第60話

 正直、最初に聞いた時は耳を疑った。とはいえ、それも最初だけ。愛菜之ならこのくらいのことはしてくるだろうな、なんて思うと落ち着いてしまった。

 というか、班の全員で結婚式場に行くっていうことのほうが驚きだった。俺たちだけならともかく、彼氏くんと彼女さんがくるとは思わなかった。


「あっ、見えたよ!」


 愛菜之の元気な声に、窓の外を見る。ここまでタクシーで来ることになるとは思わなかった。

 先生に怒られるじゃないかとヒヤヒヤしたが、問題を起こさずに時間までに帰れば大丈夫かと自分を納得させておいた。先生も俺たちは真面目なほうだって思ってるから大丈夫だろう。


 ていうか、ここに何をしにきたんだ。俺はなんにも聞かされてないから、愛菜之に黙って着いていくしかなかった。


「なぁ、何をしにきたんだ?」

「えっとね……」


 そう言いかけた時、ちょうどタクシーが止まる。

 運転手の言った料金を愛菜之がサッと払う。あまりにも自然な行動で惚れちゃいそう。

 タクシーを降りると、同班の彼女さんが慌てながらサイフを取り出した。


「お金、返すね」

「うん。あっ、それとね……」


 お金を返してもらいながら、なにやらコソコソと話をしだした。また男二人で待ちぼうけになった。愛菜之がいないと死んじゃうよ!

 コソコソ話をしてるところも可愛い。最近は、愛菜之不足で頭がおかしくなってちゃってるんだ……。元からか、ハハッ!

 ホントに頭おかしくなっちゃったか? 愛菜之とイチャイチャし足りないから、まずいことになってるな。


「なんでこんなとこ来たんだ」

「いや、俺も知らんよ」

 

 彼氏くんに聞かれたけど、俺だって知りたい。まさか、挙式するわけでもないだろうし。

 愛菜之ならしそう。別にいいけどね、愛菜之となら結婚したいってずっと言ってきてるし。年齢的にアウトだけど。


「お待たせ。なに話してたの?」

「おかえり、何しに来たんだろって話してた」


 可愛い天使が帰ってきた。はやく抱きしめたいし抱きしめられたい。

 ていうか、本当に何しに来たの? ここって有名なとこなの?

 愛菜之は俺の腕をギュッと抱きしめると、花の咲くような笑顔を俺に向けた。


「結婚しにきたの!」




 そりゃそうだ! ここに来たらすることそれだよな!

 でもね、さっきも言ったとおり年齢的にアウトだから。時間もなければ、お金もない。そもそも、店側は高校生に許可出してくれるのかって話だ。


「あっ、本当に結婚するわけじゃないよ。ごめんね、焦っちゃった」


 びっくりしたけど、少し残念。結婚できれば堂々と嫁です、とか言えるのにな。

 俺はボケーッとしながら話を聞いてたけど、無口な彼氏くんは少し顔が歪んでた。なにその顔、照れちゃう……。


「……マジで仲良いな」

「羨ましいか」

「少しな」


 羨ましいんだ、ちょっと意外。俺らが他よりもちょっと仲良いだけで、そっちも十分仲良いと思うけどね。

 愛菜之のほうを見ると、待ってましたとるんるんしながら話を続けてくれた。


「体験……ていうよりは、試着かな? ドレスとタキシード着て、写真撮ろ!」


 今すぐホテルに帰らないか? そんで仲良くオヤツでも食べながら談笑しないか?

 待ってほしい、心の準備とかしてないよ。写真撮られるの、どっちかっていうと苦手なんだけど。

 猿寺のおかげでマシになったとはいえ、苦手意識を完全には拭えなかった。なのに、今から撮る?


「プロのメイクさんとか、カメラマンとか、そういう人にお願いしてるの」


 そういうこと言われると引けないね。準備とかしてもらってるのかな? キャンセルとかしたら迷惑かかっちゃうから無理だね。

 どうしたもんかな、愛菜之は乗り気だし。

 そういえば、彼氏くんと彼女さんはどう思ってんだ?


「二人はどうするんだ?」

「私はここに来れただけで満足してるから、愛菜之ちゃんと宇和神くんの二人で撮ってきて大丈夫」

「……」

 

