第5話 紋章





「ランランラ〜ン♪ あっ、タイミングがズレたわ。この曲は難しいわね。ランララン♪ えいっ! やったわ! なんとか次のステージに行けたわ! 」


「あ、うん。初めて聞く曲なのに凄いな。次の敵を倒す曲は少し難しいから落ち着いて」


「うふふ、まかせて! 私にかかればどんな曲でも……えっ!? なにこれ! は、速い! 指が追いつかないわ! 」


「ポップミュージックの中でもかなりハイテンポだからね。俺もその曲でよくつまずくんだ」


俺はベッドで寝転がりながらうつぶせのじょうたでスマホを手に持ち、ダウンロードされている音ゲーをやっているリーゼにそう言った。


ホテルの部屋をリーゼにとってもらい設備を確認してから荷物の整理もせずにボーッとしていたら、リーゼが胸もとの開いた部屋着っぽい白いワンピース姿で訪ねてきた。


俺はリーゼのCはありそうな胸の谷間をガン見しつつ、部屋へと招き入れた。

そして約束していた音楽プレイヤーを渡して2人でソファに座り、色々な曲をリーゼに聞かせた。

音楽プレイヤーのディスプレイに表示される文字をリーゼは読めないので、俺が次はどんな感じのが聞きたいかリーゼに聞きながら選曲していった。


リーゼはバラード系が好きなようで、特に綾奈や芝崎コウの曲を気に入っていた。何度も聞いていたから、歌詞を変えて攻撃魔法に使うみたいだ。

どうも攻撃魔法を放つには、歌詞に起こしたい現象を入れる必要があるらしい。それが強い言葉であればあるほど、難易度の高い曲であればあるほど強力な魔法が発動するようだ。


なるほど、これは強力だな。歌っている間は周囲の生物は動けない。歌が上手ければこの世界で無双できそうだ。俺には縁のない話だが……


まあそんな風にリーゼに音楽を聴かせて、リーゼの喜ぶ表情を見て俺は可愛いなぁとかデレデレしていた。そしてこれなんて言ってるの? と時折リーゼがイヤホンの片方を俺に差し出してきて、頬がくっ付くくらい近づいて一緒に曲を聴いたりしてこれがリア充かとドキドキ体験をしていた。


そこでふと俺はスマホにダウンロードした音ゲーのことを思い出して、リーゼにこんなゲームがあるけどやる? って一度やって見せたら、なにそれなにそれ!って目をキラキラさせて食い付いてきた。

どうもリーゼはエルフの中でも飛び抜けて好奇心が強く、新しいものが大好きらしい。


そして画面の上から下へと次々と流れてくるバーをタイミングよくタップしていき、ピアノの音で曲を完成させて魔物を倒していくゲームにリーゼはハマった。もうかれこれ1時間以上ベッドの上でやっている。

俺はそんなリーゼの横でベッドに押しつぶされる胸と、ワンピースがまくれ上がりチラチラ見える白い太ももをずっと眺めていた。


しかしそんな楽しい時間は、スマホの電池切れにより終わりを告げた。


「ああ!? 良いところだったのに! 」


「電池切れだね。2時間ほど充電すればまた満タンになるよ。こっちの音楽プレイヤーは早々に電池切れにはならないから、音楽は聴くことができるよ」


スマホは機内モードにして節電モードにもなってるけど、ゲームをやるとすぐ充電が無くなるんだよな。

音楽プレイヤーは長く持つけどね。


「電気ってやつなのね。魔石式なら魔石を交換すればすぐ使えるのに……仕方ないわ。これだけ凄い物なんですもの。それにしても不思議だわ……この小さなカードみたいな物に映像が映し出されるのも、音が出るのも」


「いくつか音楽動画も入ってるけど、電池の消耗が激しいんだ。それはまた今度見せてあげる」


「動画? よくわからないけど、このゲームというのは楽しかったわ。楽器を弾けるようになった気分よ。カナタは私の知らない物をたくさん持っていて凄いわ。もう離れられないかも」


「え!? あ、あははは。それは嬉しい……かな? 」


いかん! ゲームや音楽プレイヤーに魅力で負けている。敵は強大だ。


「ふふふ、冗談よ。でも新しいものをたくさん知れて凄く幸せ。作曲家の作る新しい曲はどれも似たような物ばかりで飽きてたのよね。私に曲作りの才能は無いから、詩を書いて高いお金を払って作ってもらうのだけどイマイチなのよ。それでももったいないから畜魔音機に録音してもらうんだけどね」


「オリジナル曲か。それは難しそうだな」


どうやらリーゼはハープやオルガンなどの楽器は弾けないようだ。

それで演奏魔法士ではない演奏家に曲作りを依頼するのだけど、流行りというか定番の曲しか作らないらしい。かと言って使い古された既存の曲や歌を歌っても、魔物相手ならいいが対魔法士との戦闘では勝ちにくいそうだ。

歌魔法士との戦闘はカラオケバトルらしいからな。神様も聞き飽きたりするのだろうか?

