第7話 紋章





ガーディアンの基礎訓練課程を終えてから1週間が経過した。


この1週間は毎日のようにリーゼと出会った森へ行き、ゴブリンの残党狩りをして実戦経験積んでいた。

このゴブリンは非常に繁殖力が強く、放っておくと手に負えないほどに増えるらしい。そして増えすぎて食料や繁殖用のメスの数が足りなくなると、付近の村や街を襲い始め食料や女性を強奪していく。

この辺はテンプレ通りの生態のようだ。


魔法士協会も早め早めにフリーのガーディアンや傭兵ギルド。そして低ランクの歌魔法士に依頼を出してまで処理を急いでいるようだが、人手不足でなかなか処理が進んでいない状態らしい。

国軍は何をしているかというと、この森よりも強い魔物が放たれた大きな森に行っているため手が回らないそうだ。


とにかくエルフの国だからなのか、この国とダークエルフの国は森が多い。

ダークエルフはそれを利用して魔物を定期的に放っていき、エルフの国の国力をジワジワと削っているそうだ。

ただ、複数の人族の国ともダークエルフの国は面している。そのためダークエルフが制御しきれなかった魔物が行き、ダークエルフと人族の関係も悪いらしい。


まあそんな状態だからかゴブリン討伐の依頼は多い。

俺が訓練を受けていた時も、リーゼはしょっ中この森にゴブリン狩りに来ていた。

魔法士協会の調査でこの森にはゴブリンしかいない事は分かっていたらしいが、俺は訓練を受けながらも毎回心配で仕方なかったよ。


でも訓練が終了してからはリーゼと一緒に狩りに来ている。

今日も朝からこの森に来てずっとゴブリンを求めて歩き回り、もう数グループ狩っている。


「喰らえっ! 」


《 ギッ! 》


「ふう……これで全部かな」


「お疲れ様カナタ。もうゴブリン程度なら余裕ね」


「いや、数が揃うとまだまだ危ないよ。だからいま数に対抗できるように色々と考えてるんだ」


「最近街でちょこちょこ出掛けてるのはそのためだったのかしら? 」


「ああ、相手が多数でも上手くさばけるようにね。俺1人でリーゼを守るには、1対多数の戦いも身に付けないと」


ゴブリンなら5匹までならなんとかなるが、10匹に囲まれたら捌ききれない。リーゼの歌魔法なら一撃だけど、リーゼがなんらかの原因で歌魔法を使えない状況があるかもしれない。


歌魔法は強い。しかし欠点もある。


遠距離からの狙撃に犠牲覚悟の物量攻撃、そして当たり前だが声が出なければ歌えない。不意打ちで何者かに口を塞がれたら終わりだ。

そういった状況も想定して準備をしておかなければ、人を守ることなんてできない。


「私の歌魔法があるからそこまで慎重になる必要はないのに……けどそこまで私のために考えてくれているのは嬉しいわ。そうね……カナタなら……来週は国境近くの大森林の依頼を受けましょう。そこでカナタが複数のオークを倒せたら、私も安心できると思うの」


「え? それって俺をリーゼのただ一人のガーディアンとして契約してくれるってこと? 」


「うん。私でよかったらだけど……」


「いいに決まってるじゃないか! そのために俺は頑張ってきたんだ。リーゼのパートナーになりたくて強くなろうと努力してきたんだ。よーし! 頑張るぞ! オークなんてすぐに倒せるようになるから待っててくれよな! 」


やった! リーゼのガーディアンになれる!

リーゼのガーディアンになれたら、俺はこの気持ちをリーゼに……

この美しくてでも子供みたいに好奇心旺盛で、そしてとても優しいリーゼの恋人になりたい。

脈はあると思うんだ。最近は歩いてるとよく腕を絡めてくるし、部屋で一緒に音楽を聴いてる時もずっとくっ付いてるし。中学の時に経験したあの勘違いとは違って、今度こそ思い込みじゃないと思うんだ。


今まで告白できなかったのはヒモ状態だからだ。そんな状態で告白しても甲斐性なしって断られる可能性もあるかもしれないし、なにより俺が自信を持てなかった。

でもガーディアンとして生計を立てれるようになれば……


「うふふ、カナタったら。早くオークを倒せるようになって私を守ってね。その時は私も……」


「リーゼ……」


「カナタ……」



「チッ! まだいたのか! 」


くそっ! リーゼと見つめ合っていいところだったのに!


