第61話
ひとしきり愛を確かめ合い、愛を誓い合い、ファーストキスでもするのかってくらい初心なキスをして。
ようやく写真を撮りおわって、結婚式場から出た。
「あっ、二人とも出てきた!」
彼女さんが彼氏くんの手を引っ張りながらこっちに駆け寄ってくる。
彼女さんは迷いが吹っ切れたような、元気な顔をしている。彼氏くんは心なしか、疲れたような顔をしていた。
「う、宇和神……」
助けを求めるような、唸り声のような声だった。やめてよ、俺まで巻き込まないで。俺はもう、愛菜之の愛を受け止めるので忙しいんだ。
「愛菜之ちゃんのおかげで、今までの思いを伝えられたの。ねっ?」
「……」
彼氏くん、なんか怯えてない? 大丈夫? 助けないけどね?
愛菜之は俺の腕をギュッと抱きしめながら、彼女さんにお祝いしていた。
「ホントにおめでとう! ……あのね、二人は幼馴染だったんだって」
へぇ、幼馴染か。小さい頃から一緒だったんだな。羨ましい、絶対助けてやらんからな。
俺だって愛菜之と小さい頃から結婚の約束とかしてみたかったな。それで晴れて再開して結婚なんて……。
俺が妄想に耽っていると、彼女さんは瞳にジットリとした感情を乗せながら彼氏くんを見つめていた。
「ようやく伝えられたよ。長かったなぁ……」
「う、宇和神……」
幸せだろ、そんなに思われてたらよ。逃げるんじゃないぞ、ちゃんと応えてやるのが男だろ。
それに、俺は病み系女子至上主義なんだよ。あと、邪魔したらこっちにまで飛び火来そうで怖い。
「仲良いじゃん」
「……」
無言で睨むのやめて? 殺そうとしてない?
まぁ、こうして円満に終わったからいいじゃない。伝えられずにこじれるよりは、よっぽどマシだろう。
彼氏くんが怖いから、愛菜之の手をしっかり握っとこう。愛菜之は嬉しそうに握り返してくれる。うん、可愛すぎる。このまま、この二人とは距離置かないか?
「ずっと一緒だよね?」
「……宇和神ぃ」
……こっちのお二人も、末永くお幸せに。
「二人とも、すっごく仲良しになってるね」
愛菜之はそう言いながら、俺たちの後ろに並んで歩く二人を見る。
仲睦まじく手を繋いで、なんなら恋人繋ぎ。はわわ、側から見たバカップルってこんな感じなんだ。反省しときます。
「俺たちも負けてらんないな」
「そうだね! 私たちだって仲良しだもんね!」
そういって愛菜之は俺の腕をギュッと抱きしめる。まぁ可愛い。反省したことを反省してるよ、俺は。
周りに迷惑かけなきゃ、引っ付こうが何しようが構わんだろ。
で、そんなバカップル俺たちはお土産コーナーをブラついてるわけだが……。
「ほしいものある? お金ならいっぱいあるから、遠慮しないでね」
そんなことをニコニコしながら言ってくるよ、このお嫁さん。家計簿とか俺がつけたほうが良さそうだな。
欲しいものはとりあえず、自分のバイト代で買うって決めている。母さんからは五千円もらったけど、できれば使いたくない。俺は、変なとこ意地っぱりなんでね。
「お揃いのボールペンでも買うか」
「お揃い? 嬉しいっ」
お揃いってだけでこんなに喜んでくれるの、本当にいい子だね。やっぱり俺の嫁になるにはもったいない気がするよ、絶対に他のやつには渡さんが。
端っこのコーナーにあるボールペンを渡して選ばせると、端っこなのを良いことにキスしてきた。他にもお客さんいますけど?
「こらっ」
「えへへ、隙あり」
隙だらけなのは好きだから! なんつってね!
