第10話 奏多の歌
「貴様! よくもマルディル様を! 」
「事ここに至っては、貴様を殺さねば我らも危うい。だが楽に死ねると思うなよ! 」
「チッ! 雇い主を殺されちゃタダ働きだぜ。せっかく極上のエルフが手に入るとこだろったのによ! 歌魔法士が死んじまったらそれもご破算だ。しかも今後はサリオン家に目を付けられる。クソッ! この国ともお別れだな。マジでついてねえ……それもこれもテメエが抵抗したせいだ! テメエだけは殺す! 」
「どうして歌魔法発動中に動けたかは知らないけど、身体が動けば坊や程度に負けたりしないさ。黙って殺されてればいいものを、とんでもないことをしてくれたよこの坊やは」
「言いたいことはそれだけか? 俺の大切な人を穢そうとしたゴブリンがいっぱしに人間の言葉を喋るんじゃねえよ! 『Song Magic』! 」
俺は自分勝手な理由で殺気を向けるガーディアンと傭兵たちに、そう啖呵を切り歌魔法を発動した。
しかし内心では頼む発動してくれと必死に願っていた。
「「「 なっ!? 」」」
「う、歌魔法士だっ……」
「な、なん……」
俺がキーワードを叫ぶと地下室は暗くなり、天井をすり抜けて降り注ぐ光がガーディアン4人と傭兵6人を個々に照らした。
よしっ! 全員身動きが取れないようだ。
俺は歌魔法が発動したことに内心でガッツポーズをして、剣を手にしたまま前へと歩き出した。
が、二歩ほど進んだところでそれ以上前へ踏み出すことができなかった。
マジか!? 歌魔法士が一定の距離から前に進めないのは俺にも適用されんのか!
つまり俺がバトルの当事者になると、ほかの歌魔法士と同等のルールが適用されるってことか。
周りが動けない時に俺が動けるのは、俺が歌魔法を発動していない時だけかよ!
さすがにそこまでチートじゃなかったか。
しかしヤバイ! 単体攻撃の初級魔法を発動するのに40点は取らないと発動しない。
音痴の俺が40点も取れるのか!? リーゼのあの激ウマの歌と美しい声で72点だったんだぞ?
それにたとえ魔法が発動しても、ここにいる10人を倒しきれるのか?
ここにいる奴らは俺より強い。身体が動けなくても身体強化はできる。初級魔法程度じゃ威力が足りないかもしれないし、足りたとしてもこれまでさんざん身体強化を使ったから10回も魔法を発動できる魔力が無いかもしれない。
確か魔法発動に失敗しても魔力を消費するんだったな。
くそっ! 簡単な曲でとにかく発動を優先させて足を狙うか? そして魔力がなくなりそうになったら歌魔法を解除して奴らと戦うか。魔力がもってうまいこと全員の足を封じられれば、動き回り戦うことで勝てるかもしれない。
しかし……
歌うのか……俺が人前で歌を……
俺は歌うのは好きだ。1人の時はしょっちゅう歌ってる。けど友達とカラオケに行くとみんながトイレに行く。だから人前で歌うのは封印してたんだ。
M-tubeを見て音痴の原因を調べて改善しようと思ったこともある。あらゆる物を試したさ。
そしてスマホに自分が歌ってる動画を撮って聞いてみた。
俺は知らず知らずのうちに音楽を破壊していた。
好きな曲が壊れていくのに耐えられなかった。
どうしてかわからない。音程が致命的にズレるし、声もおかしい。
歌ってる時はあんなに気持ちいいのになぜそうなるのかわからない。
だから俺はこれは呪いだと思うことにしたんだ。
その歌を俺は人前で歌わなければならない。
しかも相手は逃げられない。トイレにも行けないし耳も塞げない。
俺にヤジすら満足に飛ばせないだろう。
「なんだコイツらにはちょうどいいじゃないか」
そうだ。コイツらはゴブリンだ。ゴブリンに何をしようが、どう思われようが知ったことじゃない。
ここにリーゼはいない。なら思いっきり歌わせてもらおうじゃないか。
俺は頭の中でそっと曲をイメージした。
簡単で殺傷力があり、俺でも高得点を取れそうな古いが勢いのあるあの歌を……俺は全力で歌う!
俺がギターとベース、それにドラムの音をイメージした。すると俺の頭上に翼が黒い天使が各楽器を持って現れた。
堕天使!?
