第12話カフェ

「ということがあったんだ」


「へええ、上司になるって大変なんですねえ。僕だったらプレッシャーで気絶しちゃいますよ。人間関係、それも部下の面倒を見る上司になるなんて想像しただけでくらくらきちゃいますね」


 待て。あたしはどうしてマッドドクターのところにいるんだ。そしてこうして仕事の愚痴なんかしゃべってるんだ?


 いやいや、これはあれだ。へたに大魔王軍内で仕事の愚痴なんかこぼして、それがどう巡り巡って大魔王のやつの耳に入るかわかったものじゃない。だから、こうして違うジュエルモンスター軍のマッドドクターに愚痴をこぼしているんだ。別の軍とのネットワーク作りもわたしクラスになるとやらなければならない仕事だからな。そうともこれは外交なんだ。


 だいたい、せっかくこのマオウちゃんが来てやったというのに、フラスコで沸かしたコーヒーをビーカーに注いでお出迎えと言うのはどういうことだ? いや、味はたしかに美味しいけれども……さすが科学者、きっと成分分析とか分量計算とかを完璧にこなした結果のこの味わいなんだろうけど……もうちょっと、こう、見た目とか、雰囲気とかにもこだわってみてもいいんじゃあないのか?


「それにしても、分裂ですかあ。ちょっとそのマオウ課長の部下のスライム さんとやらに興味が出てきちゃいましたよ。一人が二一のなるって言いましたよね。じゃあ、その二人が四人になっちゃったるするんですか? 四人が八人にまでなっちゃうんですか? 分裂した後の質量は保存されているんですか? となると、分裂したら一人の体重は半分になっちゃううですよね。そしたら、分裂を繰り替えしたらいずれは……」


 こら、人の部下をモルモットみたいに考えるんじゃない。そりゃあ、わたしもスライム たちの適性を判断するためにそれなりに試験をするつもりでいたが、それは断じて人体実験ではないんだからな。


 ん? マッドドクターのやつなにかチラチラみてるな? 紙か? 何か文字が書いてあるな。なになに……『How many dead people?』だって?訳せば『死人は何人でしょうか?』ってことじゃないか。こいつ、涼しい顔してなんて物騒なことかんがえてるんだ。あれか、眉一つ動かさずに残虐な人体実験して、『うむ、有意義なデータが取れたぞ』なんて言っちゃうタイプなのか? 付き合うの辞めようかな。下手すると、『今日の死者は何人だね。99822人か。書類に記入しておけ。今日も異常なし』なんて言っちゃいそうだし。


「あ、気がついちゃいましたか、マオウ課長。いやあ、まいっちゃったなあ」


 なにが『気がついちゃいましたか』だ。『まいっちゃったなあ』だ。さっきからチラチラその紙見てたくせに。きっと、わたしが来るからって準備してたんだな。で、わたしに見せたくて見せたくてしょうがなかったんだな。子供か、こいつは。


「それで、マオウ課長。『How many dead people?』」


「いや、『死人は何人ですか』なんて質問されても」


「違う違う。僕はマオウ課長に『死人は何人ですか』なんて質問してませんよ。『How many dead people?』って質問したんです。しょうがありませんね。こう言い換えましょう。これがギリギリの大サービスなんですからね。いいですか、『DEADな人間は何人でしょうか?』」


 いったい何を言ってるんだ、この理系オタクは。このマオウちゃんが英語と日本語が理解できないとでも思っているのか。だいたい、英語の小文字と大文字を変えて何の意味があるというんだ……待てよ、D、E、A、D……


「DEADって、アルファベット順でAからFまでだね」


「お、そう言えばそうですね。よく気が付きましたねえ、マオウ課長」


 なにが『そう言えばそうですね』だ。白々しい。その、『もうすぐ僕のジョークの意味が分かりますよ』とでも言いたげな顔はなんだ。にやにやしやがって。そう言えば、わたしもスライムたちの前で『スライムDE、ADは縁起が悪いからな』なんて得意げに言っちゃったな。思い返したら恥ずかしくなってきた。それはともかく…… 


「16進数でDEADと言うと……Dが13で、Eが14で、Aが10だから……13かける16の三乗足す、14かける16の二乗足す、10かける16足す13だから……」


「電卓使ってもいいですよ、マオウ課長。はいどうぞ」


 ずいぶん準備がよろしいことですね。部下にスライムを持ちながら、回復魔法も特技の習得してなかったわたしとはえらい違いですね。技術者ってのはみんなこうなんですかね。おかげさまで電卓たたいて計算するのが楽しくて仕方ないですよ。どうもありがとうございます。


「57005人ってことでいいのかな。十進数で言うならば」


「正解です。よくできました、マオウ課長」


 おほめにあずかり光栄でございます、マッドドクター様。たしかにジョークとしてはよくできているし上手だと思いますよ。でも、一般大衆に受けるとは思いませんよ。なにせ、16進数がどうの三乗がどうのなんて言われてもたいていの人間にはチンプンカンプンでしょうからね。ま、帝都大卒のエリートであるこのマオウちゃんなら理解できるし、面白いと思ってあげてもよろしくてよ。


「それで、マオウ課長。この『CAFE』を採点するとしたら何点ですか?」


「『カフェ』でもなく、『cafe』でもなく、『CAFE』を採点すればいいのね」


「その通りです、マオウ課長」


 ええと、Cが12だから……12かける16の三乗足す、10かける16の二乗足す、15かける16足す14であって……


「51966点よ」


「わ、マオウ課長そんなに高い評価をいただけるなんて感激だなあ」


 なによ、すっとぼけちゃって。あんた、わたしが電卓ポチポチ叩いてたところをほほえましそうに見てたじゃない。いかにも数学できそうなあんただから、このくらい暗算でできるんでしょ。


 このマオウちゃん、テストの前に『助けて』なんて泣きついてくる人間の面倒を見て『こんな問題もできないの?』なんて得意がることはあっても、自分が問題をうんうん言いながら解いているところを見物されるのは初めてなんだから。


 テストや試験でだって問題をすらすら解くわたしを教師は驚きの目で見てたんだから。こんな屈辱いままで味わったことがないわ。

 





 

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