名曲はいつまでも経っても名曲だと思うんだけどな。採点の項目に新曲だと有利なもんでもあるのかね?


歌魔法は起こしたい現象によって初級、中級、上級魔法に区分されて、相手より良い点を取ってもそれぞれ最低点数に満たないと発動しないみたいだ。命がかかってる分、より高得点を取れる可能性のある新曲を歌おうとするのはわからないでもないけどな。


「でもカナタが教えてくれた曲で新しい歌ができそうよ。やっぱりオルガンよりピアノよね」


「そ、そうだね。オルガンはオルガンで心に響く音を奏でるけど、綾奈とかの曲はピアノじゃないと合わないかな」


いや、そこまで音楽のこととかは知らないんだけどな。中学の時に縦笛さえ満足に吹けなかった俺が音楽を語るなんて……とりあえず女の子との会話で、当たり障りないことしか言えない自分の知識の無さが憎い!


なんでよりによって音楽が重要視される世界に連れてこられたんだ? 音痴な俺への嫌がらせにしか思えないだろ。聞くのは好きだけど、楽器とかまったく興味ないんだけど。

音ゲーだって今日初めてやったリーゼに、さっき自己最高記録を抜かれて軽くショックを受けてるレベルなんだけど。


「いい音色よね。人族が好んで使うって聞いたわ。あ、カナタお腹減ってるでしょ? 一緒にホテルのレストランに行きましょう。お腹いっぱい食べてね」


「ありがとう。実はお腹ぺこぺこだったんだ」


いつのまにか窓から歌見える空は暗くなっており、さっきこの世界の時刻と合わせた時計は夜の7時を表示していた。

俺はリーゼに連れられて2階にあるレストランへと行き、鳥つぽい肉とやたら野菜の多い料理に凄く美味しいスープを堪能して部屋へと戻ってきた。


そしてリーゼに音楽プレイヤーを差し出し、気になった曲があったらその表示された画面の文字を書き写しておいてと伝えて渡した。

リーゼは凄く嬉しそうに受け取って、ありがとうと俺の頬に軽くキスをして自分の部屋に戻っていった。

俺はキスをされた頬に手をやりしばらく呆然と立ち尽くしていた。

これがリア充か……


俺はエルフやばいわ〜、リーゼ反則すぎだわ〜。なんて考えながらもゆっくりと動き始め、まずは荷物の整理を始めた。

まずはリュックに無理やり詰め込んではみ出しまくっている飯田の荷物を取り出し、自分のリュックの中身を整理した。

リュックからは着替えなどの衣類、デジカメ、水筒、薬類、充電式電気ライター、ヘッドライト、非常食にお菓子を取り出した。そしてベストのポケットに入れていた十得ナイフや、ベルトに固定していたサバイバルナイフなども出して並べた。


次に非常事態ということで飯田のリュックを開けたら、やはり俺と同じ色違いの黒い音楽プレイヤーと手回し式充電器が入っていた。SDカードもあり、さすが音楽好きの飯田だと思った。


「このプレイヤーは予備として使えそうだ。手回し式充電器も持ってきていてくれたのはありがたい」


海に行った時に飯田は忘れてきたからな。期待半分だったけど、忘れず持ってきていてくれて良かった。

しかもフル充電されている。


「ん? なんだこれ? オイオイ……あいつ何考えてんだよ……」


俺は飯田のリュックから手回し式充電器を取り出し、ズボンやシャツなどを取り出ししていると、一番底のところに箱があることに気付いた。そしてそれを取り出し見てみると、未開封の米国製の折りたたみ式スリングショットだった。


スリングショットとは、Y字型のさおにゴムを張り、弾とゴム紐を一緒につまんで引っ張り手を離すと弾が飛んでいく狩猟の道具だ。日本でもパチンコと呼ばれるおもちゃのような物はある。