俺はリーゼやマルディルが呼んだ神秘的でかつ神々しい妖精とは違い、翼が黒くどこか禍々しさ漂う姿に驚いた。しかし姿形なんてどうでもいいと、演奏さえしっかりしてくれれば問題ないと思うことにした。
そしてお袋が好きで、幼い頃に何百回と聞いたチャボ&アスナの歌うお正月の定番曲『year year year 』の演奏を始めた。
すると真っ暗な地下室に懐かしのメロディが響き渡り、そのメロディに乗せ俺は歌い始めた。
『イヤー イヤーイヤー もうイヤァァァ ♪ 』
チッ……歌い出し失敗した。
ガーディアンと傭兵たちの顔が歪む。
無視だ無視!
俺は構わず歌い続ける! 魂を込めて!
『傷つけられたんだったらやり返せ! 自分が舐められないためにぃ〜♪ 』
俺は拳を握り前へと突き出し足で軽くステップを踏み歌う。
『今日からそいつを 明日もそいつを 殴り飛ばすぜぇぇ♪ 』
ガーディアンの顔が青ざめている。トイレに行けないからな。我慢してんだろう。
傭兵の俺をはめた女が泣いている。まさか感動している?
俺は今は亡きお袋と2人で歌って腕を突き上げて遊んだ日々を思い出しながら、魂の限り歌い続けた。
そしてラストのサビで魔法の効果をイメージした歌詞を入れた。ターゲットは正面のガーディアンだ。
『矢〜 矢〜矢 足に矢ぁ♪ 』
腕を突き上げて勢いよく繰り返す。
『イヤー イヤーイヤー もうイヤァァァ ♪ 』
聴いてる者にこの部分をアレンジしたんだよとアピールする。
『矢〜 矢〜矢 足に矢ぁ♪ 』
『イヤー 矢〜 矢ぁ〜…… 』
ラストの繰り返しもクリアし、俺は静かに歌い終わった。
そして俺の目の前に、カラオケにあるような総合得点と書かれている3桁の採点画面が現れた。
さらにどこからともなくドラムを細かく叩く音が聞こえてきた。
ダラララララ……ダンッ!
ドラムの音と同時に総合得点のところの2桁の部分に【4】という数字が現れた。
俺は40点以上が確定したことにガッツポーズをした。
次に1桁の部分に【9】と表示され、俺は49点か。俺にしてはかなりの高得点だなと思い、魔法が発動するのを待っていた。
ところが止まったはずの【9】の数字が【8】となりどんどん下がっていった。
「下がんのかよ! 」
俺は減点方式に思わず声が出て、その際に視界に映った青ざめた顔をしながらも安心した表情でいるガーディアンや傭兵たちにイラっとした。
コイツらには採点が見えないはずなのに、あの発動するはずないと言わんばかりの顔。ムカつく。
そうこうしている間にどんどん点数が下がっていき、【40】となった。
俺は9も下がんのかよと思ったが、それでも魔法はギリギリで発動するからとこの嫌な採点方式を受け入れることにした。
しかしこれで最後と思わせておいて、1桁の欄の数字が【9】となり、【39】、【38】と下がり始めた。
「なんで最初に【49】にしたんだよ! 」
39以下にするなら最初から39にすればいいのに、なんで49にしたんだ?
やだ! この採点方式俺やだ! 心がドンドン落ち込んでいくよ! もうやめてくれよ! 加点方式にしてくれよ!
俺は魔法が発動されない点数域になったのに、容赦なく下がっていく点数に心にダメージを負っていた。
敵を倒そうと攻撃魔法を発動したのに俺がダメージを受けるとは……
そして【30】点まで下がり、予想通り【29】、【28】と下がり始めた。
俺の心のライフも下がり続けていった。
そして【26】点のところでやっと止まった。
と思ったら【27】点に上がって止まった。
「下げすぎたの!? 適当にやってない!? 別に26でいいよ! 変わんねえよ! 」
俺はこのふざけた採点にウンザリしつつも、ガーディアンたちが動けるようになったらすぐにまた歌魔法を発動しようと準備していた。
そして魔法発動失敗で周囲が明るくなるのを待っていると、突然俺の頭上に10本の黒い矢が出現し正面のガーディアンの両足に突き刺さった。
「ぎゃああああ! 」
その威力は高く、ガーディアンの両足をそのまま吹き飛ばし、男はそのショックで息絶えた。
「は? あれ? 27……点……」
俺はなぜ40点以上取らないと発動しないはずの魔法が発動したのか? なぜ一本または一つしか現れないと聞いていた初級単体魔法で、10本もの矢が現れたのか? そして突き刺さるはずの矢が、足をもぎ取るほどの威力があるか理解できないでいた。
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