 彼氏くん、ここで無口発動しないで。なんか言ってくれ、そんで俺を助けて。

 彼氏くんは無表情のままだったが、彼女さんがおもむろに手を繋ぐと肩をビクッと跳ねさせた。


「ここに好きな人と二人でくると、絶対に結ばれるってジンクスがあるらしいんだ。だから、私はここに来れただけで満足」


 そういって、彼女さんがジットリした目で彼氏くんを見つめていた。ああ、道理で愛菜之と……。

 彼氏くん、なんで冬なのに汗かいてんの? 暑いなら脱いだほうがいいんじゃない? お気持ちお察ししとくね。


「仲良いじゃん」

「……」


 意趣返しでそう言ってみると、無言で睨まれた。正直、怖いです。

 これじゃあ、お助けしてくんないだろうな。まぁ、愛菜之と店側には悪いけど断って……。

 愛菜之のほうを見ると、うるうるとした瞳をこっちに向けながら小首を傾げた。


「一緒に思い出、作ろ?」


 ……その言い方はずるいって。




 そこからはトントン拍子に話が進んだ。

 愛菜之の名前を確認するや否や、すごいスピードでアレコレ用意された。

 髪のセットやら服やら、佇まいやらを教えてもらって部屋を出る。

 映画とかで見たことのある教会ような式場に、先に待っていたのは思った通り……いや、思った以上に綺麗な花嫁がいた。


「晴我くん……?」


 白いドレスに身を包み、手にはブーケを。

 メイクが施された、まるで芸術品のような顔を。

 教えてもらった佇まいだとかも忘れて、ほうけた顔で見るしかなかった。


 我に返って、慌ただしく足を動かす。

 でも、視線だけは愛菜之を捉えて。少しでも、この愛菜之を見逃したくない。瞬きだってもったいないくらいだ。


「わっ、カッコいい……」

「マジで?」

「うん、すごくカッコいい……」

 

 愛菜之の目は曇ってるのかもしれない。でも、プロメイクさんのおかげで多少はマシになったのかも。

 そう思うと、この子の隣に立ってもいいような気がしてきた。プロの力ってすごい。


「愛菜之、すごく綺麗だよ」

「ほ、ほんと? 嬉しい」


 そういって頬を朱に染める。ブーケで口元を隠す仕草が、俺の心を抉ってくる。

 今すぐにでも抱きしめたい。好きって伝えたい。

 想いが溢れて止まらない。心臓がドクンドクンと跳ねる音が聞こえてくる。


「ね、ねぇ。誓いのキス……したいな」

「そういうのって、神父さんに言われてするもんじゃないのか」

「実はね、二人きりにさせてくださいってお願いしたの」


 ……確かに、こんなにだだっ広いのに人っ子ひとりいない。神父さんはおろか、スタッフさんすらいない。

 周りを気にしがちな俺のために気を使ってくれたんだろうか。そういうところが本当に良い彼女さんだよな……。


「写真は後で撮るから大丈夫。今は、二人だけの時間だよ」

「そりゃありがたい」


 愛菜之には頭が上がらないな。なんか、隣に立つのが不安になってきた。一歩下がったほうが良くないかな、俺。

 

「キスしよ? ちゃんと誓い合お? ずっと一緒だよって、約束しあお?」

 

 麻薬のような甘い言葉。それが耳から脳へ、蝕むように広がっていく。

 こうして向かい合っていると、一年の頃の文化祭を思い出す。猿寺にメイクをされ、それっぽいドレスを纏う愛菜之を。

 あの時の愛菜之も綺麗だった。でも、こんなことをいうと猿寺に申し訳ないけれど。

 今の愛菜之は、もっともっと綺麗だった。


「18歳になったらさ」

「うん」

「すぐにでもプロポーズしていいか?」

「……」


 そういうと、愛菜之は固まった。

 まぁ、なかなか恥ずかしいことを言ったとは思うけど、その反応をされると困るな。

 年齢的には無理だから、今できる精一杯のプロポーズ。心臓の音で頭がかち割れそうだ。


「……わ、ワガママ言ってもいい?」

「え? いいけど……」

「……していい? じゃなくて、するって言って欲しい」


 胸が締め付けられる。もう、なりふり構っていられない。

 思いのままに、俺は行動に移していた。


「わっ……」


 腕の中で俺を見上げるお嫁さんの瞳を見つめて、思いが伝われと願いながら口を開く。


「18歳の誕生日を迎えたら、絶対にプロポーズする」

 

 愛菜之が涙を目に溜めて吐息を吐く。

 ほっぺどころか耳まで真っ赤にして、俺を見つめる。

 ほうけたように少し空いた唇に、自分の唇を重ねた。


「その時まで、返事は取っといてくれ」

「……ごめんなさい」


 急に謝られて、俺としてはフラれたかと肝の冷える思いをした。けれど、嬉しそうに涙を流しながら笑う愛菜之を見ると、そうじゃないことがわかった。


「今すぐ返事するね。末永くお願いします」


 ……思わず笑ってしまった、本当に男らしいことで。

 おかげでこっちのメンツなんてない。でも、こうして返事をもらって安心した。

 この服で、この場所で、この言葉を、この人に。

 胸を張って、宣言できる。


「病める時も、健やかなる時も、愛菜之を永遠に愛することを誓います」


 少し照れるな、これ。今更って気もするけど、改まっていうとやっぱり恥ずかしい。

 愛菜之はそんな俺の言葉も、宝物をもらう子供みたいに喜んでくれる。


「病める時も、健やかなる時も、晴我くんを永遠に愛することを誓います」


 今更で、何度目かの誓いをしあって。でも、ここでするのは不思議と特別な力があるように感じる。

 神父もいなければ、祝ってくれる友人も家族も、今ここにはいない。豪華なケーキや食事もなければ、ありきたりな音楽すらもない。それどころか、指輪だってない。


 それでも、俺たちにとっては。


「照れるな」

「照れちゃうね」


 これ以上ない、幸せな結婚式だった。

 

 

 

 

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