第4話

 お弁当を急いで食べることになったが、愛菜之が満足したから問題なし。卵焼きも美味しかったし、から揚げも入れてくれていて嬉しかった。

 子供舌の俺にはご馳走だった。そのうち大人になれば、白和とかが好きになるんだろうか。今でも好きだが。


「さて、なんで呼ばれたと思う?」

「分かりません」

「正直でよろしい」


 ところで、俺と愛菜之は先生から別室に呼ばれていた。俺と愛菜之が隣同士に座り、机を挟んで向かい側に先生が座っている。

 今頃、教室は自習でお祭り騒ぎになっているだろう。感謝して欲しいくらいだ。

 

「とりあえず、進級おめでとう」

「ありがとうございます」


 俺が眠る前はすでに年末が近かった。そこら半年近くも眠っていて、気がつけば俺たちは三年生。

 俺だけが二年の頃に取り残された気分だった。

 そもそも、なんで進級できたのかが不思議だ。日数とか成績とか、半年も眠っていれば足りなくなると思うんだが。


「色々とあって、宇和神と重士の二人は進級できるようになったよ。よかったな」

「そりゃまた、なんで……」

「知らなくていいこともあるさ。知ったところで何にもならないだろうしな」


 詳しくは話さない、というのを言外に言われた。知らなくていいなら、素直に知らないままでいよう。

 知らなくていいことを知って、巻き込まれたくないものに巻き込まれたんだ。俺たちは、もう平和でいたい。


「進級できたから終わりってわけじゃない。というより始まりだ。これからは上級生として、しっかりとした行動をするように」

「してますよ」

「場所を問わずに引っ付きまわっているのを真面目とは言えないな」


 痛いところを突かれた。最近は学校だろうがなんだろうが、半年分の遅れを取り戻すようにイチャついているからなぁ。

 とはいえ、イチャつくのをやめるわけにもいかない。俺はもう、愛菜之とイチャついていないと死んでしまう。それぐらい、愛菜之が好きになってしまっている。


「まぁ、小言はここまで。本題に移ろうか」


 小言はなしで良かったんじゃないか? とはいえ、俺たちがイチャついていることは事実。心からの反省をしたフリをしておこう。

 

「進路、どうすんの?」


 小言に阻まれた本題というには、軽いようで重い、俺たちの最大のターニングポイント。

 選ばなければいけない道、就職、進学、あるいはまた何か別の道。

 俺たちは、どこにどう進むべきなんだろう。


「別に今ここで答えろとか言わないよ。二年の時に前もって聞いてるし、それを基準に授業だったり話もしてきてるわけだし」

「じゃあ、なんで……」

「半年のブランク。元々、宇和神は成績は悪くなかったけどね、だからってこの半年は無視できない」


 半年という時間は、人生全体を見れば大した時間には思わないかもしれない。けれど、学生の半年。それを何もできずにいたというのは、どんなハンデにもなりかねない。

 先生は、そういうことを言いたいんだと思う。


「……進路を考え直せってことですか?」

「先生ってのは生徒の味方なんだよ。進路を変えたくないなら協力するし、変えたいならそれも協力する」

「じゃあ、最初からそう言ってくださいよ」

「大人になると、どうも回りっぽくなっちゃうんだよ。面倒臭い人をいっぱい見てきてるからさぁ」


 世の中、いろんな人間がいる。齢18の子供ではあるが、学校生活なりバイトなり、生きていく中でそういう人を見てこなかったわけじゃない。

 そもそも、回りくどすぎて悲惨なことになった人間を身近に知っている。


「で、重士は……あの進路で本当にいいの?」

「変えるつもりはないですよ」

「いや、あのねぇ……」


 先生は持っていたファイルから、プリントを一枚出した。何かのコピーみたいだが……そのプリントには、愛菜之の書いたであろう綺麗な文字で進路先が書かれていた。


「宇和神晴我と同じ進路ってなにさ?」

「な、なんで持ってきたんですか!」

「いや、考え直してもらいたいなと……」


 愛菜之は顔を真っ赤にしながら、覆い被さるようにプリントを庇った。もう見たから、とは言えそうにもない。愛菜之がこんなに恥ずかしがってるのは、なんだか久しぶりな気がする。


「進路っていうのは自分で決めるものであって……」

「自分の意思です! 晴我くッ……宇和神くんと同じ進路がいいんです!」

「じゃあ宇和神と同じ進路書きなよ」

「晴我くんは自分で決めなさいって言って教えてくれないんです!」


 そりゃそうだろ、進路ぐらいは自分で決めよう。俺のせいで愛菜之が下に降りてきたり、自分のやりたいことを諦めたりするのは嫌だ。

 とはいえ、愛菜之にとって一番の進路は俺と同じ進路なんだろう。自惚れだと思いたいが、この反応を見るにそうでもなさそうだ。


「宇和神が正しいよ。自分の道は自分で決めるべきだね」

「……自分で決めたことです。そこに変わりはありません!」

「そういわれると弱いねぇ……」


 愛菜之が嘘をついている様子もない。なんなら、自分の進路を否定されたと怒っていそうな勢いだ。

 これが本当に愛菜之がやりたいこと。だとしても、俺に依存した進路であることは確かだ。俺としては嬉しい、幸せだと思う。けれど、これだけはどうにもならないことだ。


「愛菜之は自分で道を選ぶんだよ。俺と一緒に、じゃなくて、自分のやりたいことをするんだ」

「私のやりたいことは、晴我くんと一緒にいることだよ」

「……そう言われると困る」


 嬉しさが顔の全面に出てきてしまいそうで、咄嗟に顔を腕で隠す。そっぽを向いても、愛菜之が嬉しそうにニヤつくのを感じ取れる。


「先生の前で見せつけないでくれるか? 旦那に会いたくなっちゃうよ」

「されてたんですか、結婚」

「してないと思ってたのか……」

「失礼しました、本当に失礼しました」


 先生の左手には指輪が光っていた。まるで忘れるなとでも言いたげだった。こんな失態をしてしまったからには、忘れたくても忘れられないだろうが。


 とりあえず、進路については考えないといけない。俺の進路よりも、愛菜之の進路を。

 ずっと俺の進む場所に付き添うのか、それとも途中で自分のしたいことを見つけ出すのか。


 愛菜之とずっと一緒にいるつもりでいても、いつか別れの時が来る。それが今日か明日か、ずっと先のことになるか、まったく分からない。

 こんな話をすれば、愛菜之は嫌がるだろうけれど。それでも話しておかなきゃ。


 ……どちらにしても、話は家に帰ってからだ。

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