第9話 チート
「おらっ! 起きろ! 」
「ぐふっ! ゴホッゴホッ! ぐっ……」
俺は突然襲った脇腹の痛みに身悶えた。
ここは!? どこかの地下室? なぜ俺は……ああ……あの女に後ろから殴られたんだった。
生きている……俺を捕らえるのが目的だったってことか。
「ククククク……いいざまだな下等種。貴様が同じ下等種に騙され転がる姿は実に滑稽だ」
「……やっぱりお前かよ」
俺が現状把握をしていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
俺が振り返ってその方向を見ると、20mほど離れた場所に見覚えのある長い金髪の男が4人のガーディアンと共に立っていた。その男は予想通りサリオン家のマルディルとかいう男だった。
マルディルは実に楽しそうに俺を見て笑っている。
俺の周りには人族と狼か犬らしき耳が頭から生えている男たちと、先ほど俺をハメた女が革鎧姿で立っている。何人かは街で見かけたことがある。コイツらは傭兵だ。
どうやらあの女の隣にいる、髭を生やした人族のガタイの良い壮年の男がリーダーっぽいな。
人族が4人に獣人が2人か……それにエルフのガーディアンが4人。
マジックポーチは取られている。手足は余裕なのか縛られていない。
まあこの人数じゃな。俺1人で太刀打ちできる数じゃない。
歌魔法で……いや相手はB級歌魔法士だ。ランク外の音痴の俺が太刀打ちできるわけがない。
歌勝負したら確実に負ける。死期が早まるだけだな。それならば逃げる手立てを考えた方がまだ生き残る可能性がある。
俺は視線を巡らせ周囲を確認した。
かなり広い部屋だ。天井も高いし学校の体育館が4つくらい入るんじゃないか? 出入口はマルディルの背後にある扉だけか……チッ、逃げるのは厳しいな。出入口は完全に閉まっているし、傭兵に完全に囲まれている。
「ハハハハハ! 逃げる算段はついたか? それとも助けが来ることを期待でもしているのか? 無駄だ。ここはこの街が攻められた時の地下避難所だ。街の外れにあり普段は誰も近付かない。ここは処刑場として人気の場所でね。今日は私が貸切にしている。下等種の貴様を処刑するためにな」
「さ、さすがに昨日の今日でリーゼにお前の犯行だってバレるんじゃないか? 」
くそっ! やっぱり殺されるのか! 怖い……ゴブリンと対峙した時より絶望的だ。
「問題ない。あの女は私に恥をかかせた。大勢の前で私に恥を! このサリオン家の誇りを傷付けたのだ!そうだな……貴様を人質に動きを封じ、ここに呼ぶか」
「ふざけんなよこの野郎! リーゼに手を出すならぶっ殺してや……あがっ! ぐっ! ごっ! 」
「貴様! 下等種の分際でマルディル様を殺すだと! 」
俺はリーゼに手を出すと聞いて頭に血が上り、身体強化を発動しマルディルのところへと一気に駆けていった。が、マルディルの両サイドにいる4人のガーディアンに殴り飛ばされ吹き飛んだ。そしてそのまま蹴られ、起き上がろうとしても俺より強い力でその場に踏みつけられまた蹴られ続けた。
ぐふっ……強い……これがB級歌魔法士のガーディアン……全力の身体強化でもまったく歯が立たない。
「もう許せん! マルディル様! 我らにこの男の処分を! 」
ガーディアンの1人が腰の剣を抜き転がる俺へと刃を向けて言った。
「殺すな。私がまだ遊んでいない。この下等種にはさんざん舐めた態度を取られたからな。私の歌で息の根を止めてやる 」
「殺す…… リーゼに手を出すならころ……ガハッ! 」
「まだ言うかこの下等種が! 這いつくばれ! マルディル様の前だ! 地に頭を付け敬え! 」
「フンッ! 私に逆らえばどうなるかこれでわかったか? 何度も忠告してやったのにそれを無視するからこうなるのだ」
「屑が! てめえ一人の力じゃ何もできねえ屑野郎が! エルフってのは汚物より汚ねえ野郎ばかりじゃねえか! ヘドが出る! 」
「貴様! 」
「ゴハッ! 」
「貴様……この状況でまだそれほどの下品な言葉を私に吐くとはな。泣いて地面に頭を擦り付けて詫びれば命だけは助かるかもしれんぞ? 」
「汚物に下げる頭なんてねえんだよ! 」
この屑にそんな慈悲があるわけねえ。コイツはここを処刑場と言った。つまり最初から俺をなぶり殺すつもりだ。
「……いいだろう。リーゼリットの目の前で殺そうと思ったが、先に殺してやろう。その後に貴様がまだ生きていると言ってあの女を誘き出すとするか。あの女が貴様の変わり果てた姿を見て絶望するのが楽しみだな。たとえ怒りにまかせて貴様の仇を取ろうと向かってきても、あの女の実力では私には敵わない。貴様を殺したあと痛めつけて犯し、そこの傭兵どもの慰みものにされ絶望に歪む顔を見てやろう。私の物にならなかった罰だな。ああ、強力な媚薬を使って淫売にするのもいいな」
「マルディルさん! いいんですかい! あの女はどのエルフ女よりも極上ものですぜ! 喉を潰してブクロ王国に連れて行っても? 」
「好きにしろ。もうあの女はどうでもいい。このサリオン家の次期当主である私を侮辱したのだ。一生人族の慰み者になるくらいの罰は必要だ」
「ありがとうございますマルディルさん! 高い報酬に極上のエルフ女。へへへ、今日はツイてるぜ」
「うふっ、私はあの女の絶望に歪む顔が見たいねえ……」
何を言ってるんだコイツらは?
