第81話

 ドアが三回、ノックされた。十分にイチャついていた俺たちは、それでも飽きることなくイチャイチャしていたので慌てて離れ、愛菜之は内鍵を外していた。


「……何か悪いことでもしてた?」

「してないよ」

「してないっす」


 トビラを開いたのが愛菜之母で、一安心していたのは内緒だ。




「……とりあえず、作戦会議しよう。さっきのは、私もちょっと予想外だったからさ」


 面接のように、お互いが向き合う形で座り、愛菜之母は話し始める。さっきのことは予想外……たぶん、愛菜之に会社を継がせるって話だろうか。


「お爺ちゃんは愛菜之……というか、私と私の家族のこと、たぶん嫌いなんだよ」

「嫌い? 家族なのに?」

「そういう考え方ができるって幸せなことだよ、宇和神くん」


 愛菜之母は、眩しいものでもみるように目を細めていた。俺はそんなに変なことを言ったのかと、なんだかこそばゆくなってくる。

 

「前にも話したけど、私は駆け落ちしてね。許婚だとか後継だとか、そういうの全部蹴っとばして、幸せになる道を選んだの」

「待って、いつの間にそのことを晴我くんに話したの?」

「挨拶に来た時だよ。あとで怒られてあげるから、愛菜之は大人しくしててね」


 愛菜之が本気で怒っているのがわかる。巻き込むなって散々怒ってたもんな……とはいえ、あの時は愛菜之のトラウマを治すために聞くしかなかったんだ。愛菜之のためなら、巻き込まれたって構わない。

 愛菜之は、隣に座る俺の腕を抱きかかえる。そんなにされなくたって、俺は逃げたり取られたりもしないんだけどな。


「私が駆け落ちして、愛菜之達が生まれた。でも、お爺ちゃんたちとしては、認められなかった。用意したレールに沿えないなら、歪めてまで矯正しようとした」

「それが、愛菜之への仕打ちですか」

「そういうことだね。まさか私にしてきたことを、愛菜之にまでしてくるとは思わなかったけど」


 娘が従わないなら、その夫を殺して。それでも従わないなら、孫にまで毒牙を向ける。

 どこまで狂っているんだ、あの人は。

 

「愛菜兎には影響が薄かったっていうか……あの子は我が強い子だったね。そうならないといけなかったとも言えるけど」


 愛菜兎は愛菜之を守らないといけない、そういう考えを持っていた。愛菜之がどれだけ優しいお姉ちゃんだったかは、今までの経験からよく分かっていた。愛菜兎が守ろうと、そう思うのも頷ける。


「私がレールを外れて、私自身がどうなるかはいいの。ただ、娘たちと……夫に矛先が向くなら、話は変わる」


 そういって、ジッと愛菜之を見つめる。愛菜之もぐっと手に力を込めながら、愛菜之母を見つめ返していた。親子の間で通じ合う何かがあるのかもしれない。

 

「分かりました……けれど、それがなんで会社を継ぐことになるんですか? それに、どうやって会社を……」

「質問には順に答えていくよ」


 俺の矢継ぎ早の言葉に、愛菜之母は微笑みながらそう答える。社長室で見た時とは大違いに、余裕を残す笑みを浮かべていた。


「まず、この会社を継いでほしい理由……最初に言ったけど、あの人は会社を生きがいにしてる。お爺ちゃんとお婆ちゃんの二人で立ち上げた会社だから、二人にとっては愛の結晶みたいなもんだね」


「……そのお祖母様には何も対策しなくていいんですか?」


「お婆ちゃんは、お爺ちゃん第一だからね。お爺ちゃんの決定がお婆ちゃんの決定なの」


 なるほど。とはいえ、祖母にも気を付けていたほうが良さそうだな。俺たちに何ができるかは分からない、ただ気を張るぐらいはできそうだ。


「それと、この会社を継がせる方法。簡単に言えば、脅迫する」

「脅迫……?」


 脅迫って、あの脅迫だよな? まさか脅すって、どうやって。

 社長は切れ者だろう。奥さんと二人で、今では誰もが知るこの会社を作り上げたんだ。それに、あの人がまとっていた雰囲気は、俺みたいな若造でも何かあると感じるほどだ。


 その社長を脅す。どうやって、なにで?


「長かったよ……調べに調べあげて、ようやく辿り着いてこの様だけどね」


 遠くを見つめる愛菜之母は、優しくも悲しんでいるような顔をしている。なにを調べ上げたのか、何に辿り着いたのか。


 キッと表情を締めなおした愛菜之母の口からは少なくとも期待していい答えが返ってきた。


「私の夫を殺した証拠、それを社長に突きつける」

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