししろよ』なんて態度に出るのよ。思い出しただけでもむかむかしてくるわ。


「そういう時のために、あらかじめ備えておいて、『そんないきなり振られても定員割れの大学入試みたいなもので落ちませんよ』なんて返すんだけど、向こうは『ダメじゃん、落とさなきゃ』なんて不満顔なんだよね」


「あの、マオウシスターさん、ひょっとして秘書課でもそんな感じなの?」


「そりゃもう。お偉いさんなんてさらにタチが悪いよ。それに、お偉いさんの秘書としていろんな相手と会うわけで、その中にはいわゆるレールに沿った人生を歩まずに成り上がった人も多くいてね。芸能人とか、作家とか。そういう人は社会性に欠けた人も多くてねえ。そんな人のご機嫌取りに比べたら、うちの大魔王様なんてましな部類だよ」


 知らなかった。財閥のご令嬢のマオウシスターが学校や秘書課でそんな苦労をしていただなんて。


「その、マオウシスターさん。あなたと親しい人はあなたをなんて呼ぶのかしら」


「『シス』だけど」


「わたしも『シス』って呼んでいいのかしら」


「もちろんだよ。いつも『マオウシスターさん』なんて堅苦しい呼び方はやめてくれって言ってるだろう、マオウ課長。ああ、わたしが秘書課課長になった暁には、マオウ課長を『マオウ』と呼ばせてもらってもいいかな」


「……楽しみにしてるわ」






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