「んもうっ! カナタ! 今度は私がやるわ! 下がっていて! 」


「わかった! リーゼの綺麗な歌声を後ろで聴いてるよ 」


「やだ、そんなこと言われたら恥ずかしいわ。でもカナタのために歌うわね。『Song magic』 ! 」


リーゼが俺の言葉に照れながらもソングマジックと叫ぶと、突然周囲が暗くなり前方から木々をかき分けて向かって来ていた6匹のゴブリンの動きがピタリと止まった。

そして天から降り注ぐ光がリーゼとゴブリンを照らした。


ゴブリンは目をキョロキョロさせているが、身体は一切動かないようだ。

俺はその様子をリーゼの後ろから角度を変えながら見ていた。


やっぱりゴブリンは動けないみたいだ。

本来は契約したガーディアンでさえ歌い終わるまで動けないはずらしいが、俺はなぜか動ける。


この間そのことをリーゼに話したら、冗談だと思われて笑われてしまった。

教官にも歌魔法士が歌っている間は動くことができないのか聞いてみたが、通常の戦闘ではやはり誰も動けないと言われた。


特殊な例として教会で神の前で踊りを登録したガーディアンは、その決まった動きだけはできるそうだ。それ以外は何があっても動けないと言っていた。


俺はおかしいなぁと思いつつも、もしかしたら異世界人だからバグ的な何かでこの世界のルールから外れたのかも考えていた。歌魔法士の紋章は黒だしデカイしな。

俺はもう少し情報収集と検証を重ねることにして、リーゼにはとりあえずは気のせいだったということにした。




俺がリーゼの美しい声を聞きながらそんなことを考えていると、いつの間にかリーゼの歌が終盤に差し掛っていた。



『 Love time これからはあなたと私の愛が実る時間 もう誰にも邪魔させないわ♪ 』



これはウタガヒカルの曲だ。この曲は住む世界の違う男女の恋愛を描いた、大人気ドラマの主題歌にもなった。

あのドラマは良かったなぁ。最後に二人があらゆる障害を乗り越えて結ばれるラストが良かった。

ウタガヒカルの歌う主題歌も歌詞がとてもよく合っていた。


リーゼの頭上ではリーゼが音楽プレイヤーで何度も聞いて覚えたメロディを、妖精たちがピアノとヴァイオリンを使って演奏をしている。

時の止まった森に、メロディに乗ったリーゼの澄んだ美しい声が響き渡る。



『 あなたの笑う顔を見るのがとても好きなの 二人を引き裂く全てをあなたと風となり吹き飛ばすわ♪ 』



うん。うまく発動させたい現象を歌詞に組み込んでいる。歌としても違和感がない。

これは風で敵を切り裂く魔法のようだ。



『愛してる とても愛してるわ あなたと離れるくらいなら あなたを眠らせ二人であの川に入るわ♪ 』



え?



『二人であの川に沈みましょう♪ 』



ハッピーエンドの曲が無理心中になった!?


俺は『二人でこの愛を育てましょう』という歌詞を、無理心中風にアレンジしたリーゼに戦慄を覚えていた。



そして歌い終わったリーゼは振り返り、俺にウットリとした目を向けてニコリと笑った。

その表情はとても美しくて魅惑的だったが、俺は引き攣った笑顔しか返せなかった。

リーゼは俺のそんな反応を見てクスクスと笑っていた。


ああ、わざとか。初めて会った時にリーゼがうたた曲の歌詞が怖かったって前に言ったからな。

おとといもヤンデレっぽいの歌ってたから騙されたよ。

このイタズラ好きめ! でも可愛いいから許す!


