第8話 お人好し





「依頼完了の報告をしてくるからいつもの所で待っててね」


「ああ、コフィーを飲んで待ってるよ」


ゴブリン討伐を終え森から帰る途中で少し休憩したこともあり、魔法士協会に着くともう夕方となっていた。

魔法士協会は依頼帰りの歌魔法士や演奏魔法士、そしてガーディアンでごった返ししていた。

そして俺を初めて見る者たちは皆が一様に驚いた表情をしていた。


まだここに来たのは5回目だしな。

しかし人族は俺だけというこのアウェー感はなかなか慣れないもんだ。せめて誰も気にしないでくれればいいんだけどな。


俺は自分に注がれる好奇の視線をスルーして、役所のような内装の魔法士協会の入口横にある唯一落ち着けるお洒落なカフェに入った。そして緑のワンピースに白のレースのエプロン姿のエルフ美女に、コーヒーに似た味と見た目のコフィーを注文した。


そしてひと息ついて受付をしているリーゼを遠目に眺めていると、青のジャケットとズボンにヒラヒラのシャツを着た見覚えのある男のエルフが、フルプレートアーマーを着込んだガーディアンを引き連れこちらへと歩いてくるのが見えた。


げっ! コイツ嫌いなんだよな。こっち来んなよな。


「またいるのか卑しい人族」


「リーゼのお供で来てるだけだ。アンタには関係ないだろほっといてくれ」


「下等種のガキが……口の利き方も知らないようだな」


「礼には礼をってやつだ。敬われたいならそれ相応の態度を取るんだな上等種」


俺はここ数日毎日絡んでくるこの金髪ロン毛エルフにウンザリしていた。

最初は人の国だしリーゼに迷惑が掛からないようにと丁寧な応答をしていたけど、人族というだけで見下すコイツに敬語なんかいらないやとその日のうちに気を使うのをやめた。

なんか親が偉い人らしいけど、人を虐めようとする奴に下手に出てもエスカレートするだけだからな。


ガーディアンの訓練を受けている時は遠くでニヤニヤされてるだけだったが、訓練を終えたら途端に直接絡んでくるようになった。

どうも人族の俺がリーゼと一緒にいるのが気に入らないらしい。


「おいっ! 人族の分際でサリオン家の次期当主様にそのような態度! 無礼だぞ! 」


お付きのガーディアンのイエスマンの男どもも嫌いだ。


「ふんっ! まあいい。言葉がやっと理解できる下等種のガキだ。聞かなかったことにしてやる。それよりも今日は最終警告をしに来た。私のリーゼリットにこれ以上まとわりつくな。リーゼリットは黒髪の人族の物珍しさで貴様に興味を持っているだけだ。少し顔がいい程度で勘違いするな」


まさか……この俺が見た目で嫉妬されてる?

なるほど。見た目がいい(エルフ基準)俺が、コイツが狙ってる子の側にいるから不安なのか。

イケメンはイケメンでこういう苦労があるのか。まったく……このエルフの国に来てからは、地球じゃ経験できないことを次から次へと経験させてくれるな。


「別にまとわりついている訳じゃない。彼女のガーディアンになるために側にいさせてもらっているだけだ」


「貴様ごときが私のリーゼリットのガーディアンにだと!? 人族で多少魔力が多いからと調子にのるな! リーゼリットは私の第2夫人になる予定なのだ。ガーディアンなど必要ない。つまりは貴様も必要ない。国へ帰れ」