それはそれとして他の客にバレたら面倒でしょ。学校に通報行ったらどうすんの。お宅の生徒さん、破廉恥なんですけど! とか言われたら泣いちゃうよ。
「さっき式場でいっぱいしたでしょ。我慢しなさい」
「やだ、大好きだもん」
理由になってないからね? なに、大好きだから我慢できないって。気持ちはわかるけど、なんならもっとしたいけど。
愛菜之はさっきから幸せそうに笑っている。こんなに笑顔なの、久しぶりというかなんというか。式場で誓い合ったということが、よっぽど嬉しかったのかもしれない。
「愛菜之」
「なぁに?」
「隙あり」
愛菜之のもちもちほっぺを優しくつねる。すごいすべすべだ、シルクかな? 傷一つなければシミもない、まるで作り物のような肌だ。
片方だけ引っ張られている変な顔。だというのに、この可愛さ。訳がわからない。
「いじわるだ」
「好きな子にはいじわるしたくなるんだよ」
「えへへ、いじわる晴我くん」
もうボールペンとかいいからホテルに帰って、思いっきりイチャイチャしたい。上機嫌な愛菜之が可愛すぎて辛いよ。
そんな俺たちを見ながら、彼氏くんと彼女さんたちも楽しそうにお土産を見ていた。
「私たちももっと仲良くなりたいね」
「お、俺は十分……」
「何年待ったと思う?」
「すいません……」
幼馴染っていうのも大変らしい。どっちかっていうと彼氏くんのほうが何かしてそうだけど。彼女さんは鬱憤を晴らすみたいな顔で手に力込めてるし。
俺が二人を見ているのに気づくと、愛菜之は頬をつまんでいる手を取りながら拗ねたような顔を向ける。
「もう。他の女なんて見ちゃダメだよ?」
「いや、面白いなって」
主に彼氏くんの困り顔がね。
愛菜之は首を傾げつつも、拗ねた顔のまま俺の腕を抱きしめる。いつもの感触だけど、いつでも慣れないもんだね。
「私だけ見て」
「見た、可愛い」
「か、かわっ……!? ふへへ……」
チョロすぎ〜。チョロすぎて心配になるからずっと一緒にいような。俺が護らねば……。
喜んでいる愛菜之をよそに、お土産を選ぶ。猿寺は……同い年だからいらないか。姉さんと母さんと、父さんはいらないか。単身赴任でいないし。
あとは愛菜兎……アイツも同い年だ。あと、裏愛に……。
「ねえ、それは誰にあげるの?」
ドキッと胸と肩が弾む。隣を見れば、いつもと変わりない笑顔で俺を見つめていた。
優しい笑顔なのに、怒っていることがしっかり伝わってくる。
「り、裏愛に……」
「次、その女の名前出したらキスするから」
冬だというのに汗がじんわりと滲んでくる。店内の暖房のせいだろうか、きっとそうだと思いたい。
持っていたお菓子の箱を棚に戻す。手が空いた途端に、愛菜之が俺の手をギュッと握ってきた。
「私だけでいいもんね?」
「お土産もダメなのか?」
「……あんなにひどく振ったんだから、もう関わらないほうがいいよ」
愛菜之は痛いほどに手を握る。それでも俺が逃げるわけもいかないし、逃げていいものでもない。
手がどんどん締め付けてくる。痛い、嬉しい、痛い、嬉しい。
痛みが増すごとに、思いが強くなっているように感じる。独占されることが、幸せに感じてしまう。
「何度も何度も邪魔してきて、それでも脈なんてないって分かってるくせに。晴我くんの彼女は私なのに」
俺の腕を抱きしめ、身体をこれでもかと引っ付ける。服越しに伝わる体温、身体の柔らかさ。
心臓の音が煩わしい、暖房の風当たりが煩わしい。
愛菜之の音を、愛菜之の身体を、愛菜之だけを感じていたい。
「私のほうが好きなのに。私の晴我くんなのに。私が好きって言ってもらえたのに……」
そこで愛菜之はハッとなり、慌てながら俺を離す。
温もりが消え去り、手は真っ赤になっている。痛みから解放されたはずなのに、それが残念に思えてならない。
「ご、ごめんなさい。気持ち悪いこと言っちゃって……」
「なにが?」
気持ち悪い……? 気持ち悪いもなにも、俺が喜ぶことしか言ってないのに。
俯く愛菜之は、俺の真っ赤になっている手に気づく。今度も慌てながら、それでも優しく俺の手を包み込んでくれた。
「私のせいで……! ごめんなさい、ごめんなさい!」
「いや、嬉しいんだけど」
「え……?」
赤くなった手は、愛の証とも言える。嬉しくないわけがない。
愛菜之の体温が残っている気がして幸せを感じる。そんな赤くなった手をさすりながら、愛菜之に笑いかける。
「こんなに好きでいてくれるなら将来も安泰だな」
「で、でも! 仲直りしたいって晴我くん言ってたのに……」
「したいけど……愛菜之のほうが大事だから」
もう一度、俺から手を繋ぎなおす。温もりを得た手が、心が喜ぶ。やばい、好きが抑えられなくなるかもしれない。
愛菜之はそれでも俯いたままで、申し訳なさそうにしていた。
「愛菜之」
愛菜之に顔を近づける。綺麗な髪をかき分け、ちょこんとした耳が露わになる。
そんな耳に口を近づけて、俺は。
「ふーっ」
耳に思いっきり息を吹きかけた。
「ひゃっ!?」
愛菜之はビクッと肩を跳ねさせる。リアクションまで可愛いもんで、非の打ち所がないっていうのはこういうことを言うんだろうか。
「そんなに気負わなくていいって。俺たち、結婚まで約束してんだぞ」
「で、でも……手を痛めさせて、晴我くんに嫌なこと言っちゃって……」
「あー、そういうのも全部可愛い」
「か、かわ……?」
困惑する愛菜之に、笑いかけながら話を続ける。
「なにをされても言われても可愛いし好きだね。安心せい」
「……ほんと?」
「証明しようか?」
そういいながら、お土産の箱をもう一度手に取る。さっき、愛菜之に咎められた時に持っていたものだ。
「裏愛に買って行こうかな、これ」
チラリと愛菜之を見ると、キョトンとした顔をしていた。その反応は予想外だな、ちょっと困る。
気まずい時間が流れるかと思ったが、愛菜之は俺の意図に気づいてくれた。
「ここでしていいの?」
「してほしい」
端っこのコーナーだし、バレないだろう。なにより、愛菜之に安心してもらいたい。あとキスしたいってのもある。
ま、バレたらその時はちゃんと謝ろう。
「帰ったら、もっとしよ?」
「もちろん」
修学旅行中なのに結局、二人になった時のことばかりで。
結局のところ、誓おうがなんだろうが、俺たちはいつも通りだった。
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