しかしこれはそんな生易しい物じゃなさそうだ。いかにも本格的な見た目で、ゴムも太い。予備のゴムまで買ってあるようで、飯田は本気でこれを使って狩りをするつもりだったのだろう。


「あいつがキャンプ場で、鳥を獲って食べようとか言ってたのは冗談じゃなかったのか。アホだろ。まあ牽制に使えなくもなさそうだから有り難く使わせてもらうか」


俺は日本語翻訳付きの説明書をひと通り読み、飯田が用意したのだろう。50個くらい入っているパチンコ玉の革袋からパチンコ玉を取り出し、ゴムを引っ張ってみた。


「ぐっ……これはなかなか……身体強化すれば余裕だが、結構力がいるな」


ゴムは強力で、普通に引いたら10回ほどで指に力が入らなくなりそうなほどだった。

俺は何かの役に立つだろうと、折りたたんだ後に付属のベルトに装着できる革製のケースに入れた。


それからは小さめの飯田のリュックを普段背負うことにして、必要となる道具を入れていった。

リーゼは小さなポーチしか持ってなかったけど、荷物とかどうしてたんだろうな? 車にでも常備してるのかね?


「よしっ! さてシャワー浴びて寝るか」


俺は明日の準備を終え、着替えを持ってシャワールームへと向かった。石鹸やシャンプーにタオルは部屋に常備されていた。この辺はこの世界の文明が中世とかじゃなくて良かったな。何日も濡れタオルで身体を拭くとか勘弁して欲しい。


そして脱衣所で汚れたズボンとトレーナー、そして下着を脱いでシャワー室に入り地球と同じ赤い蛇口と青い蛇口を開いてお湯が出るまで少し待った。そこでふと目の前の鏡に映る自分の姿が目に入り、俺はあまりの驚きにシャワーヘッドを取り落とした。


「ええ!? な、なんだこれ! な、なんで!? しかもデカくね? それに黒!? 」


俺の胸の中央には、歌魔法士の証であるハープと天使の羽の紋章が刻み込まれていた。

その紋章はリーゼの耳の下にある紋章の倍近い大きさで20cmほどはあり、しかも銀色ではなく黒色だった。


歌が魔法になる世界で音痴の俺が歌魔法士だと?


こんな物を持ってるなんて知られたら間違いなく歌わされる!

人族からしてみたら千人に1人の歌魔法士だ。エルフは10人に1人だけど総数が少ない。

リーゼだって聞きたいとか言うかもしれない。


ダメだ……それだけは絶対にダメだ。


俺は中学の時に初めてカラオケに友達と行った時に、自分が音痴なんだと気付いたんだ。

最初は黙ってみんな聞いていてくれたけど、そのうち俺が歌い始めるとみんなトイレに行くんだ。次の曲を選ぶ手を止めてまでだぜ?

そして歌い終わるとマラカスとタンバリンを持たされて、クラスの女の子に次の曲を選ぶ手をそれとなく封じられるんだ。


俺だってそうじゃないかなとは気付いてたさ、歌詞を歌い終わった時にあれ? って思うことも何度もあった。でも8人で行って全員トイレに行くとか、それほどまでとは思わなかったんだ。

それ以来人前で歌うことはしなくなった。歌うのは好きなんだけどな。1人の時だけに歌うようにしてるよ。


でも、だからこそ音楽が重要視される世界でそんな俺が歌ってはいけない。

せっかく見た目でアドバンテージを取れてるんだ。自分からそれを放棄する必要はない。

このままガーディアンとして強くなれば、俺はエルフにモテモテになるのは約束されてるんだ。


「よしっ! 見なかったことにしよう。どうせ俺が歌っても最低点数には満たないだろうしな」


確か風の刃を飛ばす初級魔法で40点だったか? 詳しい採点方法はわからんが、機械ならともかく音楽の神が採点するとか絶対厳しいだろ。


この紋章は色付きのシャツを着て隠しておこう。黒がいいか。

リーゼと恋人同士になれたらそっと打ち明けよう。今は好感度を上げることだけに集中するんだ。


だいたい紋章の色が黒ってなんだよ! 黒って! 不吉過ぎだろ! バレてエルフの国を追い出されるかもしれない。

この楽園(予定)から追い出されるなんてことになったら大変だ。

日焼けでもして目立たないようにできないかな。日焼けサロンとかこの世界にあるかな……










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