第3話 ガーディアン見習い
「リーゼ、ちょっとこれを見て欲しいんだ」
「ん? 車を止めてまでどうしたのよ……なにこれ? 白い何かのカード? にしては厚いわね。このヒモは何かしら? 首には掛けられないわよね……」
俺は胸に掛けていたポーチから、手のひらにすっぽり入る大きさのMP3音楽プレイヤーとイヤホンを取り出してリーゼに見せた。
無線式のイヤホンは充電が面倒で持ってないんだよね。
リーゼはこれがなんなのかわからないようで、イヤホンを手にとってどうやって首に引っ掛けるのか色々と試していた。その姿がかわいいのなんのって。
「これはヒモじゃなくてイヤホンて言ってここから音が出るんだ。耳にこうやってはめてみて」
俺は自分の耳にイヤホンを付けて見本を見せ、リーゼに同じようにしてもらえるように言った。
するとリーゼは音が? と半信半疑な様子で言われた通りイヤホンを耳に付けてくれた。
エルフの長い耳にイヤホンが……イイ……
「そ、それじゃあ音が出るからびっくりしないでね? うーんと……これにするか」
俺はそう言って多分リーゼが好きそうなジャンルの曲を選曲して、再生ボタンを押した。
「え? な、なにこれ! 音楽が! ……あ……ああ……なんて曲なの……言葉はわからないけど凄く……切ないわ……」
リーゼはイヤホンから聞こえてきた音にビックリして、でもそこから流れる曲にすぐに魅了されていった。
俺が選曲したのは天才女性シンガー絢奈の『三日目の月』だ。この曲は愛する人と会えない時の女性の気持ちを歌っている。こんなに好きな人に想われたいと思える歌で、俺のお気に入りの一曲だ。
しかし音楽プレイヤー越しだと日本語がわからないのか……どういう力が働いているんだ? まあいいか、これもリーゼに提供できるサービスになるな。
「どうだった? この中には色々な600曲以上の色々なジャンルの曲が入ってる。今聴いた言語の曲なら俺が翻訳できるよ。ちなみに今の曲は好きな人と会いたいのに会えない気持ちを歌っているんだ」
俺は曲が終わったのに呆然と宙を見つめるリーゼに、この音楽プレイヤーの魅力を説明した。
リーゼは600曲あると言った時と翻訳すると言った時にビクンと反応し、ゆっくりと俺へと目線を合わせてきた。
「い……いい……凄いわカナタ! 人族の歌でもこれほどの曲は無いわ! それにこれは畜魔音機だったのね! こんなに小さいのに凄いわ! しかもこの中に600曲も入ってるの!? 信じられないわ! 」
「う、うん……本当だよ。なんなら同じ歌手の別の曲を流してあげる」
リーゼはMP3音楽プレイヤーを持つ俺の手をガシッと握り、満面の笑みを浮かべ興奮していた。
俺は顔を寄せてくるリーゼと目を合わせるのが恥ずかしくて、握られた手を見つめながら別の曲を選曲した。
しかし畜魔音機というのがどういうものかは知らないけど、名前から察するに恐らくレコードプレーヤー的な物で大型なんだろう。車とかの技術は発達していても、オーディオ系はまだまだみたいだ。
それから数曲リーゼに聴かせたところで、このMP3を聴くには充電が必要だと説明した。
すると電気がなにかわからないようで、色々と説明したが動力としてしか伝わらなかった。
どうやらこの世界には電気が無いようだ。
こと世界のエネルギーは、採掘される色々な種類の魔石から得ているらしい。この車も魔石を加工した物を燃料として動いているそうだ。
電気が無いから地球とは技術的な進歩に偏りがあるのかもな。
まあ電気が無いのは残念だけど問題ない。俺は手回し式充電器を持っている。これは結構な大容量で飯田に勧められて買ったやつだ。4千円したが一度手回しで発電して内臓電池にMAX蓄電したら、携帯3台はフル充電できる優れものだ。ソーラーパネルまで付いているから、晴れの日に1日太陽に当てておけば携帯一台分くらいの電力は貯まる。
ちなみに手回しでの発電量は1分回して携帯で3分通話できる程度だ。まあ1台分フル充電するためには数時間回さないといけない。この内蔵電池に手回し発電だけでフル充電するとしたら、俺の手は腱鞘炎になるだろう。
でも持ってきたこの手回し式充電器には、パソコンからUSBであらかじめMAX充電してある。
まずはこれが無くなってから、ソーラーパネルと手回しで充電していこうと思う。身体強化があるから俺の手首は大丈夫なはずだ。
「なるほどね〜同じ人族の国でも、カナタのいた国では技術が遥かに進んでいるのね。こんなに凄い物や音楽があるなら私も行ってみたいわ。あ、そういえば200年ほど前にとても遠い人族の国から、不思議な道具を使って音楽を伝えに来た人がいたって聞いたことがあるわ。その人は獣人の国に現れたみたいなんだけど、その頃から獣人の歌う音楽の種類が増えたって言ってたわね。獣人たちはその人のことを神のように崇めてたそうよ? 」
え? マジか! 俺みたいなのが過去に来てたのか! でも200年前? そんな時代に携帯音楽プレイヤーを持ってる奴が? もしかしたらよくラノベでよくあるアレか? 次元をまたぐ時に色んな時代に飛ばされるってやつか?