「72点ね。おとといもそうだけど、新曲だからかなりいい点が取れたわ。カナタのおかげね♪ 」


リーゼにしか見えない採点結果をリーゼが教えてくれた瞬間。ゴブリンの周囲に小さな竜巻がいくつも出現し、一体一体を呑み込みそして切り刻んでいった。

どうやら竜巻の中はカマイタチが発生していたようだ。


「一瞬だな。やっぱり歌魔法は凄いな。今ので中級クラスだっけ? 」


「そうね。複数の敵を同時に攻撃するのは中級魔法になるわ」


「60点以上で発動するやつか。神の採点てどんな風なの? 」


「対魔法士以外だと簡易的な物よ。合計点しか出ないもの。神様は対人戦以外はあまり興味がないのよ」


「神様はカラオケバトル好きかよ……」


まあ戦闘の度に採点させられても大変だろうしな。対人戦以外は部下の天使にでも採点させてるのかもな。


「からおけ? なにそれ? 」


「いや、なんでもないよ。それより今日の依頼数は達成したしもう帰ろうよ」


歌魔法士が魔物を倒した場合は特に証明部位などはいらない。歌魔法での戦闘記録は首の紋章に自動的に記録される。魔法士協会で専用の魔道具に手を当てれば記録を見ることができる。これは契約したガーディアンが倒した場合も歌魔法士の紋章に記録される。


それ以外の未契約のガーディアンや傭兵は、指定された部位を持ち帰らないといけないけどね。俺の分はもうリーゼに借りているマジックポーチに回収済みだ。

このマジックポーチは見た目の10倍の容量がある。なんでもエルフの国でしか作れない物らしい。

お値段なんと200万ディア! 畳半分くらいの容量のポーチに200万……


このマジックポーチはエルフの国一番の演奏魔法士が、古代から伝わる空間拡張の秘曲を奏でるとその魔法が物に付与されてできるらしい。人ではなく物に魔法を付与するのは相当難易度が高いらしく、現在1人しかそれができる演奏魔法士はいないそうだ。


このほかにリーゼの持っているマジックバッグもあるし、バスケットボールほどの大きさの箱に魔力を通すと展開するテントもある。トイレの魔道具が設置されている物や、脱衣所付きシャワー室なんてのもあれば、1Rマンションほどの広さの部屋にベッドや家具、トイレにキッチンにシャワー室まで設置されたマジックテントまであるそうだ。これは最大で2LDKの物まで売っているらしい。

ちなみにお値段は4千万ディア……お値段もマンション並みだった。


リーゼはトイレのマジックテントを持っているらしい。まあ女性には必須だよね。これは全てを処理してくれるトイレの魔道具がセットで50万ディアと手の届く値段だ。

今後ランクが上がったら遠方の依頼も増えるし野営の機会も増えるらしいから、いずれマジックテントを買おうと思っているらしい。ちなみにこれは1Rタイプで800万ディア。高い……



「そうね。指定されたエリアは回ったし、ゴブリンも20体倒したし帰りましょうか。今日の夕食は街のレストランで食べましょ。そこで昨日の『美女なのに野獣』の物語の続きを聞かせて欲しいわ。新曲の歌詞に使えそうなのよね」


「ああ、うろ覚えな部分もあるけど、ラストは覚えてるから教えてあげるよ」


最近リーゼは地球の恋愛系の物語の話に夢中だ。決まってハッピーエンドの話を聞きたがる。悲恋とかは本当はあんまり好きじゃないみたいだ。

多分俺の反応が面白いからというだけじゃなく、優しいリーゼのことだ。これから敵の命を断とうという時に幸せな結末の歌を歌う気分になれないんじゃないかな。


「カナタの話す内容ならなんでもいいわ。カナタはとても話し上手だもの。プライドばっかり高くて、面白みのないエルフの男とは大違いだわ」


「リーゼにそう言ってもらえると嬉しいよ。幻滅されないように気をつけなきゃな」


そうだ。幻滅されるようなことはしてはいけない。リーゼに歌魔法士の紋章を見られてはならない。

リーゼの前で歌うようなことがあってはいけない。

俺は今日まで音楽プレイヤーを片手に、この歌手は歌は上手くないけど作詞作曲の能力が高いから売れたとかさんざん偉そうなことを言ってきてしまった。

そんな俺を尊敬の眼差しで見つめるリーゼに気分良くなり、俺の『おまいう? 』論評は止まらなかった。


フッ……俺は好感度を上げるために自分を追い込んだ愚か者さ。


「カナタと出会ってから毎日が楽しいわ♪ 音楽も凄く勉強になるし。さあ、協会で手続きを終わらせてご飯を食べに行きましょう」


「あ、ああ」


俺は俺の腕にその細腕を絡めて歩き出すリーゼに引っ張られながら森の出口へと向かっていった。

革の胸当てに押し潰されて盛り上がるリーゼの胸を見つめながら。









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