第1話 リーゼリット





「ねえどうしたの? どこか怪我してるの? 」


「え? あ、いや。怪我は……ないかな。助けてくれてありがとう」


俺が彼女のこの世のものとは思えない美しさに見惚れていると、彼女は怪我をしているのではないかと心配そうな顔で声を掛けてくれた。


「そう、なら良かったわ。あなた人族よね? なんでこんな辺境にいるの? ここは国境が近いから危険なのよ? 」


「あ……その……俺は日本の高校生で……霧が……気が付いたらこの森にいて……あの変な生き物に追いかけ回されて……」


俺は自分の身に起こったことを彼女に話した。


「ニホン? コウコウセイ? 歩いていたら突然霧に? ごめんなさい、言ってることがよくわからないわ。海も近いし遭難でもしたのかしら? でもすごく遠いところから来たというのだけはわかったわ。そのリュックにナイフは人族の国でも見たことが無いもの」


「そうか……どうも記憶が一部無くなっているみたいだ。あっ、俺は宇田野 奏多うたの かなたっていうんだ。俺のいた国には君のようなエル……綺麗な人はいなかったから少し動揺して変なことを口走ってしまったのかも」


まあそうだよね。異世界から来ましたとか、ラノベで予備知識がある俺でも未だに夢なんじゃないかと思っているくらいだ。それなのにそういう知識がない人に言ってもね……異世界? なにそれ? てなるよな。


それに どういうわけか言葉も通じてるしな。普通は同じ言語を話してるんだから、この世界の人族だと思うよな。でもほんとなんで言葉が通じてるんだろ?

ここは記憶喪失風にしといた方が無難だと思って咄嗟にそう言ったけど、これで通すしかなさそうだ。


「あら? うふふ、ありがとう。お世辞でもイケメンに言われると嬉しいわ。でもそう……記憶が……」


「へ? イケメン? お、俺が? 」


俺が!? そんなこと初めて言われたんだけど!


「そうよ? カナタだったかしら? あなたとても個性ある顔立ちをしているわ。人族にもカナタのような顔立ちの人がいるのね。エルフや私の知る人族はみんな目や鼻が整い過ぎているし、獣人は個性的だけど毛深すぎて好きじゃないのよね」


「え? あ、はい……ありがとう? 」


えっと……つまり俺の顔は整ってないってことか? いや、確かに鼻は高くはないし鼻筋も通っているかと言われれば微妙だけどさ。面と向かって言われるとちょっと傷付くぞ?


しかしこれはあれか? この世界の人間はみんなイケメン過ぎて、フツメンがイケメンに見えるってやつか?

もしもこの価値観がこの子のだけのものでないのなら、ここは楽園なんじゃなかろうか……

それに獣人もいるって事はケモミミもいるんだよな? やっぱ楽園か?

これでガチ獣人タイプだったらガッカリだけど……どうか人に近い獣人でありますように。


「ふふふ、いいわねカナタ。私はD級歌魔法士シンガーウィッチのリーゼリットよ。とりあえずここは後方とはいえ、この間あった戦争の残党が徘徊していて危ないわ。私の拠点としている街に案内してあげるから付いてきて」


「え? せ、戦争!? 」


あれ? もしかしてやばい世界に来ちゃった? ゴブリンがいるだけでも危険なのに、戦争中とかやばくないか?


「ええ、私たちエルフはダークエルフと音楽性の違いが原因で度々戦争になるのよ。私は協会の依頼でこの森に逃げ込んだ残党の処理に来ていたの。そこで笛の音が聞こえたから来てみたらカナタが襲われてたってわけ。さあ、行くわよ? 」


「だ、ダークエルフ……あ、ああ。助かるよありがとうリーゼリットさん」


ダークエルフもいるのか。エルフとダークエルフが仲が悪いのはファンタジーのテンプレだけど、その理由が音楽性の違いって……なんだかバンドマンの仲違いみたいだな。


「ふふっ、リーゼでいいわカナタ」


「わ、わかった。ありがとうリーゼ」


俺は彼女の笑顔に顔が赤くなりつつもそう応え、前を進む彼女のあとを付いて行くのだった。

なんて優しい子なんだ。いきなりこんな森にいてゴブリンに襲われてどうなることかと思ったけど、この子に出会えたのは凄い幸運だった。笛を持ってきておいて良かった。爺ちゃんありがとう!


