第2話部下

 さて、そのわたしのとっての初めての部下であるが、わたしには秘策がある。


 わたしは初対面で部下を整列させ、その場で『君は□□君だね』と全員に言ってやるのだ。もちろんカンニングペーパーや助手の耳打ちなんてものは使わない。会う前から部下の顔と名前を覚えておくのだ。


 これぞ田中角栄メソッド。小卒の田中角栄が、当時のトップエリートである大蔵省官僚の心をわしづかみにした伝説的手法だ。部下を持つにあたり、わたしは上司としてのノウハウを徹底的に研究した。その結果が、この作戦なのだ。


 そして、顔写真を使うなんてのは下策である。部下も人間なのだ。実物を見ないと始まらない。


 というわけで、あらかじめわたしの部下になる予定のモンスターを部屋に集めておいて、そこをこっそり観察して顔と名前を一致させるのだ。ただ先人の方法をマネするのではなく、自分なりのアレンジを加える。これがわたしが将来トップになる器であることの何よりの証明であろう。


 さてさて、未来のかわいいわたしの部下第一号よ、どんな顔をしているのかな?


「スライムB、あたしたちの上司になるマオウさんってどんな人なのかなあ。優しい人だといいなあ」


「ばか、スライムA、上司ってのはな、ただ優しいだけじゃダメなんだぞ。時には厳しくないとダメなんだ」


「スライムD、なんでもマオウさんってのは、帝都大の野球部の主将でエースで四番だったらしいぜ」


「マジかよ、スライムC。そんな完璧超人があたしたちの上司になるのかよ」


「じゃ、じゃあさ、スライムF。もしあたしたちみたいな高卒が『マオウさん、俺たち馬鹿っすからさ、そんな難しい言葉で説明されてもわかんないっすよ。実際に見本見せてくれませんか? あ、でも、がり勉のもやしさんにはそんな体力ありませんかねえ』なんて生意気を言ったら……」


「おいおい、スライムE。そんなこと言ったら、速攻でぼこぼこにされるにきまってるだろ」


「スライムH。考えたけで恐ろしくなるよな」


「本当だよ、スライムG。ごりっごりの恐ろしい体育会系なんだぜ、きっと」


 全員スライムじゃないの! いや、スライムが悪いんじゃないよ。たしかにスライムはモンスターとして最弱だけど……部下を育てるのも上司の役目だし、レベル九十九になったらすごい特技を覚えるかもしれないし。


 それに、モンスターだからって、なにも戦闘能力だけをものさしにする必要はないわよね。マスコットとか、キャラクター性で攻めるって方法もあるし。部下の長所を上司のつとめよね。


 第一、わたしがスライムを見慣れていないせいで全員同じグラフィックに見えるだけで、本人たちにしてみれば全然違う顔と認識しているかもしれないし……なれれば区別がつくようになるはず……そうよ、マオウ。部下の名前を間違えるなんてあってはならないことなんだから。


 でも、スライムA、B、C、D、E、F、G、Hかあ。いかにも間違って読んじゃいそうな名前だなあ。いっそあだ名付けちゃおうおうかな。スラリンとか、スラボウとか……


 いけないいけない。下手なあだ名をつけて、その場で文句言われるならまだしも、その瞬間は『そのニックネームいいっすね』なんて言ったのに、後になって『変なあだ名付けられました、パワハラです』なんて総務に駆け込まれたら、無能上司の烙印押されちゃう。


 それに、わたしがどう思うかじゃなくて、重要なのは本人がどう思ってるかだもの。ひょっとしたら、すっごく自分の名前に誇りを持ってるかもしれないし。


「ところで、スライムA……」


「ばか、俺はスライムBだよ。スライムAってお前のことじゃないか」


「スライムCっていかにもその他大勢って感じだよな」


「本当だよ。スライムDじゃなくて、スライム甲、乙、丙、丁とかならまだしも」


「お、それいいな。俺もスライムEじゃなくて、スライムアルファ、ベータ、カッパ、イプシロンとかって呼ばれたいな」


「スライムFかあ。俺、この名前あんまり好きじゃないんだよなあ。ちょっと前まではスライムGだったのに、『一人減ったからお前今日からスライムFね』なんて言われてもなあ」


「そうだったんだ、じゃあ、俺のスライムGとお前のスライムF交換する?」


「よせよ、混乱するだけだよ。俺は一生自分はただのスライムHだってあきらめてるんだから」


 自分で自分の区別もついてないじゃない。しかも、自分の名前にちっとも愛着持ってないし。


「なあ、俺たち『ここで待ってろ』って言われてたけど、やっぱりこっちからあいさつにいかなきゃまずいんじゃないかな」


「そうじゃん。まずいじゃん。きっとマオウさん今頃待ってるぜ。ああ、どうしよう。きっと。『部下が上司を待たせるとはなっとらんな』なんて説教されたら」


 え、そんなことないよ。ちっとも待ってないし、説教するつもりもないよ。あ、いけない。スライムさんたちが部屋を出ようとしている。急いでわたしの

部屋に戻らなきゃ……ふう、なんとかのぞき見がばれずに済んだ。で、でも、ちっとも区別がつきそうにない。どうしよう……


「失礼します、マオウさん。あいさつに参りました」


「ど、どうぞ」


「失礼します。今日からマオウさんのもとで働かせていただくキングスライムです」


「!!!」


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