第9話16進数・其の2
「そしてなによりすごいのはですねえ、マオウ課長。例えばステータス異常魔法の成功確立を実証実験で調べるとですね、八分の一とか、十六分の一とかって言う確率になるんですよ。これ、すごくありませんか」
「はあ、すごいですね」
たしかにすごい。そんな説明不足でコミュニケーションが取れると思うその発想が。だが、そんなことはなにもこの理系オタクに限ったことではない。こちとら、開発部での研修で、無口で偏屈な職人に気に入られてきたんだ。適当な相槌で会話を成立させるくらい、エリートであるこのマオウちゃんには朝飯前だ。
「だって、そうじゃありませんか。僕やマオウ課長のような十進法を基準にものを考える存在からすればですね、十分の一とか、二十分の一とかって確率を使いたくなるものなんですよ。ところが、どうも実験的にはそうじゃなくて、二の累乗を分母とした確率ばっかり出てくるんです。これは、この世界を作り出した神様が二進数で考える存在だからじゃないかと思うんですよ、僕は」
「は、はあ」
「いやあ。この仮定に達した時は、思わず身震いしちゃいましたよ。なにせ、十本の指で数える10進数こそ至高なんて考えが覆されたんですからね。神様がいたとすると、0か1かで判断する存在と仮定できるんです」
「神様ですか。マッドドクターさんもそう言うもの信じていらっしゃるんですね」
なにげなく言ったわたしの言葉が、マッドドクターのスイッチをさらに変な方向に入れてしまったようだ。マッドドクターがさらに早口で説明しだした。
「『信じている』という言い方は正確ではありませんねえ、マオウ課長。僕の神様と言う存在に対するスタンスを正確な言葉であらわすならば『わからない』と言うことですかねえ。なにせ、この世界がどのようにして誕生したのかはわかりませんからねえ。となると、この世界を神様が作ったのかもしれないし、そうでないのかもしれない。僕に言わせれば、『神なんているわけがない』と一言で切って捨てるほうがよっぽど非科学的ですね」
理屈っぽいな、こいつ。断言してもいい。こいつ、絶対友達いないわ。面倒臭いもん。普通の人ならなあなあで済ますところを、『それってなんで、どうして、おかしいよ』なんてねちねち文句言ってくるタイプね。
小学生の頃、『なんで分数の割り算は分子と分母を逆にするんですか』なんて無能教師に延々と質問してうざがられるタイプだわ、間違いないわね。そんなこと気にせずにわたしみたいにテストで良い点取ってれば良いのよ。それに、小学校のころを気づかなかったけど、そんな質問に答えられる小学校教師なんてそうはいないのよ。
そんなに気になるんなら、自分一人で延々と考えてなさいっての。どうせ友達いないんだから。
「それにですで、マオウ課長。歴史的な偉人のステータスに255という数字が多いのも不思議に思いませんか?」
「そういえば……」
たしかに、中学校の歴史の授業で丸暗記したステータスの数字にやたら255が多かったな。そのころは、教師なんて人種に絶望してたから質問するだけ無駄だと思って諦めて丸暗記してたけど……
「マオウ課長。16進数でFFっていくつでしょう?」
「えっと、15かける16たす15かける1だから……」
「16進数での100引く1だから16かける16引く1でも計算できますよ」
「わかってるわよ、うるさいわね。255じゃない……あれれ、255」
「そうなんですよ。10進数だと255は半端な数字に思えますが、16進数だと大変キリのいい数字なんですね。これがこの世界が二進数で支配されてることの証明になりませんかねえ」
こいつのいう通りだな。初めて知った……なんだ、マッドドクター。そのうれしそうな顔は。『面白いでしょう、数字ってのは』とでも言いたげじゃない。あんた、そんな顔するのね。初対面の時の仏頂面が嘘のようよ。
「ちなみに、65535なんて数字にも見覚えありませんか、マオウ課長」
「それは、ゴールドの限界によくそんな数字が出てきたけれど……まさかこれも」
「16進数でFFFFっていくつですか」
「ふん。16進数での10000から1引けばいいんでしょ。16の4乗から1を引けば……ちょっと待ちなさい。今紙と鉛筆で計算するから」
「あれれ、この程度も暗算出来ないんですか? 大魔王のエリートさんもたいしたことありませんね」
うるさい、だまれ。お前みたいな数字しか友達がいなかったようなやつと一緒にするな。
「65535ね」
計算し終えたわたしをマッドドクターがニヤニヤ見つめている。気にくわない。こいつの笑顔も気にくわないが、これを楽しいと思っている自分も気にくわない。
『小学校の時にこの子と会っていたら、算数の時間をもっと楽しめただろうな』なんてことを考えていることがますます気にくわない
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