第6話二進数・其の1

「お前ら、どうしたんだ、大けがしてるじゃないか。大丈夫か」


「あ、マオウ課長。それが、出勤の途中に冒険者に襲われて……」


「平気か。ひいふうみい……よし。ちゃんと八人いるな。死者はいないようだな。それで、けがの具合は大丈夫なのか。いかん。わたしは回復魔法も特技も持ち合わせていない……」


 いかん。このマオウちゃん。なんたる不覚。部下を持つことになった以上、このような事態におちいることはは想定すべきことだった。それを忘れて、回復魔法や特技の習得を怠るなど……どうしたマオウちゃん。そんなことではエリートの経歴が泣くぞ。


「いいんですよ、マオウ課長。冒険者にはドロップアイテムとして、薬草を落としておきましたから。冒険者がその薬草に夢中になっているすきに、僕たちは逃げてきました。だから、ケガの具合は大したことありません。こんなの自然に治っちゃいますよ」


「そ、そうか。それならいいんだが……しかし、薬草か。お前らそんなもの持っていたんだな」


「ええ、軍に支給されているんです。僕たちのうち一人が薬草を落とせば、冒険者はそれに気を取られるはずだ。これが僕たち全員が薬草を持っていたらそうはいかない。落とすか落とさないかわからないから、冒険者も僕たちが薬草を落とすか落とさないかに気を取られちゃうんだって」


「なるほど。八分の一の確率というわけか。たしかにそのくらいの確率だと、薬草を落とすか落とさないか気になってしまうかも……」


「あの、マオウ課長。僕たち、その『八』と言うのがピンとかないんですが」


「おいおい。わたしも学歴をひけらかす気はないが、さすがに数も数えられないと言うのは社会人として……」


 『八』がわからない? こいつら自分が何人いるかも数えられないのか? これはいかん。小学校の算数からやり直しだな。まったく、不出来な部下を持つと苦労するな。しかしこれも上司の務めだ


「いえ、僕たち数が数えられないと言うわけじゃなくてですね……その、マオウ課長。両手を広げてもらえませんか?」


「こうか?」


 スライムに言われてわたしは両手を広げた。指が全部で十本ある。『八』なんて指を数えれば……ああ、そう言うことか。


「その、僕たちマオウ課長みたいに指で数えられないので……すいません」


「いや、わたしの方こそ悪かった」


 いかん。部下の身体的構造でごちゃごちゃ言うなんて。このご時世、この手の問題には特にやかましいんだ。下手をすれば、左遷、降格どころか除隊……いや、社会的に抹殺されることもあり得るぞ。


「どうしたんですか? マオウ課長。お顔が真っ青ですよ」


「いやその……お前ら、わたしのことをどう思う?」


「『どう思う』って、僕たちも時々僕たちが誰で誰なのか見分けがつかないのに、それができるすてきな上司だと思いますけど……」


 とりあえず、今の発言についてどうこうされる心配はなさそうだ。


「そ、それで、お前ら数は数えられるんだよな。よかったら、どう数えるのかわたしに教えてくれないか?」


「で、でも。マオウ課長って帝都大卒なんでしょう? そんなエリートさんに僕たちみたいな高卒がものを教えるなんて……」


「いいから教えてくれ。ほら、現場を知らない大卒に、リアルを教えると思ってくれればいいから」


「そんな、僕たちはマオウ課長を現場を知らないだなんて……」


「早く教えんか!」


「わ、わかりました」


 こうなれば意地だ。スライムがどんな数え方をするのか、エリートの経歴にかけて習得してみせる。


「そ、それではですね、僕たちスライムは触手が一本体から生えていますから、その触手を体に出し入れして数を数えるんです」


「どう言うことだ?」


「ですから、こうして触手を体に引っ込めると0で、こうして触手を伸ばすと1と数えるんです」


 なるほど、スライムは数を数えるのに触手を使うのか。しかし……


「それでは一つと二つまでしか数を数えられないのではないか」


「はい、一人ではそうなりますね」


「『一人では』?」


「もう一人いれば話は違います。おおい、スライムB」


「ああ、スライムA」


「ええとですね、スライムAの僕が0で1と数えたら、次にスライムBが0から1になるんです。すると、僕はまた0に戻って……」


 そういうことか。桁の繰り上がりが0と1ごとに行われると言うことか。すると……


「つまりこう言うことか。お前らの言う00、01、10、11が、わたしの言う0、1、2、3になると言うことか」


「すごいです、マオウ課長。そんなに早く僕たちが何を言いたいか理解してくれるなんて。僕たち説明が下手くそだから、マオウ課長みたいに十本の指で数を数える人に説明してもちっともわかってもらえないんですよねえ。逆に『なにを訳のわからないこと言ってるんだ。さあ、さっさと数の数え方を覚えるんだ。十だ、百だ』みたいに怒られちゃって」


 たしかに、底辺公立小学校のただ暗記させるだけの無能教師ならそんなことを言いそうだ。しかし、このマオウちゃんは違うぞ。


 しかし、0と1だけで数を数えるのか。いままでそんなこと考えてもみなかったな。部下のスライムに教えられるとは……このマオウちゃんもまだまだだな。


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