「へぇ〜それは初耳だな。毎夜リーゼと一緒にいるが、そんなこと一度も聞いたことないけど? 」


夜に一緒に音楽を聴いているからな。嘘ではない。


「なっ!? き、貴様! 私のリーゼリットの純潔を! 人族ごときが許せぬ! 穏便に済ませてやろうと思ったが、人の物に手を出した貴様は私のこの……」


「誰の物ですって? 」


「リ、リーゼリット!? あ、いやこれは……」


「かっこ悪りぃ……」


「ぐっ……貴様……」


俺は今までさんざんリーゼを自分の物と言ってたこの男が、手続きを終えたリーゼが背後に現れた途端にしどろもどろになる姿をとても残念な目で見ていた。

本人がいないところで話を盛りまくるのは、どの世界の小者も共通しているようだ。


「で? 誰があなたの第2夫人になるんですって? 」


「そ、そうだ。リーゼリット。君はエルファソラ十二家の一角であるサリオン家の次期当主である、このマルディル・サリオンの子を産むのだ。だから歌魔法士をやる必要はない。B級歌魔法士である私が君の分も戦うから、君は安心して私との子を作ることに専念すればいい。幼き頃の君に出会った時から、私は君が成人するのをずっと待っていたんだ。結婚しよう」


「お断りよ! マルディル? この1年間ずっと断ってるのにしつこいわよ? 私は貴方のように家の力を振りかざして偉そうにしている男も、多種族というだけで人を見下す男も嫌いなの。それに私は第一夫人以外になるつもりはないわ。私は1番じゃないと嫌なの」


「ぐっ……な、ならば第1夫人とは離婚しよう。それならば」


「新しい女ができたからって、愛した人をすぐに捨てる男なんて吐き気がするわ! 女を馬鹿にするのもいい加減にして! もう二度と私の前に顔を見せないでちょうだい! カナタ行くわよ! 」


「あ、ああ……」


俺はアホな男の言葉に激昂したリーゼに腕を取られて魔法士協会を出た。

振り返ると周囲の注目を集め、屈辱に耐えるマルディルとかいうエルフの歪んだ顔が目に映った。


あ〜こりゃ面倒なことになるな。

リーゼの言った言葉は正論だし怒って当然だが、プライドの高い男を衆人環視の中で罵倒して恥をかかせたら恨みを買う。そういうドラマとかいっぱいあったもんな。

あのエルフの表情はまさに逆恨みしてますって感じだろ。


リーゼを外で一人歩きさせないようにしないとな。






「もうっ! 頭にくるわね! あんな男大っ嫌い! 」


「種族至上主義ってやつか? どこにでもいるんだなああいうの」


肌の色、目の色、髪の色が違うだけで相手を同じ人間だとは認めない。自分と同じ肌の色の人間が神に選ばれたのだと思い込む。どこの世界にでもいるんだな。


「ごめんねカナタ。エルフにはああいうのが一定数いるのよ。今でこそ人族の国々とは友好関係を築いてるけど、昔は頻繁に戦争していたみたいだし。寿命が長い分人族より過去を過去として割り切れないのよね」


「そうか……人族は100年で世代の殆どが変わるからね。エルフとのその差は大きいね。まあ気にしてないさ。それより大衆の面前で恥をかかせたから逆恨みしているかも。アイツ権力者の息子なんでしょ? しばらくリーゼは1人で外に出ない方がいい。俺が必ず付き添うから声を掛けて欲しい」


500年も生きてればその間に人族と二度や三度の戦争を経験するか。その時に色々な理由を付けて人族を憎んだのかもな。人族は100年も経てば完全に過去のことで、今生きてる自分たちは関係ないって思うだろうしな。この差は埋めようがないな。

そんなことよりリーゼの安全の方が大事だ。


「ついカッとなって言ったけど、エルフの男はそこまで腐ってないわよ。今頃やれやれって感じで周囲と笑い合ってるわ。でもカナタがそんなに心配してくれるなら外に出る時は声を掛けるわ。私を守ってね? 」


