第8話16進数・其の1
「と言うわけなんですが、マッドドクターさん」
「部下を持つと言うのは大変そうだ、マオウ課長。僕はそんなの真っ平ごめんだ。人間づきあいなんて、考えただけでもゾッとする」
恥を忍んで、マッドドクターに頼みがあると連絡したら、『とりあえず来てください』なんて返事してきやがった。このマオウちゃんに誘われたと言うのに嬉しくないのかね、この理系オタクは。ボソボソ喋りやがって。だいたい、人づきあいが嫌ならなんでわたしとは会うんだ。わたしがモンスターだからか。人間はダメだけど、モンスターならオッケーという異常性癖の持ち主なのか、こいつは。
「そうなんですよ。部下のスライムDやらスライムFやらでもうてんてこまいでして……」
「スライムF。部下が十六人もいるのか、なかなかの大所帯だな」
「いや、それほどでも」
たしかに、スライムの奴らが全員分裂して十六人になった時はどうしようと思ったが……待てよ。わたし、こいつにスライムが分裂するって話したっけ?
「あの、マッドドクターさん。部下が十六人ってどう言うことですか?」
「しまった。ついいつもの癖が出てしまった。気にするな、忘れてくれ。どうせマオウ課長のような人間に16進数なんて言ってもなんのことかわからないだろうからな」
「16進数? それって、11001とか10001なんて数え方と何か関係あるんですか、マッドドクターさん」
マッドドクターの理系特有のまるで他人とコミュニケーションを取ろうとする気がない物言いに少々カチンと来ながらも、好奇心の方が先立ってわたしはそんな質問をした。すると……
「マオウ課長! 二進数をご存知なんですか?」
「に、二進数ですか?」
「とぼけちゃって。11001や10001なんて数え方と来たら二進数に決まってるじゃないですか。いやあ、うれしいなあ。世の中には10種類の人間がいると言いますけど、まさかマオウ課長が二進数をご存知の方の人間だったなんて」
いきなり早口になったな。こいつはあれだな。人が漫画を『ああ、面白かったな』程度の感想で十分満足してるのに、やれ設定がどうのだの、背景がどうのなんて言い出して周りをドンびかせるタイプだな。さぞや周りからひかれたことだろう。
「10種類? ああ、00、01、と来ての10てことですか。つまり二種類ってことですね、マッドドクターさん」
「そうですよ。やっぱり二進数をわかってるじゃないですか、マオウ課長」
ちょっと前までは、わたしとの間にそれはそれは分厚い壁を感じさせてたくせに、いまややたらと馴れ馴れしい。まあ、それも当然かな。いきなり『10種類の人間が……』なんて言われたら、大抵の人間は『それ、何語?』って返したくなるだろうし。小学校時代のこいつが、クラスメートどころか無能教師にまでも『はいはい、マッドドクターが頭がいいのはわかったから黙っててね』なんて言われているところが容易に想像できるもん。
そんなマッドドクターの前に自分の話す意味を理解する存在があらわれたんだもんね。こんなウブな反応を見せるのも当然かな。なかなか可愛いところあるじゃない。それにしても二進数って言うのか、この数え方。0と1の二つで数えるから二進数ってことなのね
「そ、それで16進数って言うのは……」
「ああ、それは、11001とか、10001とかだと間違えやすいですからね。ですから、0000を0、0001を1、0010を2、0011を3、0100を4、0101を5、0110を6、0111を7、1000を8、1001を9、1010をA、1011をB、1100をC、1101をD、1110をE、1111をFに対応させるんです。全部で16個だから16進数と言うんです。ね、すごいでしょう、マオウ課長」
たしかにすごい。そんなただ数字を列挙しただけで他人に理解してもらえると思っているその思考パターンが。そんな説明でお前が何を言いたいかわかるのはわたしくらいのものだぞ。
つまりこういうことだな。わたしの十を基準とした数え方は……10進数と言うんだろうが。0から9までをひとまとまりとするんだな。つまり、16というのは、1かける10たす6かける1で16と言うことだ。で、16進数と言うのは、16個をひとまとまりとするんだな。だけど、10以上になると、二桁で分かりにくいから10がA、11がB、12がC、13がD、14がE、15がFで表すと言うことなんだな。
「つまり、スライムFと聞いてスライムが十六人いるとマッドドクターさんが思われたのは……」
「16進数ではFは16を意味するからなんですよ、マオウ課長」
なるほどそう言うことか。だんだんわかってきたぞ。こいつの扱い方が。こうやって機嫌を取ればいいんだな。これなら新進気鋭の技術者に気に入られるのも簡単だな。大魔王のやつに嫌味を言われないで済む。
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