第10話モンティホール問題
「やあやあ、マオウちゃん。ジュエルモンスター軍のマッドドクターちゃんがずいぶんマオウちゃんを褒めていたよ。『あんなに話が通じる人とは思わなかった。ぜひまたお会いしたい』って。いったい、どんな魔法を使ったんだい?」
「別に、たいしたことはしていませんよ」
マッドドクターにさんざん16進数についての講釈を受けた翌日、大魔王が上機嫌でわたしに話しかけてきた。大魔王は上機嫌なのはいいことだ。なにせ、こいつときたら気分一つで部下をあの世送りにするとんでもないパワハラ上司だからな
「そんなマオウちゃんにご褒美だ。部下を新しくしてやろう。ほら、好きなのを選びたまえ」
そう言って大魔王が指し示した方向には、わたしがちょうど体当たりすれば突き抜けられそうなサイズの紙が三枚貼り付けられている。貼り付けられていると言っても、枠にであって体当たりすればその向こうにいけそうだ。それはいいんだけど……
紙にはA、B、Cとあり、AとBにはスライムの絵が、Cにはドラゴンの絵が書かれている。それを指しながら大魔王が言ってくる。
「マオウちゃんはずいぶん有能みたいだねえ。そんなマオウちゃんにはスライムなんて部下はふさわしくないよ。ということで、花形モンスターのドラゴンを用意しちゃった。さあ、好きなモンスターを選んでそこに突進したまえ。そうすれば、そこに描かれているモンスターがマオウちゃんの部下になる」
ずいぶん気前がいい話だ。わたしみたいな新米上司にドラゴンが部下につくなんて……だけど……ドラゴンの描かれている紙には泥沼がスケスケなんですがね、大魔王様。
これはあれですか、ドラゴンの絵に突進してわたしが泥まみれになれってことですか。わたしは、『そんなのドラゴン一択ですやん』なんて言いながら突進しなければいけないのですか。
「マオウちゃん。実際に行く前にどれを選択するかこの大魔王に聞かせてくれないかな」
しかも、宣言ありを強制してきやがる。どこのバラエティーディレクターなんだよ、お前は。よし、ここはとりあえず……
「Aですかね。わたしのような未熟者にはまだまだドラゴンの部下なんて恐れ多いですよ」
こう言っておこう。こう宣言した上で、ドラゴンに突進しても笑いのセオリーには反しないだろうし……
「Aですか、マオウちゃん。なら、こうしちゃいましょう」
なんだその唐突なですます調は。嫌な予感しかしないぞ。そう思ってたら、大魔王がBの紙をひっぺがした。
「Bの紙はスライムでした。さあ、マオウちゃん。もう一回だけ選択のチャンスをあげよう。今ならCに変えてもいいよ」
待て、わたしがいったん宣言した後に、なぜBの紙をひっぺがす。これが、A、B、Cの紙に何も書かれておらず、ドラゴンになるかスライムになるかが運次第と言うのならそうする理由がわかる。たしかに、ドラゴンかスライムかわからない状態で、選択していない紙をひっぺがされて、『変える? 変えない?』と質問されたら迷う。迷うけれど……
大魔王、お前最初からどれがドラゴンでどれがスライムかはっきりさせてるじゃないか。その状況で『Cに変える? 変えない』もないんじゃないのか。
「さあ、マオウちゃん。最終決断だよ。それじゃあゴーだ」
ええい、ままよ!
「わたしにはまだまだドラゴンなんて部下にできませーん」
そう言って、わたしはAの紙をぶち破った。その先にはさして何かがあるわけでもない。ご褒美も、罰ゲームもありはしない。Cの紙の先に泥沼があるのは見えたが……いや、泥沼じゃないな。ぼこぼこ沸騰してる溶岩の沼だ。こんなものに飛び込んだらいくらわたしと言えども……何考えてるんだ、この大魔王は。
「ダメだよ、マオウちゃん。ここは、『そんなのドラゴン一択ですわ』なんて言いながらのCへの突進でしょう。そして溶岩にダイブするマオウちゃんを見てゲラゲラ笑うつもりだったのに。せっかく準備したのに。あーあ、シラケちゃった」
「はあ、すいません」
「そんなマオウちゃんにはドラゴンなんてまだ早いね。もうしばらくスライムとよろしくやってなさい。とっとと出て行きなさい」
「はあ、わかりました」
大魔王様に言われてわたしは部屋から出ていった。大魔王様はつまらなそうにしていたが、へそを曲げられて折檻をされるよりは良かったのかもしれない。これだからワンマン軍はいやなんだ。でも、コネも金もない学歴しかないわたしが出世しようといったら軍しかないからなあ。
「くっくっく、あれだけ自分を慕っているスライムをあっさり見捨てるようなやつなら溶岩にダイブして苦しむ姿を楽しめたんだがな。何を考えているかはわからんがスライムを選びおった。マオウちゃん、面白いやつだな……ああいうやつがある日突然化けて頭角をあらわしたりしちゃうんだよね。それはさておき、今度はなにしてからかっちゃおう。呪いの武器を装備させちゃおうかな。それとも、新技の実験台にさせちゃおうかな」
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