地球にも未来から来ましたっていう未来人が度々現れるしな。本物かどうかは別として。
まあそう仮定するなら地球の車に似た車があるのも納得だ。そういう人たちの中で車に詳しい人がいたんだろう。動力エネルギーと原理さえわかればとりあえずは作れるからな。そこから技術を発展させて今に至るんだろう。
この魔導車はスピードはそんなに出ないみたいだけど、乗り心地は凄くいい。スピードなんてそんなに出ない方がいいんだ。その方が交通事故も減る。
「あ〜多分同じ国の人かな? 船で来たわけでもなんでもないんだ。突然転移してきたみたいな、そんな感じなんだよね。だから自分の国がどこにあるかもわからない。もちろん帰る方法もわからない。だからエルフの国でしばらく生活するしかないかなって。この状態で人族の国に行っても大差ないだろうし」
「転移?……神が現れる時みたいな現象かしら? 神界から突然姿を表すのよね……もしかしてカナタは神様の国から来たの? 」
「え!? 違う違う! 多分神界みたいな別の世界から来たんだとは思うけど、鏡の中の世界とかそういうレベルのところだよ。決して神の世界ではないよ? 神なんて見たことないし」
「ええ!? 神様を見たことがないの!? 魔法士でなくても神様は見る機会が度々あるものなのよ? う〜ん……もしそれが本当なら、カナタの言うように鏡の中の世界みたいな別世界なのかもしれないわね。だって神様を見たことがない人なんて初めて聞いたもの」
え? この世界は神様に会えるの!? しかも神様に会ったことがないの? って驚かれるレベル!?
色々聞きたいが、でもここは話を合わせないと進まない。
俺は神様について聞きたいことをグッと堪えて話を進めることにした。
「ま、まあそういう訳でせっかくリーゼが手配してくれても、俺はもといた国に帰れないんだ。だからリーゼの側に置いてくれないか? 俺は新しい音楽を提供してリーゼを守る盾にもなる。戦闘経験はないけど、頑張って覚えるからとりあえずはガーディアン見習いとして置いて欲しい 」
「なんとなくカナタが言ってることがわかってきたわ。そういうことならカナタがどこでも生きていけるように、立派なガーディアンになれるまで鍛えてあげるわ。色んな音楽を聴けるのもすっごく魅力的だしね」
よしっ! なんとかなった。これでこの世界で生きていくことができそうだ。魔物と戦うのは怖いけど、こんな女の子でさえ戦ってるんだ。俺にだってできるはずだ。できるよな?
身体強化頼みになりそうだけど、技術かなんかは実戦で覚えていくしかないだろう。
訓練所みたいなのがあればいいんだけどな。
まあ傭兵やるよりは大丈夫なはずだ。ガーディアンはパートナーの歌魔法士がいて、相手が魔物だけなら死なないみたいだしな。
「ありがとう。頑張って一人前のガーディアンになるよ。そしてリーゼに恩返しをする」
「うふふ、律儀なのね。気にしないで、たまたま近くに私がいてたまたま笛の音が聞こえた。そしてたまたま私でも倒せる魔物だったから助けただけ。カナタの運が良かったのよ」
くうぅぅ。カッコイイ! 主人公がお礼を受け取らないくらいで惚れたヒロインたちよ、チョロインとか言って(以下略)
「そんな事はないよ。見て見ぬ振りも聞かなかったフリもできる。誰かが襲われてるからと、それを助けなきゃとリーゼが思ったから俺は助けられたんだ。本当に感謝しているありがとう。拾ったこの命だ。今後はリーゼを守るために使わせてもらうよ」
笛が聞こえようが聞こえなかったフリはできる。誰かが襲われているかもしれないからと、わざわざ現場に行こうとするのはリーゼが優しい人だからだ。助けに行ってもしも強力な魔物がいたらリーゼだって危なかったはず。
身体強化を知らないあの時の俺が、剣や棍棒を持つゴブリンに勝てたとは思えない。俺はリーゼに間違いなく命を救われた。ならばこの命を使いリーゼを守り恩返しをしなきゃ男じゃない。
俺はそう考えることにより、このエルフ美女の側にいたい気持ちを正当化した。
決してやましい気持ちは無いと。あわよくば恋人同士になんて思ってなどいないと。
「もうっ、気にしないでって言ってるのに。でも男の人に守ると言われるのは嬉しいわね。実力が伴ってればだけど。ふふっ」
「あはは、それは成長にご期待くださいってとこかな。最初は迷惑掛けちゃうかもしれないけど、近い将来に必ず俺を拾ったことを良かったと思えるようにするよ」
「ふふふ、自信満々ね。いいわ、カナタがどれだけ強くなれるか見ていてあげる。衣食住は心配しなくていいわ。私の利用しているホテルに空きがあるし、そこで部屋を取ってあげる」
「何から何までありがとう。必ず稼げるようになるから」
今はヒモみたいで情けないが、強くなってガーディアンとして契約してもらえるようになるまでの辛抱だ。
この音楽プレイヤーを手回し式と一緒に売れば大金になりそうだけど、それをやるにもこの世界のお金の価値を知らないといけない。いや、大金を手にしても力が無ければ奪われる可能性だってある。
なによりリーゼに俺といるメリットとして提示した物だから売るわけにはいかない。
俺はリーゼに恩返しをしたいし、この優しくて美しい女の子と離れたくない。
だから俺はリーゼのガーディアンになる。
そしてリーゼを守るんだ。
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