第6話 訓練
「全部で320万ディアとなります」
「はいこれね。お釣りは半金貨と銀貨でもらえるかしら? 」
「ええ、いいですよ。では半金貨5枚と銀貨30枚で」
「ありがとう。それじゃあカナタ行きましょ。ふふふ、似合ってるわよ」
「ああ、でもこの全身鎧は常に身体強化してないと厳しいな。訓練所のやつより重い」
「黒鉄が混じってるからよ。黒鉄は魔力を通すと固くなる性質があるんだけど重いのよね」
「なるほど。この完全に黒鉄の剣もかなり重い。でも折れないならその方がいいな」
リーゼと出会ってから2週間が経過した日の朝。
俺はリーゼと共にこのエフィルの街の武器防具店に来ており、リーゼに中古の剣と鎧を買ってもらったところだ。
灰色の全身鎧に黒い剣。訓練所で貸し出されていた鉄のハーフプレートアーマーと違い、ヘルムまで付いたフルプレートアーマーだ。しかしとにかく重い。常に身体強化を掛けてないと歩けないほどだ。
でも今の俺なら使いこなせる。この2週間、それだけの訓練を受けてきたんだ。
リーゼと出会った翌日。俺はリーゼに魔法士協会に連れて来られ、ガーディアンの講習を特別に受けさせてもらえることになった。
特別にと言うのは、エルフの国の魔法士協会は自国の魔法士とガーディアンを育成するために運営しているものなので、他国の人間は加入できないんだ。人族の国の魔法士協会はどのような種族も受け入れるらしいが、エルフはその辺は閉鎖的だ。原則、エルフだけしか魔法士協会には加入できない。
なのになぜ人族の俺が魔法士協会で訓練を受けることができるようになったかというと、リーゼの母親が魔法士協会のお偉いさんだったからその権力で受けることができた。リーゼの母親は元A級で凄腕の歌魔法士だったらしい。
リーゼが魔導通信機で連絡をして頼んでくれたようで、母親に俺の容姿が普通の人族と違うとか色々説明してくれたそうだ。音楽プレイヤーのことは口止めしているから話さなかったみたいだけど、黒髪と言ったところでそれまで駄目の一点張りだった母親の態度が急に変わったらしい。
リーゼは不思議がってたけど、俺はリーゼの母親が何か知ってるなと思ったよ。
まあそんなこんで人族の俺が魔法士協会で、ガーディアンの訓練を受けることができるようになったんだ。
魔法士協会は街の外壁沿いにあって、広いグラウンドに5階建の建物が建っているような外観だ。
イメージしていた冒険者ギルド的なところとは違い、見た目や造りは学校みたいなところだった。
建物の中はお役所みたいな感じで1階に受付窓口が複数あった。どうやら地下にも訓練施設があるようで、そこは歌魔法士と演奏魔法士専用の訓練施設らしい。
協会には協会の職員や訪れていたほかの歌魔法士、楽器を手にしている演奏魔法士らしきエルフ。そしてガーディアンと思わしき全身鎧姿のガタイの良いエルフたちが大勢いて、俺は彼ら彼女らの視線を一身に受けながら協会を歩いた。もうね、これほど大勢に見られると芸能人ていうより、珍獣として見られてる感覚だったよ。
そして受付を終えたリーゼの後を付いてグラウンドに行き、彼が訓練教官よとリーゼに壮年の隻腕のエルフ男性を紹介された。
その男性はダイロンといい、俺が人族ということ見たことのない髪と目の色に驚いていたが気さくに握手を求めてきてくれた。
俺は差し出されたてを握り握手に応じた。が、どうやらそれは実力を測るテストだったらしく、手が砕けるんじゃないかってくらい力が入っていた。
俺は慌てて身体強化を全力で行い汗をダラダラ流しながらなんとか力を拮抗させ、手が砕けるのを防ぐことに成功した。
ダイロンはニヤリと笑い人族なのになかなかやるなと言って手を離し、これならいいだろうと俺への訓練を受けてくれた。
隣でリーゼがなかなかやるでしょ?と得意げに言っていたが、俺は手が痛くてそれどころじゃなかった。
そしてその日から2週間。朝から晩までみっちりと技術訓練を行った。
毎日ドSの教官とほかのガーディアンに身体中を打ちのめされ腫れ上がり、身体強化をしていなかったらとっくに全身打撲で死んでいたかもしれない。途中何度も逃げたくなったしホテルから協会に行きたくなくなったりしたが、その度にリーゼが部屋まで迎えにきて『今日も頑張ってね』とか言うもんだからさ、生活費に高い訓練費用まで出してもらってここで挫けたら男じゃないって頑張ったよ。
好きな子の言葉ってそれだけでもう魔法だよな。
リーゼと限界まで追い詰める教官のおかげで俺は身体強化を完全にモノにできた。そして身体に接触している物に魔力を流す技術も身に付けた。この二つができるようになることが、ガーディアンの最低条件らしい。
俺は魔力を外に出す能力がかなり高いらしく、これはすぐに身に付いた。イメージが大事らしいから、恐らくラノベのおかげだろう。まあだからって魔力弾とかいって魔力の塊を撃ち出すことができるわけじゃないんだけどね。
この世界では魔力は触れている物にしか流せないし、魔法みたいな現象は起こせない。
それができるのは歌魔法士と演奏魔法士だけで、神に歌と曲を捧げると同時に魔力も捧げ魔法を発動する。
それ以外の人間は身体強化するくらいしかできない。歌魔法士の前では普通の人間やガーディアンは、罠や死角からの弓による狙撃などで不意打ちをするくらいしか抵抗する術を持たない。
まあその不意打ちで歌魔法士がやられるのもしばしばだ。低ランクの歌魔法士だと広範囲魔法を発動できないから、数の暴力で倒されることもある。だからガーディアンの需要があるんだけどね。
歌魔法士との戦闘では役に立たないが、ボディガードとして未契約のガーディアンを連れ歩くこともあるそうだ。今の俺の立場だな。
そして長い訓練期間を終え、最終日にダークエルフとの国境近くの山に教官とその助手のガーディアンたちと行き、そこでゴブリン5匹を相手に実戦訓練をしてギリギリ合格をもらった。
ギリギリというのは、ゴブリンをなかなか殺しきれなかったからだ。教官にトドメを刺せって怒鳴られ殴られて、やっと泣きながらゴブリンの首に剣を刺して殺した。
教官は別に人種を殺すわけでもないのに何が辛いのか理解できないと言っていたが、こちとら平和にどっぷり浸かった日本人だ。魚すら殺したことがない俺に子供ほどの大きさで、人型のゴブリンを殺すとか難易度高すぎなんだよ!
