神奏歌魔法世界ミローディア ~音痴の俺が音楽が魔法になる世界で無双する~
黒江 ロフスキー
プロローグ
「え? へ? ……あれ? なんで? まだ山には……」
おかしい……さっきまでみんなとキャンプ場に向かって歩いてたはずだ。
そう、俺は高校の友人たちとこの10月の三連休を利用して隣の県へキャンプに来ていた。
来年は受験勉強で忙しくなるから今のうちにキャンプに行こうってことになり、友人たちと6人であまり割と空いているらしいキャンプ場に行くことになったんだ。
そして電車に乗ってバスを降りて食材を重そうに持っている飯田のリュックを預かり、皆の最後尾を歩いていたんだ。
そしたら突然霧に辺りが包まれて、それまで聞こえていたみんなの声が聞こえなくなった。
俺は霧で前が見えない中、皆の名前を呼びつつゆっくりと進んでいった。そしてやっと霧が晴れたと思ったら……
なんで森にいるんだ? まだ山までは遠かったはず……ワープしたのか?
というかなんだこの木!? どれもデカ過ぎないか? それに太い。こんな木見たことないぞ?
あの葉っぱも、光っている苔みたいなのも知らない。
「おーい! 飯田〜! 健二〜! 美樹〜! 竹下〜! 沙希〜! 」
俺は皆の名を大声で何度か呼んでみたが、返ってくるのはギョエーとか鳴く気持ち悪い鳥らしき声だけだった。
俺は呼び掛けるのを諦め、腕にはめている時計を確認した。
8時10分……まだバスを降りてから20分しか経過していない。
バスの中ではキャンプ場までは1時間近く歩くと飯田が言っていた。
やっぱりおかしい……森にいることもこの見たことのない木も、そして植物も全ておかしい。
まさか神隠しってやつか? ここはあの世とか異世界?
俺は不安になりながらも耳から流れる音楽プレーヤーからの音を消し、肩から斜め掛けしていたウエストポーチの中に入れた。そして背中に背負っていた大型リュックからサバイバルナイフと笛を取り出し、飯田のリュックを無理やり詰め込んだ。
笛は熊が現れた時に使うものだ。もう秋だしもしかしたら熊に遭遇する可能性もあるからと爺ちゃんに持たされた。熊に遭遇した時に吹くとビックリして逃げてくれるらしい。
サバイバルナイフはどう見ても獣道しかないこの森の中を進む際に、道を塞ぐ枝や藪などを取り除くために使う。熊と戦う? 勘弁してくれ。中学の時に空手をやってた程度の俺が、ナイフを持ったからって熊に勝てるわけがない。
それから耳を澄まし水の音を探しながら俺は森の中を彷徨った。
途中三葉虫みたいな虫や、二足歩行している兎らしき物を見掛けたがあれは幻だ。俺は何も見ていない。見ていないったらいない。
そうは言っても見れば見るほど初めて見る植物や虫だらけだ。
俺はまさかまさかと思いつつも、ファンタジー系のラノベやアニメの最初のシーンが頭の中でチラチラと浮かんでいた。
そしてそれが現実のものだと決定付ける出来事に遭遇した。
枝を切り払いながら進むとぽっかりと開けた場所に出た。そしてそこには小学生くらいの背丈で、緑色の肌をし醜く牙を生やした顔の生き物が5体ほどなにかの動物の死骸に群がっていた。
俺は初めて見るはずなのにその二足歩行の生き物を知っていた。それは漫画やアニメに出てくるいわゆるゴブリンと呼ばれる魔物そっくりだったからだ。
《 ギギッ!? 》
《 ギャギャ! 》
そのゴブリンと思われる生き物は、俺の姿を見るなり足もとに置いてあった棍棒や錆びた剣らしき物を手に取りゆっくりと構えた。
俺は固まる身体に動け動けと喝を入れ、首から掛けていた笛を勢いよく吹いた。
ピイィィィィィ!!
ゴブリンらしき生き物はその音に驚き、棍棒を落とす者までいた。
俺はその隙にここまで歩いてきた道をに向かって一気に走り出した。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ! ゴブリンだ! アレは間違いなくゴブリンだろ!
やっぱりここは異世界なのか!? 俺は霧に囲まれて異世界転移しちまったのか!?
信じられない。けどここにくるまでに見た初めて見る植物に異常な大きさの昆虫、そして二足歩行する兎に極め付けはファンタジーアニメなんかに出てくるゴブリンそっくりの生物。
夢? 違う! さっき枝に引っ掛けた頬の傷が痛い。心臓もバクバクいっている。なにより走っているという感覚が鮮明すぎる。
これは夢じゃない! なら……
「ステータスオープン! 能力表示! ウィンドウオープン! くっ……イメージだ……『火球』! ぐぁぁぁ! なんにも出ねえ! こっちのパターンかよ! ハードモードじゃねえか! 」
俺は走りながら恥も外聞もなくラノベのテンプレをひと通り試した。
しかしステータス的な物は一切出ず、火の玉をいめして手を前に突き出しても何も出てこなかった。
黒歴史を増やすことにだけ成功するこのパターンはラノベにあった。
異世界転移したのになんの能力も与えられなかったパターンだ。このパターンはたいてい生きたまま異世界に行った場合が多かったと思う。
トラックにはねられて死なないと特典もらえないとか不公平過ぎだろ!
それとも召喚されないといけないとかか? 魔王を倒せって? それこそ冗談じゃない!