それにしてもこの子歩くの速い! 俺と同じくらいの年だよな? 背も俺より少し低いくらいで165cmくらいか? でも身体は細く華奢なのにどこにこんな体力があるんだ?




それから30分ほど俺は彼女のあとをヒーヒー言いながら必死に付いて行ったが、途中でとうとう木の根に躓き転んでしまい動けなくなってしまった。情けない……


「あれ? おかしいわね……カナタからは結構な魔力を感じるのに……身体強化してるのよね? 」


「ぜえぜぇ……し、身体強化? 魔力? 俺に? 」


あーなんかラノベでそんなスキル? 魔法? あったな……てか俺には魔力があるのか。

オイオイ……これはもしかして鑑定の水晶を壊しちゃうとんでも魔力の持ち主とかいう展開か?


「え? 知らないの!? あなた人族なのにエルフ並みの魔力があるわよ? 私の国のガーディアンになれるほどよ? 」


「エルフの並みの魔力? ガーディアン? 」


そこまでとんでも魔力は持っていなかったか……エルフの平均がどれだけ凄いのかはわからないけど、人族の中では多い方ということか?

そしてガーディアンのことを聞いてみたが、どうやら歌魔法士を守る肉壁的な存在らしい。

肉壁か……俺は素直に喜べなかったよ。


「ふふっ。歌魔法士は数が少ないから、それを守るガーディアンは名誉ある職業なのよ。それより身体強化を知らないと不便ね。森の出口まではまだあるし……いいわ、カナタ。今から魔力を流すから感じてみてくれる? 」


彼女はそう言って俺の額に手を当てた。するととても温かいものが俺の身体に流れてきて、それと似た塊のようなものが俺の胸あたりにあることを感じることができた。


「これがもしかして魔力というもの? 」


「感じとれたみたいね。それを感じたのなら、それを血管に流れる血のように腕と足全体に大雑把に流してみて。慣れてきたなら手や足の指先まで流すようイメージすると魔力の節約になるわ。でもこれは練習が必要だから今はいいわ。カナタの魔力量なら大雑把に流しても街まで保つから」


俺は彼女に言われた通り胸にある塊を大雑把に身体中に流してみた。

するとさっきまで棒のようになっていた足の痛みが消え、まだまだ歩けるような感覚が湧いてきた。

そして起き上がりその場で足を上げるととても軽かった。

そんな俺の様子を見て微笑んだリーゼは、先ほどよりも速いスピードで前へと進んでいった。


「うおっ! ほっほっ! こ、これは軽い! 力が出る! 凄い! 羽が生えたみたいだ! 」


「ふふふ、カナタったらはしゃいじゃって可愛いわね。気を付けないと駄目よ? 慣れないうちは力の制御がきかないから怪我をするわよ? 」


「わっ、たっ、とっ! ぶべっ! 」


俺は勢いよく走り飛び回り頭上の木の枝を掴んで木から木へと渡ろうとして失敗し、太い木に顔をしたたかに打ちつけて地面へと落ちた。


「もうっ! 言ったそばから。ハイッ、起きて。もう私から離れたら駄目よ? 」


「あ……う、うん……ごめん」


俺は呆れた顔で俺に差し伸べてくれたリーゼの手を握って起き上がった。そしてのままリーゼと手を繋ぎながら、彼女の半歩あとを付いて行くように走り出した。


俺はただ黙って彼女のあとをついて行き、そして森を出たのだった。


そして森を出てから10分ほど走っただろうか? 小さな丘を越えると、そこには白っぽい石で舗装された道路があった。俺は割と都心の場所だったのかな? 荷馬車とか走りやすそうだよななんて考えながら、リーゼのあとを付いて道路に向かっていった。

すると水色のどこかで見たようなシルエットの鉄の塊が道路沿いに停まっていた。


そして近付くにつれて黒くて丸い物が4つ見えたことで俺は確信した。


「く、車!? 」


「ええそうよ? 私の愛車なの。買ったばかりの最新式の魔導車よ。可愛いでしょ? 」


得意げに話すリーゼの言葉を聞きながら、俺は古い映画なんかで見た小型車そっくりの形をした魔導車と呼ばれる物体を見て驚愕していた。


魔導車? え? エルフが車の運転するの?


ファンタジー世界って……えええ……





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