「守るさ。B級歌魔法士だろうが、そのお付きのガーディアンからだろうとね」


「ふふふ、相手は圧倒的格上なのに……やっぱり男の人はこうでないとね」


B級か……それに4人のガーディアン。これは早いとこ対多人数用の装備を作らないとな。

リーゼの言うように相手は格上だ。あそこにいたガーディアン1人にさえ俺は勝てないだろう。


俺はいざとなったらリーゼだけでも逃がせるよう、敵を足止めする装備を急いで作ることにした。



そしてその日はリーゼと街のレストランで食事をとり、夕方にあった不快な出来事など忘れ楽しいひと時を過ごした。

翌日もゴブリンの依頼を受けたが、昼過ぎには帰ってきて午後はホテルから出ないというリーゼを置いて街の装飾品店に行き製作依頼していた物を引き取った。


俺は受け取った銅製のカプセルを手に、中に何を入れようか考えながら夕方の街を歩いていた。

すると前方の路地で金髪の30代くらいだろうか? 人族の女性らしき人がお腹を支えてうずくまっているのが見え、俺は見て見ぬ振りもできないしほかに歩いてる人もなかったのでその女性に声を掛けた。

この街にいる数少ない人族だしな。


「大丈夫ですか? どこか具合でも悪いんですか? 」


「う……ううっ……急に腹痛が……」


「それは大変だ。ちょっと待っててください、衛兵を呼んできますから! 」


「ま、待ってください! うっ……衛兵のお世話になったら夫に責められ……てしまい……ます。家がすぐ近くに……家族がいます……そこまで連れて……お願いします」


俺が衛兵を呼びに立ち去ろうとすると女性は俺の腕を取り、痛みに歪む顔で必死にそう訴えてきた。


この街にいる人族は傭兵と俺だけだ。この人はその傭兵の奥さんなのかも知れないな。

荒くれ者の旦那にDVでも受けているんだろうか? ポーションは外傷にしか効かないしな。

とりあえず家まで送って家族に引き渡すか。そこで旦那さんの居場所を聞いて俺が知らせに行った方がいいな。


それにしてもこの女性は日焼けした肌に腕にも筋肉が付いていて結構逞しいな。元ガーディアンとか? 顔はめちゃくちゃ美人だ。街にいた人族の傭兵も遠目に見たことがあるけど、みんなハリウッドスターみたいな顔付きだった。この世界の人族はホントに美形ばかりのようだ。


俺は黒いワンピースで胸もとをはだけさせている女性の胸を見ないようにしながら女性を背負い、家まで送ることにした。


「すみません……そこを左に……ええそうです。壁沿いのあの廃墟のような……貧乏でお恥ずかしい限りで……」


「そんなことないですよ。あそこですね。もう少し我慢していてくださいね」


俺は女性の指示通りに路地の奥へ奥へと行き、壁沿いにあるボロボロのビルへと向かった。


傭兵ってのは儲からないんだな。戦争中だし稼げそうな気もするんだけどな。


「そのビルです。中に入ると家族が……」


「わかりました。よっと。ここですね? でも人の気配が……」


俺が今にも崩れそうな3階建てのビルに入ると、そこには家の扉も人の気配もなかった。


「呆れた。こんな手に引っ掛かるなんてね」


背負っていた女性が突然身動ぎ、それまでの弱々しい声ではなく冷たくハッキリとそう言ったのが耳に入った瞬間。


「え? ガッ! 」


俺の後頭部を強い衝撃が襲った。


「路地に入ったところに人を配置していたのが無駄になったよ。このご時世にこんなお人好しがいるなんてね。いくら子供でもこれは酷すぎだよ。今回のことは勉強になったね坊や? 次はもう無いだろうけどね。アハハハハ! 」


俺は足に力が入らず前に倒れ込みながら振り返った。そしてだんだんと薄れゆく意識の中、手に剣を持ち俺を見下ろしながら高らかに笑う女の姿が見えたのだった。


しまった……罠か……なぜ俺を? ああ……あのエルフが雇ったのか……失敗したなぁ。

警戒すべきはリーゼではなく俺だった。

わかっていたはずだ。アイツは俺をリーゼから引き剥がしたかった。

殺される……ああ……リーゼ……ごめん…………今までありが……と……う。


意識がなくなる間際、目の前にリーゼの笑顔が浮かび上がった。

俺はその幻影に突然俺が消えることへの謝罪と、見ず知らずの俺をこれまで世話してくれたことへの感謝の気持ちを伝え意識を手放したのだった。




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