《 ギャギャ! 》
「げっ! 速い! くそっ! 背が低い分すばしっこいのか! 」
俺は後ろからどんどん距離を縮めてくるゴブリンに、思ってた以上に足が速いと舌打ちをしつつも必死に逃げた。
しかし来た道を戻っていたはずが、追われる恐怖から道を外れてしまい枝や藪にリュックが引っ掛かり速度を落としてしまった。
そしてとうとう追い付かれ先頭を走っていたゴブリンが、棍棒を俺の足へ向かって投げ付けるのが目に映った。
「ぐあっ! 」
俺は棍棒を避けようとしたが、足場が狭く避けきれずふくらはぎに棍棒の直撃を受け転んでしまった。
しまった!
俺の目には酷薄な笑みを浮かべたゴブリンと、その後ろから剣や棍棒を手に走ってくる5匹のゴブリンの姿が見えた。
咄嗟に俺は再度笛を吹いたが、ゴブリンは二度は同じ手を食わないとばかりに微動だにせず転がる俺へと駆け寄ってきた。
俺は右手に持つナイフを見て、やるしかないと覚悟を決め起き上がり震える手でナイフを突き出し構えた。
それを見たゴブリンは危ないと思ったのか足を止め、追い付いてきた仲間と何やら話したあとに俺を囲むように展開していった。
「ハァハァハァ……チッ……なかなか賢いじゃねえか。誰だよゴブリンは猪突猛進の馬鹿で雑魚とか書いた作者はよ」
俺はラノベに出てくるゴブリンより慎重で頭の回るゴブリンに舌打ちし、それを書いた多くの作者に八つ当たりをした。
そして囲まれる前に正面のゴブリンに突っ込んでまた逃げようと思ったところで、突然空から緑のフードを被った何かが俺の前に降り立った。
俺は突然現れた存在に驚きつつもその後ろ姿のフードから伸びる手が目に入り、それは人間であることを認識した。
「ゴブリンの生き残りね! 今助けてあげるわ! 『
驚く俺にそのフードを被った存在は少しだけ俺に振り向き、白い頬と薄いピンク色の唇を見せながら透き通る女性の声でそう言った。
彼女が叫ぶと突然辺りが暗くなり、天から光が差し込み目の前にいる彼女と周囲に展開するゴブリンを照らした。それはまるでステージで歌うアーティストがライトアップされているかのようだった。
ソングマジック? なんだ? どうしたんだ? なんで急に暗く? は? ライトアップ? いや、それよりも……
俺は突然周囲が暗くなったことや、突然ライトアップされたことに混乱していた。しかしそれよりも何よりも、それまで棍棒や剣を振り上げていたゴブリンたちが突然身体を硬直させたことに驚いていた。
さらに周囲でうるさいほど鳴いていた虫の声や鳥の声もピタリと聞こえなくなった。
そう、それはまるで時が止まっているかのようだった。
いや、俺の身体は動く……目の前の彼女の腕も動いている。
なにがなんだかわからないが、逃げるなら今か!?
俺がどういう理屈かはわからないが、ゴブリンの動きが止まっている今が逃げるチャンスだと目の前にいる女性に声を掛けようとした時。
突然彼女が歌い始めた。
『愛の〜激しい波に呑み込まれて〜溺れる私はそれでも貴方を思うの〜♪ 』
そして彼女が歌い始めると、手にハープや笛を持った羽の生えた妖精たちが現れ、彼女の歌声に合わせて演奏を始めた。
俺はなぜゴブリンが動かないのか、なぜこの女性がいきなり歌い始めたのか、そしてなぜいきなりフィギュアのような妖精たちが楽器の演奏を始めたのかさっぱりわからなかった。
しかし目の前で歌う女性の美声を耳にした今、そんなことはどうでもよくなった。
美しい……透き通る声に優しい音色……ああ……俺は好きだなこの声。
俺は逃げることを忘れ、この美しく優しい音色に聞き惚れていた。
それになんて心に響く歌なんだ。一途に人を愛する女性の健気な恋心が伝わってくる。
片想いは辛いよな……せつないよな……
ああ、悲しいハーブと笛の音色……どうかこの歌の中の女性には報われて欲しい……幸せになって欲しい。
『もう貴方を殺して私も死ぬわ〜それが私の愛の物語の最終話なの〜♪ 』
ぶっ! ヤンデレかよ!?
せめて想いを伝えてからやれよ!
俺は彼女のこれまでひっそりと男性を想う歌が、突如過激な内容になった事に驚いた。
ハープの音色が一瞬ズレたから、恐らく演奏していた妖精たちも予想していなかった展開だったのだろう。
心なしか妖精たちの目が泳ぎ、額に汗が浮かんでいるようにも見える。
そしてなぜかそのフレーズを3回ほど繰り返したのちに彼女が歌い終わると、妖精たちがフッと消えていくと同時に暗かった周囲が明るくなっていった。
俺がいったいなんだったのかと思っていると、突然頭上から大量の水がゴブリンたちに降り注ぎ、彼らを押し潰しそして森の奥へと流した。
不思議なことにその水は、ゴブリンのすぐ近くにいた俺と彼女を避けるように流れていった。
は? え? なんで? 歌の後に水!?
「ふぅ、ゴブリンなんてこんなものね。あなた怪我はない? あら? 黒髪? 人族……よね? それにしてはずいぶんなイケメンね……」
俺が突然起こった出来事に混乱していると目の前の女性はフードを取り、ゆっくりと振り向いてから俺に声を掛けそして驚いていた。
俺もそんな彼女の姿を見て同じく驚いていた。
切れ長の目にまるで美の神が創ったかと思えるほどの造形と顔立ち。そして金糸のような美しく長い髪に、そこから覗く長い耳。イメージと違い若草色のチュニックの胸もとを押し上げている確かな膨らみ。
そう、彼女は俺の知るエルフそっくりの姿だった。
俺はラノベやアニメでしか見たことのなかったエルフを、しかも二次元ではなく実物のエルフのあまりの美しさに、ただ呆然と見惚れることしかできないでいた。
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