リーゼを集団で犯す? 喉を潰す? ブクロ? 人族の国か? そこに連れて行って一生慰み者にする?
あ〜駄目だ。怒りで頭がおかしくなりそうだ。
リーゼを……いつも俺に笑いかけてくれるあの優しくて美しいリーゼを。歌うことが誰よりも好きで、俺の横でいつも幸せそうに歌っているリーゼから声を奪う? リーゼのあの笑顔を奪い慰み者にする?
コイツらは人間じゃねえ。
そうだ、コイツらはゴブリンが人間に化けてるだけだ。でなきゃこんなことできるわけがない。
こんなこと人間ができるわけがない。
「少し派手になる。お前たちは私の後ろにいろ。冥土の土産だ、私の美しい歌声を聞かせてやろう……『Song Magic』! 」
マルディルが俺を踏みつけていたガーディアンと傭兵6人に俺から離れるように言うと、俺を抑えていた力が無くなった。俺は背を向けマルディルのところへ歩いていくガーディアンを警戒しながら、身体強化を全力で掛けて立ち上がった。
それと同時にマルディルがマジックソングと叫び、地下室は真っ暗となった。そして俺とマルディルだけを光が照らした。暗闇の中、薄っすらと見えるガーディアンと傭兵たちはピクリとも動いていない。
『いま〜この地で〜 世界が終わりを告げる〜♪ 』
マルディルが天井を見上げ両腕を広げゆっくりと歌い出すと、その頭上に妖精が現れ手に持ったハープや笛を吹き始めた。そのメロディはとても緩やかで、これから人を殺す魔法を発動させようとする歌には到底思えなかった。
俺はマルディルの視線が外れている隙に、自分の腕や手が動くこと確認した。そして足を少しずつ曲げた。
動く。歌魔法の対象にされているのに、リーゼが相対した魔物と違い俺は動ける。
俺は未だに頭上の天使に顔を向け、気持ち悪い笑いを浮かべて自分の歌に酔っているマルディルに向かって一歩前に出た。
それに気付いたマルディルの斜め後ろにいたガーディアンがギョッとした目をした。
恐らく声は出るだろう。今は見間違いだと思っているかも知れない。ならば一気に殺る。
コイツは権力者の息子だ。ここでやらなければまた俺とリーゼに手を出す。
やれるさ。人型のゴブリンをたくさん殺してきた。姿形は同じだ。中身もそうだ。
なにも変わらない。コイツらはゴブリンとなにも変わらない。
『この私の燃え盛る炎の想い〜 その身に受けとめておくれ〜♪ 』
俺は流れ的に歌が終盤に差し掛かったのを感じ、身体強化を掛けた身体で一気にマルディルへと走りだした。
そして後方で驚くだけで動けないガーディアンの腰から剣を抜き、突然のことに歌を止め驚愕しているマルディルの胸へ剣を突き刺した。
「ぐあぁぁぁ! ぐふっ……あ……な……な……ぜ……ガハッ! 」
「さあな。なんでだろうな。お前の歌が下手だからじゃねえか? 」
俺は胸に刺さる剣の刃を見つめ、信じられないという表情でいるマルディルを蹴飛ばし剣を抜いた。
「ぐっ……そ……そん……ポ、ポー……ショ……」
「おっと! させねえよ! 死ね! ゴブリン野郎! 」
「ぐあぁぁぁ! 」
俺は倒れこみ後ろ腰からぶら下げているマジックバッグから、ポーションを取り出そうとするマルディルの胸を再度剣で突き刺した。そしてその後に念のために俺はマジックバッグを固定しているベルトを切り、バッグを奪い取った。
そのタイミングで歌がキャンセルされたと判断したのか、頭上の妖精たちは姿を消し周囲が明るくなった。
「「「マルディル様! 」」」
俺は一斉に動きだしたガーディアンと傭兵たちから、バックステップを繰り返し大きく距離を取った。
「き、貴様! なぜ動けた! 」
「あ、あり得ない! こんな馬鹿なこと起こり得ない! 」
「そ、それよりもマルディル様の治療を! 中級ポーションを! 」
「だ、駄目だ! こ、呼吸が……止まった……」
もう後には引けない。ここにいる奴らを全員殺さなければ……
高ランクの歌魔法士はもういない。いま俺が歌魔法を発動すればコイツらの動きは止まる。
その時に1人ずつ斬れば俺は生き残ることができる。
権力者の息子を殺したんだ。知られれば俺はマルディルの実家から命を狙われ続けるだろう。
傭兵の6人は既に剣を抜いている。雇い主を殺されたんだ。せめて俺を殺さないと色々と不味いんだろう。
不安なのは俺の歌魔法は本当に発動するのかどうかだ。紋章はあるが黒だ。今まで一度も発動させたことがないから本当に発動するのかわからない。
発動しなかったら死ぬな……まあ一番ムカつく野郎を殺せたんだ。アイツさえいなければリーゼが負けるはずもない。そうだ、リーゼさえ無事ならいい。
発動しなかったらマルディルの野郎と相討ちだったと思えばいい。
俺はマルディルから離れ怒りに震えた表情で剣を抜くガーディアンと、俺を囲もうと展開する傭兵たちを前に覚悟を決めるのだった。
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