第2話

「えへへ、お外デートも久しぶりだね」


 隣ではにかむ愛菜之を温かく見つめながら、手を繋いでゆっくり歩く。

 学校をサボって平日昼間からデートなんて、真面目で品行方正な俺としては、非常に楽しいものだった。


「こうやってデートできるのも幸せだよ」

「うん! 私も幸せ!」


 愛菜之はとってもウキウキしているみたいだ。なんというか、陽のオーラがこれでもかと出ている感じがする。

 家の時とは打って変わって、しんみりした空気もない。まぁ、しんみりした空気が合うってわけでもないし、こっちのほうがいい。


「腕は組まないのか?」

「それは後のお楽しみかな。今は手を繋ぎたい気分だから」


 腕に抱きついてくれなくて、ちょっと寂しいと思っていたけれど、後のお楽しみなら仕方がない。愛菜之のしたいことをして、俺のしたいこともどんどんしていこう。

 なんせ半年も寝ていたんだから、取り返すのには忙しくもなる。


「お昼間だから、人少ないね」

「ラッキーだな」


 俺が行きたいと思っていたカフェは、テレビで紹介されていた時よりも人が減っていた。半年分の時差があると思うと不思議な気分だ。

 まぁ、今は楽しもう。半年間の青春を取り戻すぞ!




「……女の店員、いるね」

「いますね」


 楽しむのは一旦中止だ。愛菜之の目がおっかなくなっている。愛菜之の女性アレルギーみたいなものは治ってないどころか、俺が半年眠っていたから悪化している気がする。

 突然ナンパされるなんてこともないし、料理に毒を盛られたりなんてないし、俺が店員さんに一目惚れしたりもしない。そもそも、もう愛菜之に惚れているわけで。


「俺はケーキセットにするけど……愛菜之は?」

「私も同じのにするよ」


 それを聞いて、店員さんを呼び止める。黒いエプロンをきた女性の店員さんが丁寧に接客してくれる。

 注文をしながらチラリと愛菜之を見てみれば、さっきまでの陽のオーラはどこへやら、ドス黒いオーラがプンプン出ていた。


「……愛菜之」

「へ? な、なぁに?」

「あんまり嫉妬しないように」


 俺がピシャリとそういうと、愛菜之は泣きそうな顔になっていた。

 傷つくかなと予想はしていたが、泣きそうになるとは思わなかった。なんなら、怒るかとすら思っていた。


「ご、ごめんね? 調子乗ってたね、嫌いにならないで? こういうの、本当に気持ち悪いよね……」

「いや、そうじゃなくてな」

「……違うの?」


 俺の言葉一つで自己嫌悪に陥るあたり、なかなか重症だ。いや、前からか? どっちにしても、半年分の隙間で生まれた病だとは思うが。


「嫉妬されるの嬉しすぎて、ちょっとまずい」

「……嬉しいの?」

「あんまり喜んじゃダメなんだろうけど、嬉しいよ」


 重症なのは俺もだった。とはいえ、俺も内心では色々と焦りがあった。

 半年の間、愛菜之に寄ってくる虫がいるんじゃないかと、起きた後はモヤモヤして聞けずじまいだった。この際だから、もう聞いてしまうか。


「半年も眠っててさ、愛菜之は誰かに言い寄られたりしなかったか?」

「な、なかったよ?」

「……嘘だろ?」

「学校も行ってないし、外に出るのも晴我くんの病院に行く時だけだったから……」


 もっと早く聞くべきだった。なんで半年以上も学校を休んでるんだ。出席日数とかどうするつもりなんだよ。

 まぁ、そういうのは大体なんとかしてしまうんだろうけれど。けれど、それが恐ろしいというかなんというか。

 思わず天を仰ぎそうだったが、そういうリアクションにも愛菜之は怖がりそうだから言葉に留めておく。


「……来週からは学校行くぞ」

「えっ!?」

「さすがに休みすぎだって。二人して中退はまずいだろ」

「だ、大丈夫だよ! 私が養うよ!」

「それに口出ししてきそうな人がいるんだよ」


 愛菜之の祖父と祖母、あと俺の両親。

 嫁さんに養ってもらうって何事!? なんて言われるかもしれない。それに、俺も人並みの人間にはなっておきたい。

 男は仕事、女は家事なんて時代遅れなことを言うつもりはないが、愛菜之にばかり負担をかけるようなことは絶対に嫌だ。


「が、頑張って説得するよ!」

「しないでいいよ、ちゃんと認めてもらうべき人には認めてもらおう。じゃないと結婚できないだろ」

「……だ、黙らせるっていう方法は?」


 本当にシャバの人間? 思考が自営業の人みたいになってないか?

 この半年に何があったんだ。俺はもっと早くに起きるべきだったな。


「そういうことはしちゃあダメだ。せっかくなら平和的に行こう」

「……結婚はできるよね?」

「絶対にするよ、何があっても」


 死にさえしなければ、大抵のことはできる。なんて大層なことをいうつもりはない。

 死にかけてまですべきことは、本当に自分の大切なものを守る時だけだ。まぁ、こんなことを高校生の俺がいっても説得力はない。


「ちょ、ちょっとまずいかも」

「なにが?」

「嬉しすぎて……」


 愛菜之は顔を両手で覆って、目だけを覗かせていた。耳まで真っ赤になっているのが、やっぱり可愛らしい。

 話が脱線したけれど、これで俺の気持ちも分かってくれるだろう。恋人が嬉しいことをしてくれると、嬉しすぎて変になりそうだからな。


「まぁ、そういうことで。嫉妬は控えめでお願いします」

「……が、頑張ります」


 そうして話が着地したところで、店員さんがケーキとコーヒーを運んできた。

 さっきの店員さんとは違って、若い男の店員さんだった。なんだか、愛菜之にだけやたら丁寧な気がする。


「わっ、クリームいっぱいだ」

「そうなんですよー! ウチはそれが売りでしてー……」

「…………」




 嫉妬って、どうやって我慢すればいいんだよ。

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