その日は吐いたりずっと青ざめた顔をしていて、ホテルの俺の部屋で帰りの遅い俺を心配して待っていたリーゼが俺を見てビックリしていた。俺は正直に生き物を殺すのが怖かった。辛かったと話したらリーゼはそっと抱きしめてくれた。そしてそういう優しいカナタは好きよと言ってくれて、情けないやら嬉しいやらで複雑だった。
でも俺はこの子を守るためにこれまで頑張ってきたんだ。ゴブリンだろうがなんだろうが殺さなきゃ守れないんだって改めて覚悟を決めることができたよ。
そして翌日。厳しくて有名だったらしいダイロンの訓練を耐えた俺へのご褒美ということで、リーゼが俺に装備を買ってくれることになった。
正直これ以上リーゼに甘えるのはと思ったが、リーゼを守るためには最低限の装備は必要だ。
俺はリーゼ以外のガーディアンになるつもりは全くないし、リーゼから離れるつもりもないからこれはリーゼのための装備だと思うようにした。
しかし中古なのに300万という金額を聞いて腰が引けたのは確かだ。
リーゼにお小遣いをもらってこの街で何度か訓練に必要な物とか買ったが、物価なんかは日本に近かった。
この世界の通貨は共通で『ディア』という。これは世界各地にあるミローディア教会が発行している。
だいたい1ディア1円で間違いないと思う。んで貨幣は銅貨や銀貨で特殊な加工がされている。
貨幣ごとの単位はこんな感じだ。
銅貨=10ディア
大銅貨=100ディア
半銀貨=1000ディア
銀貨=10000ディア
半金貨=10万ディア
金貨=100万ディア
白金貨=1000万ディア
ちなみに国から支給される歌魔法士の給料はD級で年間1千万ディア、C級で3千万ディアらしい。B級なんかになると億になるそうだ。しかもこれはあくまでも基本給で、魔法士協会からの依頼をこなせば、その難易度により追加報酬をもらえる。D級だと1依頼10万ディアとからしいが、戦争のあとは依頼が多いらしいからかなり稼げるらしい。
ガーディアンも契約した歌魔法士のランクによって国から給料が出る。D級歌魔法士のガーディアンで300万ほどだ。C級のガーディアンだと倍になる。その分死亡率も倍に上がるけどね。
ああ、ガーディアンも依頼ごとに歌魔法士から報酬をもらえるそうだ。そうやってお互い友好な関係を築いていくらしい。
俺も早く稼げるようになって、リーゼに俺に投資した何倍ものお金を稼がせてあげたい。
日本にいたら経験することが一生無かったほどキツくて辛かった2週間だったけど、毎日俺の部屋でリーゼと一緒に音楽を聞いたりゲームをしたりしてリーゼとの距離がグッと縮まったのは嬉しい。
今では俺の部屋の鍵はリーゼが持っていて、俺が訓練を受けている時とか自由に部屋を出入りしている。シャワーを浴びにいく時や、寝る時以外はほとんど一緒にいるよ。いつか寝る時も一緒にいれるようになりたいものだ。そのためにはもっと強くなってリーゼを守れる男にならないとな。
「ふふふ、カッコいいわよカナタ。それじゃあカナタと出会ったあの森で、巣を作ったゴブリンがまだいるみたいだからリベンジしに行くわよ。訓練の成果を見せてね」
「ああ、任せてくれ。もうあんな情けない姿は見せないよ。ゴブリンだけではなく、オークにオーガだって倒してリーゼを守れるようになるから」
「カナタ……うふふ、ほかのエルフの男に同じことを何度も言われてきたけど、カナタに言われると嬉しいわね。不思議ね。ちゃんと私を不意打ちから守ってね? 私のガーディアン見習いさん♪ 」
「う、うん」
俺は腕を絡ませて上目遣いにそう言うリーゼにドキッとしつつも、リーゼの目をしっかりと見つめて頷くのだった。
とにかく実戦だ。俺に足らないのは実戦経験だ。
リーゼがいるなら俺は戦える。オークだろうがオーガだろうが全て倒してやる。
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